もう女性でも難なくスコアをかけちゃう世の中なんだよねー。
こうあっついと、ネタだしもめんどくさくなってくるなーって、おもちゃったせみころーんさんですどーもーとてとてとてとて。
さすがにころーんさんもこの暑さではポテイトゥチップスは食べられないだろう、、、と思ってたら、、今日はなんだ?さすがにアイスか。さすがのころーんさんもこの暑さでは豪快に食らいつくことはできないようです。あつーあつー。
きょうは、なろうの読者の世代直撃ということで、Anna Korsunさんを紹介しようと思います。
Korsunさんはドネツクの作曲家。今はドイツを中心に活躍が目覚ましい。やはりロシア語圏をちょっと離れると、表現が先鋭化してくる。
同じことがベラルーシ、タジキスタン、リトアニアにも言える。それだけロシアの重厚な感触が嫌なんでしょうね。
Vocerumoriはどんだけ減点法で採点しようが、絶対にファイナルには残るでしょう。せみころーんさんは、一聴してすぐマルをだしてしまう。ころーんさんは「…こうやりゃぁはやるよなあ…」となぜか否定的ですね。でもね、これははやりネタじゃないですよ。
純粋に、「楽しいな」ってのがあるでしょ。
まだ1970年代生まれの人はね、ジェニファー・ウォルシュさんみたくノイズへの挑戦状とかいうのかな、ものすごい極限的に要求して力業で奪っちゃうってのがあったでしょ。
1970年代生まれ全体にそれが言えるかもしれない。
でもさ、これ聞いてると、音を純粋に暴いてみようってのがあるのよ。この人のGenzmerに受かった(三位)曲もそうでしょ?なんか対決してやろうとかそういうの全くない。
素直で自然で、でも全く古いという印象はない。響きも深くて日本の合唱団はこういうのをやるべきよ。
記譜法も実に親切で分かりやすい。この点も前の世代とは全然違う。
すごい収穫じゃないですか。この方。
PLEXUS (2014)もとりわけ強い、とは思わないけど、プロの水準で十分及第点。わかりやすく出てくるが、それに持続力があって聞き飽きない。
レベッカ・サンダース以後はもう女性の作曲家もじゃんじゃんとノイズが出てくるようになってて、もはや当たり前という感もあるけど、これはよい結果ですよ。
3 in 1でも、これね、オルガンのMixturでセミの鳴き声がどーのって、やつでしょ。
だれだってオルガンを勉強してて、練習用のオルガンを与えられたら誰だってやるでしょこれ。
せみころーんさんもやってましたよ。
で、このKorsunさんは冒頭からそれをやっちゃうんですね。セミの鳴き声みたいなMixturオンリーの音色がずっととかいうの。
ベルンハルト・ラングが不正確になるとこうなるかもってのはありますね。ラングはばっちり規則的に打ち込むけれどもね。
全体としてわかりやすいよね。わかりやすくて、なおかつ響きの強度があると得。
でも、このKorsunさんはマーケティングでわかりやすくやってるんじゃないから、いいんじゃないですか?20代でこれだけできればねえ、そりゃ受けもいいですよ。
せみころーんさんは、ここまでわかりやすく書くなんてことはないですけどねえ。そろそろ世代間に断絶が出てきてるのかもしれないですねー。
東ヨーロッパ系の人は、西側諸国の連中みたく、ムードでちゃらくやろうなんてのは伝統的に誰もいなかったんですよね。
ポーランドもウクライナも、ユーゴスラビアも全部そうじゃないですか。めっちゃめちゃ尖ってるの。
それは社会主義がそうさせたのか元からそうなのかはわからないけど、煙草に例えるときつい味とかいうの。
それが東ドイツがこけて、30年もたっちゃうと、東ヨーロッパイコール鋭いってことは、なくなりつつある。
しかし、東ヨーロッパ人は表現の鮮度を失うことはないような気がする。Korsunさんも心の奥では、なにかしらの先鋭性があるんじゃないだろうか。まだまだ東ヨーロッパ人は富の不均衡を怒っているような気がする。
あと、まだまだ宗教文化というのがかつてほどではないけど、やはり重い。東ヨーロッパはこれがあるから音楽が違うんだよね。
でもころーんさんによると、「最近の東ヨーロッパのピアノのコンクールはシビアでも何でもない、西ヨーロッパと難易度も変わらん、違うのはピアノの質だけ」とかいってますね。演奏はそりゃ違うでしょう。課題曲を弾く、振る、ってのは学習なんだから、それが東と西で違うとは思えない。
ピアノだって、東ヨーロッパは伝統的にPetrofでしょう?Fazioliを入れてしまう西側とは違うんですよ。なにかがね。
ちなみにころーんさんは、PetrofだろうがFazioliだろうがどっちでもOKだそうです。せみころーんさんのおすすめは、Petrofだよ。受けてきた教育からして、当然ですが。




