ララモエラーはこれで腐女子をやめました。
(きのうのつづきだよ)
「まぁ、うちも、、腐女子をやってたわけですよね。ころーんさんと。」
「でもね、どうしてもね、70まで腐女子をやるのかって話になるんですよね。」
「へんな強硬主義の人わぁ、やる、っていうわけ。で、、それはおかしい。何かが間違っている。そういうヲタネタにしか源泉のない生活はおかしい。もっと堅かった芸術、オペラとか歌舞伎とか、古き良き芸術の姿も覚えないとダメなんじゃないの、っていうと喧嘩になるんよ」
「ほんと腐女子は、マジなんも知らん」(ベーグルをほうばるララモエラー)
「第一、ポピュラー音楽のバンドスコアやギターのタブ譜は読めても、フルスコアは読めないし、読んだことない」
「ピアノスコアは読めるのがかなりいた。子供のころにピアノをやってるのは多かった」
「でも、フルスコアの歴史が備わっている腐女子は少なかった」
「当然音楽史も完ぺきに欠如してる」
「欠如してるから腐女子なんだろ、って言われてもおかしくないんよんよん」
「でね」
「結局さ、なんで腐女子って言われるのかっていうと、情報レイヤーの少なさなんだよね」
「フルスコアは6段で書かれる、つまり、6本のレイヤーがあるわけ」
「それが腐女子は3本しかないの。吹奏楽や合唱も一緒。3本」
「3本しかないものに対応した大衆文化しかないんよ。そういう人との会話は、ほんとつらい。なんもしらんのやもん」
「今の少女漫画のレヴェルが低いとは言わないけど、もう少女漫画に求められる音楽は決まってるわけですよ。その決まった音楽ってのはレイヤー3本で事足りちゃうんだよね」
「コードがあって、メロディーがあって、ビートがあって。それだけ」
「そういうものしか聞けない人が、真っ先に腐女子になる」
「でー」
「自作自演でピアノソロ、ってのが、もう腐女子をやめるきっかけだったのねん」
「ララモエラーは相変わらずフルスコアで処理する能力はなんもなくて、ピアノソロの二段譜なら何とか読める。それで自分で作ってみる。もうこれが腐女子はできないのよ」
「自分で作れないわけ。だから率先して腐女子になっちゃって、壁サークルに行く」
「消費しかできないのかよ。っておもっちゃったんですわーぁ」
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帰り道でころーんさんはふと気が付いたのです。
腐女子って、消費者が一番偉い、っておもってんだろかーって。自分で考えるってのがないのかなー。
「きょうは夜遅くなったから二人でラーメン屋にでも行くか」ってことで、せみころーんさんと二人で味噌ラーメンを注文して今日のご飯はおしまいでした。
せみころーんさんは夜になっても調べ物をしています。。。
「あったあった」
「これや」
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はーい夜遅くなっちゃったけどせみころーんさんですーどーもーとてとてとてとって。
きょう夜遅いけど、これ紹介して終わるね。アドリアーナ・ヘルツキーさんの、ヴァイオリンと室内弦楽オーケストラのためのApeiron。
2018年だから比較的近作だけどさあ、どう?
しっかり描けてるでしょう。
広瀬量平さんも「ブレーメンの自由」当時の作風を絶賛してたけど、それから25年たってもこの筆力はすごい。ほんとよく研鑽を積まれたんだなと思う。
男性の作曲家だって、ここまでしっかり書けるのは少ない。どこをきりとってもヘルツキーさんの音。
ずいぶん間合いが親切になって、指揮者は振りやすくなったって気がするけど、出てくる音は真剣の切れ味。
沈黙があっても、その次に出てくる音が、ほんと予想外ばっかり。どうやったらここまで変化できるのか不思議。
こういう表現が多彩で、力強いってのが、あまり東アジア圏に多くない気がするんだよね(うんうんと頷くころーんさん)
それはどうしてなのか?やはり対話が少ない、全体主義だからなんだろうと思うんだよね。
全体主義だと、どうしても出てくる表現がお上に尽くした音にしかならない。そうではないものが欲しい。
そうではないもの、ってのは東アジア圏以外では敏感に感じられるんだけどもね。
東アジア圏はどうしても人に頭を下げちゃう。その結果として平べったいべっとりとした音しかない。儒教は音楽に対して、何の有効性も示さなかったといわれても仕方ないでしょうよ。事実つまんないしパクリばっかりなんだから。
武満徹作曲賞とか日本の作曲賞は、いっぺん、この人に来てもらったらどうですかね?ISCMでいっぱい日本勢を取ってくれた回があるのも、ヘルツキーさんのおかげ。
日本の作曲界はヘルツキーさんに教えを乞うべきですよ。ほんと。




