地震が起きたから地震に絡めたタイトルにして今発表すれば、、、?なんて不謹慎な!でも音楽や美術の世界では震災ネタを探せばいっぱい、、、
あるんじゃないですか?google検索で調べれば、なんでも出てきてしまう。
ども、交流戦って血も涙もないよねって思うせみころーんさんです。
わたしはドメニコ・スカルラッティさんの「Salve Regina」は1755年のリスボン地震の影響抜きってことは考えられない、って思ってるんですけど証拠は何もありません。ドメニコは彼の父親があまりにも巨大すぎた天才だったので、ちょっと不幸な生涯だったとおもいますが。
父親アレッサンドロ・スカルラッティさんにも「Salve Regina」があるので検索時は注意してね。
中ザワヒデキさんの著書現代美術史日本篇1945-2014では「搾取前衛ーフクシマ前後の表現主義と反表現主義」って福島がカタカナですけど、東日本大震災で日本の現代美術が変化したのかって言われると、なかなかこれも回答が難しいですね。
美術品を撤去するのかしないのかって、ニュースにはなりましたが。
忠臣蔵と一緒で、「その人にとっては重要だ」と答える以外の解答はないんですよ。元禄御畳奉行朝日文左衛門の日記に、忠臣蔵の記述はたったの一行。文左衛門さんにとってはほんとどうでもよかったということです。高橋悠治さんは「地震や津波で芸術は変わらない」って言ってましたが、なぜか彼は『海からの黙示』っていうピアノとスライドのための作品がある。
誰かの人生に関係がなくとも、彼の人生には影響がある。変わるのは「その人」であって芸術全体ではない。この『海からの黙示』だって、これを2004年に発表してたら彼の株も上がったでしょうよ。インドネシアから感謝されたかもしれない。
ポール・グリフィスさんの「Modern Music And After 3rd Edition」には911もありますし、ベルリンの壁の崩壊もありました。ベルリンの壁の崩壊前後についても松平頼暁さんの「現代音楽のパサージュ」で触れられてます。でもチェルノブイリについてはさほど大きな言及はなかった。
これ、、現代音楽史に絶対に必要な記述なんでしょうか?確かにフランス革命で人生が変わった作曲家はいますが、作曲様式になんか変化があったかと言われるとそうでもないような。
ナンシー・ヴァン・デ・ヴェイトさんのオーケストラのための「チェルノブイリ」。女性作曲家アンソロジー(Contemporary Anthology of Music by Women)ではスコア全曲入りで詳細に解説されておりました。チェルノブイリはCDも売ってましたし、聞いた人も多いでしょう。あれ日本で演奏されたかな?No Warって曲はあっても、No Nuclearってやるのはクラフトワークさんくらいか。
なるほどゼロではない。 The second movement, Dialogue Butterfly – Atomic Bombって人もいますねえ。日本にもかかわりの深かった金日成とのりのりで話すユン・イザンさん。
これ題名なんとかならなかったんでしょうか。ふつうに「ヴァイオリン協奏曲第二番」で、えーやん。ユン・イザンさんにとっては朝鮮の分断は悲劇だが、日本の核は悲劇じゃないってことなんでしょうか。さすがにユン・イザンさんもノドンのミサイルのことは作曲できなかったね。ジョン・アダムスの「原爆博士」も。アダムスさんのオーケストラ曲は、振りやすいのか日本でもかかるほうですね。
アダムズさんは『原爆博士』ってのがあるのに、『On the Transmigration of Souls』は書いちゃうわけですか。なるほどー、日本の犠牲者は何とも思わないけどアメリカの犠牲者のことは考えるんだ。そこらへん、オリヴィエ・グレフさんの『Symphonie “Hiroshima”』は、ちゃんと被害者目線で書いてくれたよなあ。アルフレート・シニートケさんの『オラトリオ長崎』も。ちゃんと考えてくれるいい人だっている。
ジョン・アダムスさんは「日本の風船爆弾」の話をオペラにすればよかったんですよ。それなら、日本人だって納得しますよ。誰か教えるべきだった。自らの痛みではなく、他人の痛みについて考えられる作曲家のほうが、人間が上だと考えていますが、ほとんどの作曲家は自らの痛みに気が付いてしまうんですよ。
石野文敏さんも相方の痛みについては考えるけど、コカイン製造に従事している人間の痛みのことは考えないでしょ。
私は震災ネタで遊ぶ作曲家じゃありません。人の痛みに付け込むくらいなら「しし座ミルキーしょーっっっく!」って遊んでたほうがおもしろいじゃないですか。
あ。
忘れてた!そもそも現代音楽の究極の震災ネタはクシシュトフ・ペンデレツキィさんの『広島の犠牲者に捧げる哀歌』ではないか!どんな震災ネタもジェネリック創作ですやん、、、だからマリソル・ヒメネスさんの『XLIII MEMORIAM VIVERE』を聴いても、書法の完成度の割には感情移入しにくかったのか、、、、




