議論の消えた世界でも
創作は続く、そんなことを考えてしまったころーんさんです。
ころーんさんは別に現代音楽の擁護者ということではないのですが、たまーに気になった曲を紹介することがあります。
今日のお題は、批評や批判のない世界の話です。
ここを読んでいる高校生以下の人には想像もつかない話だと思いますが、かつての日本人の作った雑誌ではなろう系でやっているような「ほめあい」というのは常時展開されていました。
もちろんその逆「くさしあい」もほぼ連日のように展開されていました。日本人はおとなしいので、訴訟に発展するということはありませんでしたが、誌上で抗議される方はいらっしゃいました。
ところが、この手の批評雑誌そのものが廃刊となってしまいました。もうほとんど残っていない。今残っているものも、スマホの波に押されてたぶん潰れます。
批評する暇があるのならお前が作れ、これに日本の全国民が従った結果、横行するのは「パクろうぜ!」です。
パクリあいの功罪については深入りするのを避けますが、この手のパクリあい文化もいずれ流行の終焉を迎えます。迎えた後に何がやってくるのでしょうか?
せみころーんさんは「馬鹿丸出し様式」を提唱されていますが、ころーんさんはちょっと違います。
創作のできない世代、がやってくる可能性があると思っています。
まだ日本の映画監督やアニメ監督は、それがパクリであろうが、オリジナリティが拙劣であろうが、「つくれます」。
しかし、今後出生率の低下により、作り方のわからない人が出る可能性があり、それが多数決になるかもしれないという深刻なお話です。
「作り方がわからない」ことを主題に創作活動を行うクリエイターが出るのではないかと思いまーす。
そもそも創作活動とは何でしょうか?
もとは神に仕えるためにやっていたことです、それが為政者のためにやっていることに変わり、19世紀の西洋では「恋人のために」作ることに変わりました。
だから19世紀のロマン派音楽は今でもクラシックのスタンダードです。
それが、20世紀のアメリカ合衆国で「科学の対象として」作曲されるというものに変わりました。いかなる経緯でこれが変わったのかというと、フランスから亡命してアメリカに住んだ人がアメリカの大学で教え、フランスでは文系馬鹿が一番てっぺんにいてなかなかどかないので、理系馬鹿が脱出して逃げてきたというだけの話でした。
そしたらですね、音楽は科学だって身も蓋もないものになっちゃったんです。
これを悪用していたのがジョン・ケージさんです。「科学だもーん!」って確かにそりゃそうかもしれないが、、、って斬新なイディオムを次々と展開しました。科学だから何をやってもいいんだ、と言わんばかりでした。日本人のようにパクろうぜ、ではなく、つくろうぜ、なのだから恐れ入ります。
ミルトン・バビットさんも「12音音楽はたかが組合せ数学に過ぎない」と論文で証明し、物議をかもしました。さすがにこれはヨーロッパではタブーだったらしく、ヨーロッパがバビットさんの成果を正当に認めるまでに30年以上かかりました。
今日はおそらく、発言しているころーんさんが「さっっっっっぱりわからない」けれども、身に染みる成果の逸品で歴史に残ると思った曲、「ピアノとオーケストラのための協奏曲」(1980)をご紹介しまあす。
はい。CDはありますね?かけてみてください。
どうです。
そうです。これは音楽におけるディストピアネタの世界でしょう?単に計算しましたって音が並んでるだけ。感情ゼロ社会。
ヨーロッパの作曲家のピアノ協奏曲がやはり、なんらかの「表情」や「表現」を描写しようとしてるのに比べると、はるかにディストピアのにおいがします。
なんなんだろうこれ。独奏ピアノもそっけなくパラパラパラドーンガシャピーンドタプーンってやってるだけでしょ?
一切の批判や批評のない世界、ってのを実現しちゃったピアノ協奏曲はこれだけです。なんせ計算しただけですから。批判しようがないわけです。ピッチクラスセットセオリーに基づいて、杓子定規に並ぶ。
後年に作曲されたピアノ協奏曲第2番は、なんかいくばくかのオーケストラ音楽事情を考慮したまろやかさが目立ちましたが、これは一切ありません。
ラストもいきなりとってつけたようにc# minorのコードでぴーんとやってそんでおわり。どういう思考回路だとそんなオチになれるのかわからない、、、。
かつてせみころーんさんが言ってたのに、Zagnyさんのピアノソナタが完璧コンセプチャルでどーのこーのとかありましたけど、彼だってロシア人ですからフェルマータで間合いとってるのがありますよ?
でもこれは一切ないし。
もしも音楽から批評や批判が消えたら、アメリカ合衆国の人はこう考えちゃうのに対し、日本人はパクることから始まる。二国間の差異は大きすぎます。
当然の帰結ですが、日本でバビットさんのオーケストラ曲は生前一度も演奏されることはありませんでした。




