緊急ポジハメ警報は解除されました。
どいつもこいつもエレクトロなのはまずいんじゃ?とおもうせみころーんさんです。はいどーもとてとて。
かつて2000年代は、生楽器だけの作曲を公募するってのも少なくなかったんですよ。
でもどうです?いま脚光を浴びるアーティストって全部エレクトロ込み。
それならさあ、もうさあ、エレクトロの公募でやれよって言いたくなるでしょ。
エレクトロにするでしょう?となるとね、エレクトロの音ばっか聞こえるんですよ。9割。でむやみやたらに音がでかい。いやでかすぎ。でかいというよりうざいものすらある。
こういうエレクトロ偏重だと、もう声楽家はマイクなしじゃ来れないでしょ?声楽の連中から排除される。となると、マイクが最初からあるんだから、プロのじゃなくてもオーケー。その結果、大して上手くなさそうだなって人が声楽パートにいる。
エレクトロをほんとにうまく使えるマイケル・ピサロさんならともかく、ほとんどの若い人は使いこなせてないと思うんですよね。あとエレクトロ込みだと、富裕層が最初から有利になるので公募の意味があまりない。最初から紙とペンだけで出すって常識から否定せざるを得なくなる。
で、文句ばっかいうのもなんなので、せみころーんさんはどう思うか、ってのを書いておきましょう。
1、エレクトロは微弱音で行け!
こういう鉱脈はまだ大きく開発されておりません。ほとんどがスピーカの音量を上げてるのばっかりです。もし下げたらという鉱脈はほとんどだれもやってない。ルイジ・ノーノさんですら、ライブエレクトロニクスで増幅された音そのものは大きかった。
2、生楽器の演奏家の質に気をつけろ!
AでもBでも誰がやっても同じピアノパートってのではない工夫を入れると、評価が高くなるでしょう。そのあたり「自分の子供に弾かせて」受けを狙いに行ったカールハインツ・シュトックハウゼンさんは電子音の限界もよくわかっているようでした。
3、複数のx-tetを使ってみる。
これもあまり実行例がなく、やってみる価値は十分にある。7-tetでタイの音律。
こんなもんでしょ。
んでんでんで、せみころーんさんは、なんなの?エレクトロ嫌いなのって話ですね。
そんなことないですよ。ディヴィッド・チューダーの「ニューラルシンセシス6-9」は結構面白い。ああいうの常人じゃあできないからね。
チューダーってね、あの人ただのオルガ二ストだったのに、いきなりピアノもやってみるかってやっていきなりヨーロッパデビューで、そんでエレクトロ作曲までできちゃうわけでしょ。
人間の質からして違ってたってことなんやろうか。アカデミズムの弊害ってのが、まったくない環境で育った成功例なんでしょうね。
いまはほとんど作曲科は純粋培養組ばっかりでしょ。面白くもなんともないわけ。とくにヨーロッパのほうがひどい。誰も作曲を目指さなくなってる。
それも、出生率を調べると、当然なんですよね。ある時期からまったく生まれなくなる。となると、音楽を目指す層そのものがいないもんだから、結局小国だと、代表選手っぽいのは消去法で出てくる。
いまにAIが代行するんでしょうか?
作曲家が自前のAIを組む時代はあるでしょう。
でもそれを聴く聴衆がいるのか?
おそらく、未来の音楽は聴衆なしで成立するんじゃないかなって思うんですよ。今の文学界が読み手なしでも成立してます(だから誰でも芥川賞の候補になれる)から、それなら音楽や美術だって行けますよね。
いった未来は見てみたいです。もう編集や批評行為は消滅し、誰もが創造者になる。それをAIが支援する社会ってこと。
「ぴろんっ!ぴろんっ!!ぴろんっ!ぴろんっ!!緊急ポジハメ速報です」でも、これも一種の災害警報から生まれた創造でしょう。こういうのは昭和の時代、広まらなかったんですよ。
でも令和の時代はすぐ広まる。いいことでしょ?
広まるんだったらね、エレクトロの大音量がうっざい、ってのも拡散してほしいですよね。
一昔前は、アジア系は音色に対して親切だと思ってたけど、近年は必ずしもそうとは言えない。ヨーロッパの影響を受けて、かなり鋭い音も使えるようになってきている。でもリズム的にワンパターンになってきてて、大して面白い演奏家を必要としなくなってるんですよね。
これは前衛の時代に名演奏家に頼まざるを得なかった状況とは逆。だって、誰でもピアノが弾けてしまうんだもん。演奏がありがたくもなんともないわけ。で、みんな下手じゃないので(「ローカル国際を受けるピアニストだって、かつてのメジャー国際だったら一次が通りそうなほどうまい」とはころーんさんの言)音符通りだったら何とか。で、大してそれ以上を要求する曲もないし。
現代音楽だろうがそうでなかろうが、適当に弾けてしまうってのは難点ですよねー。Delz国際の受賞者みててもわかるもんな。まだ旧世代は演奏家の良し悪しを問う本格作品ってのが通ってたのに、今やだれでも弾けそうだなこりゃってのに移っている。
「創造行為って誰でもできるし、楽才なんてもう誰でも持ってる」と横のころーんさんはポテイトゥチップスをバリバリッと食いながら諦めてました。




