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どーやってもパクれないだろこれってひと。それはそれで孤独だ!

はーい。今日もまねできない巨人だった人の曲の紹介だよーって、あんまり機嫌のよくないせみころーんさんですどーもーとてとて。


なんでよくないかって?今回紹介する人はね、故人なんですよ。


そう、ベン・ジョンストンさん。ちょっと前に亡くなられました。


前から車いすで、まずそうだって聞いてたからね。手も、痩せ方が、、ね。覚悟はしてたけれども。


音楽はパクリあいだろって人は今日の回は身に染みるでしょ?


この人ね、アルディッティはパス、クロノスは3曲だけ、古くはラサール、モスクワ、ジュリアードもだめ、もちろん日本の四重奏団、アジア圏の有力弦楽四重奏団(単に発音だけなら、日本よりうまいやつはいる)は全部だめ。


全世界の弦楽四重奏団のほぼ90%を黙らせちゃったんですよね。全曲攻略は20世紀中には不可能なんて言われちゃった。


なんでかって?そりゃ、セント単位微分音のオンパレードなんですよね。そうなっちゃうと、リハーサル時間からして確保できない。


今でこそ、ケプラー弦楽四重奏団が全曲録音は達成してますよ。でもそれってね、確か、コープランド奨学金かなんかでてて、国の助成があってやっとこせ可能になったんですよ。


まぁ国が助成出したり、研究者が本出したりってのも、この人はずいぶん遅れたんですよね。で、イリノイ大学にずっといました。


まずこの人はなんででできたかというと、12音から来たんですよね。


そんで、12音は結局12平均律の肯定以外に使えない、それで微分音に行ったんですよ。あと「微分音ピアノのためのソナタ」でも引用したバルトーク・ベーラさんも大きな典拠だった。


最初弦楽四重奏曲第4番「アメージンググレース」程度だったら、まだ許容範囲内ですよ。ところがね、微分音の要求はどんどん細かくなるんだよね。


それも純正律の何番目って指定するやり方なもんで、音程の取り方から毎日勉強しなければならない。もう9番とかは、もうめっちゃくちゃ細かいわけ。


でー、だれもできないって放置されてきたんですよ。リゲティ・ジェルジュさんも、この人からはよーパクらんかったんですね。そう、お手上げ状態。部分的にやらかした?ってシーンはあるけど、無理でした。


そう、「パクれない」ってやつです。


で、リゲティの弟子のマンフレート・シュターンケがイリノイ大学に留学して、帰ってきてから大騒ぎになったんですわ。アメリカ合衆国にハリー・パーチの後継者で、すごいのがいる、と。


でもねえ、後出しじゃんけんで認めるってのものすごい頭にくるよねこれ。


Heidi von Gundenの本の啓蒙力は抜群だったけどね、実はvon Gundenさんの本で扱った以降の理論的転向ってのも実はかなり重要で、研究は多いとは言えない。


日本でも査読できなさそうだしねえ、ものすごいオリジナルな人はこんな不幸になっちゃう。


本も出せないし、音も生では全然聞けないし、手も足も出ないでしょ?


弦楽四重奏曲第10番(1995)も、耳で聞くとよくわかるんだけど、これ一ページ目から大変そうだよねえ。


そう、90年代、彼は現代音楽に見られるめんどくさいリズムをやめて、どこの新古典なのって旋律と和声に先祖返りする。しかし、それらの旋律と和声は全部微分音。まぁ、途中でめんどくさいリズムらしきものも途中で出てくるけど、前面に主張された印象はない。


まだFranz Richter Herfさんは単純な6分音だからやろうと思えば何とでもなる。でもこれはどうしようもない。こんな調律法を要求しているのは、彼しかいないんだから。


弦楽四重奏曲の第9,10でだれにも真似できない人になっちゃった。


年取ると、ダイナミックスは指定しにくくなるんだろうか?この人も一ページ全部いっしょってのおおいよねえ。


これを絶賛してたのがすらあっーしゅなんだよね。


すらあっーしゅは「すべての作曲とは鼻歌である。鼻歌を高度に組織化するのが作曲である」という持論を全く崩してない。


で、どいつもこいつもカス、とか無茶苦茶なことを言ってたけど、弦楽四重奏曲第10番(1995)は黙りこくってたね。


「これや!弦楽四重奏の究極の完成形や!」って。でもそう思える時もある。


リズムの複雑性の典拠は、ナンカロウというよりむしろカウエルが提唱していた拍の分割レヴェルで止まっていた印象がある。ジョンストンは、カウエルの非合理時価レヴェルを超えることはなかったんじゃないか?どうしてかっていうと、「耳が付いていかない」ってのが最大の理由だったんだろう。


で、ついていけるレヴェルだけは引用したけど、それ以上後期は全然やってない。ナンカロウが「単純以外のカノンはー、あーあー、ちょっと-、わかんなーい」と亡くなるちょっと前に言ってたのを覚えてる。


ほかの1920年代生まれの作曲家のように華やかな成功こそなかったかもしれないけれど、そこら辺の前衛馬鹿よりよっぽど残るものを作った、って事実は、後から効いてくるでしょうね。後から効いてくるってのは文学と一緒なんですよ。

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