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連座があればテロはないが、連座がなければテロが起きる。(統計データ上でも示されてますよ)

人類って限界あるんだよねー、っておもっちゃったせみころーんさんですどーもーとてとてとてとて。


女子への弾圧があれば出生率は上がるが、女子への弾圧がなければ出生率は下がる。


「人間は動物。法律で強化してもダメダメ!動物は本能」と今日も昼からポテイトゥチップスを豪快にバリッバリッと食いつくころーんさんは、かつて腐女子と行動を共にしていたので、そこらへんはシビアです。ララモエラーは食いつきはしませんが、その代わりに「暑いので」アイスを食べています。今日はなぜか三人です。


先進国の限界なんでしょうねえ。女子への弾圧もなく、出生率の高い国家は2019年現在どこにも存在しないのですから。今ではイギリスですらアシッドアタックがある始末です。


でー、今日は「セリーがなければ調性になる」ことを真っ先に表明したハンス・オッテさんをご紹介いたします。


せみころーんさんは、ララモエラーやころーんさんとはちがって、1960年代のLPぐーるぐる時代の現代音楽も知ってます。あの時代でなければ知りえない音、そういうものは確かにありました。


ハンス・オッテさんの名作「Alpha Omega II」も「前衛はセリーや!セリーとクラスターこそ音楽の勝利や!」とい言わんばかりの音楽の展開です。


しかし、この名作ですら2分30秒でもうペンタトニックなのです、、、その瞬間に強烈な合唱の不協和音は来ますが、オルガンの音はわかりやすい。


合唱団は叫び声や騒音までも導入し、高い効果を上げています。いかにも1960年代。打楽器奏者はガラスまで割っちゃう。


ちなみに、「物を割って壊す」というのを世界で最初に実行したのはウィリアム・ラッセルさんです。


どこを切っても、60年代の音ばかりで、せみころーんさんのようなオールドファンは懐かしい。しかしララモエラーところーんさんの顔は全く笑っていないのです。。


なんでなんだああ!と言いたくなってしまいました。


「当時を生きた人はそれでいいのかもしれないけど、オルガンのびゃーって音がすっごい古い」「合唱団が叫んだって誰ももう驚かないん」こんな意見ばっかり。元腐女子は冷酷だなあ。


しかし、元腐女子二人の意見も、全く以って間違いというわけではないのです。


ハンス・オッテさんはプロ・ムジカ・ノヴァ・ブレーメンの設立者。「客が三人でも演奏する」と多くのドイツの作曲家を紹介し、1990年代までその活動は持続しました。


しかし、オッテさんは、前衛が停滞すると、真っ先にセリーとクラスターを捨てました。


Das Buch Der Klängeだろうが、Aquarian MusicだろうがStundenbuchだろうが、出てくるのは完全な旋法性。


なんでこうなっちゃったんでしょうか。


それは、「セリーがなければ調性になる」ことの証明だったのでしょう。Stundenbuchに至っては記譜法すらネウマ譜以前まで戻っている。


前衛が停滞したら、結局セリーではないので、セリーではないもので作らなければならなくなる。となると、真っ先に調性になる人ってのが出てくるんですよねー。


相手が見つかったとたんに腐女子をやめる、ってのに似てますが、ころーんさんが怖い顔になりそうなのでこの話題はやめます。


話を戻して。


「セリーじゃなければ人ではない」から「セリー以外なら調性に戻るしかない」に一気に針が振り切れてしまったために、過激なまでの調性回帰を求める人々が急増いたしました。


さすがに日本の教科書にオッテさんほどの急激な回帰例を載せることはできなかったようです。ヘルベルト・ヘンクさんの即興演奏も、これに近いテイストのものがありました。


「ほらみろセリーのほうが間違ってる」とララモエラーは短絡です。


「セリーは間違いでも何でもなかったが、倍音列を考慮するか否かは才能の問題だった」ところーんさんは冷静です。


ちょっとまえにエドゥアル・ヴォルフの音のツボが、あまりよくないという話をしましたが、この「ツボにはまる」音が見いだせるか否かは、時代にかかわらずやはりあります。


それがセリーだろうがノイズだろうが調性だろうが、ツボの突き方のうまい人、というのがやはりおり、そういう人は残っているんですよね。


ツボの突き方が上手ければ、調性でいいじゃん、って感じで1970年代は調性回帰のオンパレードでした。


もちろんこのオンパレードは日本へあっさり上陸し、ヤマハJOCコンサートでは調性回帰の連続以外の音楽はありませんでした。


エレクトーンの進歩がもう少し早ければ、微分音のステップを活用する少年少女が出たかもしれないとひそかに考えております。いまはSTEGIAの最新版で微分音は可能ですが、1980年代は残念ながらそれが全くなかったんですよ。


「どうしても聴衆は進歩しない側につくんで、それに合わせて儲けようってのは腐女子界だろうがクラシック界だろうが一緒。そのくせ作曲家が死ぬといきなり受容して認めだすんよん」とララモエラーは何とも思っていないのでした。

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