こんにちわ。ララモエラーです。
ころーんさんやせみころーんさんは現代音楽を取り上げますが、うちはそんなことしません。ほれ、現代音楽のコンペだって縮小傾向なんでしょ?
でも、現代音楽じゃないコンペだって縮小してるんですよねー。自作自演のコンペって、もう、、あーゼロではないのか、、、。それでもすっくないですよね。
まぁベーグルとケーキにあった曲しか書けませんのであしからず。美味しければ何でもよし。
きょうは、Daniel J. Knaggsさんをしょうかいします。
このね、Knaggsさんって人は合唱が大好きで、働きながら合唱曲を書いてた人だったんですが、結局博士号を取りました。ほんと苦学された方です。
Ego Sum (2013)。
どうです?きれいでしょ?ララモエラーはどうしても日本の合唱は好きになれないんですよね。
なんで好きになれないかというと声部の独立性とかなんもないんですね。ものすごく音が汚い。で、汚いもんだから音量に頼る。
そもそも日本語なんだからピッチが合わないという思考もありますが、松下眞一さんだってちゃんと日本語で書いてるんだから、意味ないです。
で、このEgo Sumでも冒頭から何の苦もなく入ってくる。イギリスのタヴナーさんより音が広がっていく。結構盛り上がるし、盛り上がったままにもならない。
これができるのは限られた人間でしょう。
最近彼は合唱畑からオーケストラにはいってきてFloodgates (2016)ってのも残してますけど、こういうのは合唱ならではの切れ味はまだ見えてこない。。やっぱり合唱で世に残る人だと思いますね。
アヴェ・マリアだけで7番まで作っちゃうくらいだから、キリスト教に偏愛があると思われます。
よく、合唱音楽を現代音楽から切り離された悪弊だという方がいらっしゃいます。
確かに日本で日本人用に作られた合唱音楽を聴いていると、そういう人がいてもおかしくないわん。(といいつつベーグルを食べる)
でも、こういう三和音を基礎にしてほぼ黄金律でクライマックスが出てきて、という制度に合わせた合唱音楽はアメリカ合衆国やロシア、ヨーロッパでは盛んです。
合唱音楽が続いてるのはなんでだろう?これってね、「響きの格差是正」なんですよね。
どうしても音楽は野球と一緒でお金がかかるので、器楽はどうやっても越えられない壁ってのができる。でも合唱だったらトレーニングでだれでもよい声で歌える。
誰でもよい声で歌うことで、全員が同じ響きを手に入れる、そういうことです。
ロシアでは合唱コンチェルトの演奏は、本来正教会の規則では一応禁止だったらしいのですが、坊さんたちは平気で歌っていたそうです。
日本の合唱曲でどうしても響きが貧しく聞こえるのは、格差が是正されてないからなんですよね。
ほら、合唱音楽を聴くには対位法の知識がいる。じゃぁ対位法の教本を配ればいいじゃないか、って話。
これすらも日本ではできないんですよん。
なんでできないんだろうか?対位法の初歩的な規則ってそんな分厚い本いりませんよ。ジュダルジュ(André Gedalge)の対位法の遺稿だったら手帳レヴェル。フーガの本は分厚いけどね、対位法の本は大きくするつもりはなかったそうです。そんなんでいいんですよ。みんな音楽家になるわけじゃないんだから!
でも、それすらも配布しないんですよ。これが日本の児童の教育の限界なんですー。
どうしてこういう限界だらけになっちゃうんだろうか?なにもしらないからかなあ?
ララモエラーも、なにもしらないからってのはちょっと違うと思うんだよなあ。児童ごときにそんなものわかるかっていう侮りがあるんじゃないかと思うんだよねえ。
たとえばさあ、ボリス・ブラッハーさんの「厳格書法のための手引き」は、原著はたったの60ページほどなんだよねえ。
もちろんすごい名著。ドイツ式厳格書法の教科書はいっぱいあるけど、今でも読めるレヴェルなのはこれだけ。でもね、あれ、もう在庫分しかないんだよねえ。出版社も倒産したし。
ドイツ本国ですらこれなんだから、全世界的に堅い芸術ってのは廃棄処分になってるんだよねえー。
そういう世の流れに刃向かいたい人が合唱音楽にやってくるんですよ。
英語圏の人はそんなの使ってなくて、ふつーにPeter Schubertのルネサンス対位法を読んでいるはずです。
あの本も、詳しいでしょう?そういうのが図書館にあればいいだけなのに、日本の大手図書館にすらない。物理的に読めない。
本も教師もゼロで格差ばっかり、これが日本なんですよ。語学や数学も似たようなもんです。
格差はあるし、トップレヴェルは余裕でメジャー落選。そんなんが20-30年も続けば事件の一つも起きるでしょうよ。起きないほうがおかしい。
ちなみに、昭和20年代は週一で通り魔殺人だったようで、あの時代はスタインウェイにすら触れない時代だったことを考えると、情報格差が犯罪を起こすのは今も昔も大して変わっていないのです。




