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立ち合いは強く当たって、あとは流れでお願いします(死語)。

こんにちわ。ララモエラーです。


今年の高校野球は接戦が多いとのことですが、少子化で差が縮まっているの、かもしれませんね。


今日は野球の話じゃありません。


いつでもどこでも18さい。このキャッチフレーズはコミケ1990年代だったからこそ、生きたフレーズでした。


1990年代のコミケはビッグサイトではなくて幕張メッセ。インターネットやDVDなんてものもほとんどなく、VHSのオタクも多かったです。電話リクエスト、略して電リクなんてのもまだまだ地方では健在でした。


当時の地方の常識は男は地方大で女は短大、過疎地だとグレードがワンランク落ちて男は専門卒で女は高卒だった、はずです。地域によっては全然これと違うんですが、大体はこれなんですよ。


この時代、18歳で人生に足跡が残らない人も多かったんですよ。今とは全く違います。


で、当時オタクはひどい差別を受けておりました。とにかく普通の人が正しいというやつです。普通の人はテレビをつければ三善晃だが、コンサートホールに行ったらドボルザーク、これが常識でございまして、これからちょっとでもはぐれたらオタク扱いだったのです。


つまりは、18歳で処理できる音楽、が、ドボルザークの「新世界より」だったというわけなんですよねー。


このあたりせみころーんさんところーんさんは同意しております、しかしわたしは両者とは異なる見解がもう一つありましてー。


進学率が上がったから、コンサートホールでショスタコーヴィチの「バビ・ヤール」 になっただけで、日本人の頭脳に質的に変化があったとは思えないんですーの。


ここらへん、せみころーんさんところーんさん、すらあっーしゅさんは「日本人を馬鹿にするなよ!」って三人でおこってます。ぷんぷんでした。


でもぅ。。。。


ショスタコーヴィチと同世代の作曲家って誰がいます?マルティヌー、チェレプニン、カゼッラ、マリピエロ、ヴィットーリオ・リエティ、カステルヌヴォ=テデスコ、レボヴィツ、ポポフ、いっぱいいるじゃないですか。


でもそれって日本でかかります?ほとんどないでしょ。


だからー、単にー、大学オーケストラでショスタコーヴィチをやってたから流れで知ってるだけでー、頭脳で理解して覚えたとは、言えないんじゃないかなーなんて思うんですー。。


つまり、高校か中学の授業でドボルザークの「新世界より」がかかった。(せみころーんさんは「あれっ、おかしいな、小学校の授業だったような気がする」って言ってます)その流れで、定期演奏会の曲目を決めてるわけなんですよねー。


まだまだ昭和の時代は、人が弾いたり振ったりする曲ってこうやって決まってたんですよ。


でね、平成の時代にショスタコーヴィチにまで進化したからいいじゃないか、と。たしかにいいですよ。停滞したままより。おそらく高校の音楽IIくらいだとショスタコーヴィチの交響曲の1番くらいは授業でなるかもしれません。


でもね、ショスタコーヴィチと同世代の作曲家を振り損ねたら、アウトなんじゃないかなって思うんですよね。


まだまだ日本人の実力では、3分の1は間違えるような気がする。ウェーベルンの「オーケストラのための変奏曲」でも、しっかり振れるかしら?そもそもウェーベルンの「オーケストラのための変奏曲」は地方でどれくらい演奏されたんだろうか?全く生で聞いたことないって人も1970年代生まれの日本人は多いんじゃないかしら。


腐女子業界はいったん全体主義になると、もうそれを止める人がいないんですよ。それは女が悪いっていう人もいる。でも違いますよ。オーケストラだってもとは男の全体主義なんですよ。


男社会が全体主義なもんで、腐女子業界もそれを男社会以上に模倣するんですよー。。。


話が最初に戻って、「いつでもどこでも18さい」ってのが2020年代では全く効かなくなっちゃうってやつです。


「いつでもどこでも18さい」時代だと常識はドボルザークなんですが、「いつでもどこでも28さい」時代になると常識はショスタコーヴィチになり、「いつでもどこでも38さい」になると常識がデュティユかランドスキになるんじゃないかなーなんて思ってます。


これは頭脳が進化して受け入れられてる、と、いうよりは、単に、高齢化しただけなんじゃないかって思うんですよ。


「いつでもどこでも38さい」、そんなばかなことがあるか?!?!?!確かに1990年代では、見向きもされなかったでしょう。しかし、2019年現在のラノベ業界では、『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃のお母さんは好きですか?』という、腐女子の常識を凌駕する作品が生まれておりアニメも放映されております。高齢化は創作文芸の世界にまで及んでいます。


ララモエラーはこういいたい。日本人の頭脳が進化してショスタコーヴィチまで来た、なんてことではないのだと。単純に高学歴化プラス高齢化したので、仕方なく受け入れた、これが筋なんじゃないでしょうか。


全世界的に。日本だけの問題じゃなくです。


少子高齢化で、消極的に近現代を受け入れている、というのが、人類の音楽性の限界じゃないのかなーなんて思うんですよ。

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