ゲレーロさん、もうちょっと早くスタメンにいれば、、
20本いけたのにねえ。横浜と巨人のゲーム差はなかなか縮まんないねー、って思うころーんさんです。
なるほどー、平成の時代にショスタコーヴィチまで来たってことは、意外にも人間って進歩するんだなー。
で、その進歩は外圧によるものなんでしょうか?それとも自発的なものなんでしょうか?
ちなみに、滝廉太郎さんは卒業試験でヨーゼフ・ラインベルガーの「バラード」を演奏していますが、この時ラインベルガーさんはまだ存命です。
ついこの間までに出てきたベテラン作曲家は全部覚えろ!ってそういう時代が明治時代だったんですよねー。感心。
でもあの当時明治時代なんてリードオルガンも見たことない人ばっかりだったでしょうからね。まだまだ黎明期だったんですよ。
きょうはね、夭折の作曲家、Carl Filtschさんをご紹介いたしまーす。ルーマニアには、まだCarl Filtschコンクールが、規模は小さいけれども存続しております。
あの時期ほんとに子供はよく死にました。成人までに死ぬということはそんなに珍しいことでもなんでもなかったのです。
Filtschさんが亡くなったときはわずか14歳。デビューしてから、芸歴は一瞬で終わってしまいました。生前のショパンが高く評価していたそうです。
Konzertstück in B minorを完成させたときはまだ12歳。このレヴェルだと、セザール・フランクレヴェルの神童だったんでしょうね。
このKonzertstückも、あまりに惜しい出来栄え。後期シューベルトをもっと感傷的にしただけ、で終わってしまってもったいない。問題がなければ、おそらく天才に育ったんだろうなあ、って感触。こんなんならララモエラーでも弾けるだろう。ところどころショパンの引き写しのようでもあり、シューマンの引き写しのようでもあり、学習の成果が感じ取れます。
しかし全作品にただよう死の影は不気味だ。三島由紀夫が11歳で名作文を残した、なんてのが話題になりましたが、そういう印象じゃない。生まれつき才能が有って、それが丁寧に周囲に支えられてた、そんな記録。
Op. 3-3 もこれを児童が作曲しているとはとても思えない。Trioになると急に響きの広がりが感じられるし、天性の才能だったのかなあ。
せみころーんさんによると、「19世紀はやらせも横行したが、こういうガチ天才児だって出てきた」んだそうです。
コルンゴルトも子供の時から随分と書きなれていたと思うけど、彼の場合はそんなに死の影は漂わなかったと思うんだよねえ。
ふと、作曲家は何歳で完成するべきなのか考えちゃいました。
ピアノ業界にいる人はそういうことをあまり考えません。なぜならピアノの名手であったショパンが19歳で個性を完成させてしまったため、みんなこうだろうと思ってしまっているのです。
せみころーんさんも「これはほんとにイレギュラーで、19歳で個性が完成するということなど本来はあり得ない。これはピアノ音楽のみに絞ったからそれが可能だったのでは」って言ってますけど、ピアノだけでいいじゃん。完成してんだから。
すらあっーしゅさんみたくとっくに成人してるのに、いまだに子供っぽい作曲家も多くいますが、強く個性的になる年齢は決まった時期がありません。
多くは30歳前後と呼ばれておりますが、30までに死んでしまう人だって結構います。事故死、あと自殺、麻薬の打ち過ぎって例もあります。そういう人たちは10代ですでに頭角を現しているんですよね。
カール・ライネッケさんも18までにはもう完成してしまっていて、あとはなくなるまで自己模倣のオンパレードだったのかな、なんて考えちゃいました。子供の時に完成して、もうそのまんま、生涯も破綻なく幸福でした、とかいうのもそれはそれで稀有な例かもしれない。(メンデルスゾーンは30代で急逝)
これからの子供はそんなに死なないので、子供ながらに死の影が漂う音楽家なんてのは、もういなくなっちゃうのかな。。
なんでこんなこと言うのかっていうと、現代では10-20代のピアノ音楽作曲家が、生まれにくいってことなんですよ。
これ、かつて腐女子時代のララモエラーが一番怒ってました。男がガキ過ぎる!の一点張りでたっぷりとクリームチーズを塗りたくったベーグルを頬張ってました。
ピアノ音楽がピアニストに定着したのも、10-20代にデビューした「神話」が効いたんですよ。それがもし何もなければピアノ業界そのものが存在してないかもしれません。
高学歴難民はそんなにピアノ音楽は書いてくれないし、書いてくれてもつまんなーいし、ころーんさんやララモエラーみたく自作自演で立ち上がるしかないんですよ。




