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あっ?今日の広島はちょっとちぐはぐで、これなら

山井今日は勝てるかなー、とか思ってるせみころーんさんですどーもーとってとてとてとて。


はい、予告通りフィンランドの作曲家Sebastian Hilliさんを取り上げてみましょう。日本では武満徹作曲賞第一位を受賞されたというので話題になりました。


高校生以下の方々に予備知識。フィンランドは音楽家への支援が手厚い。フィンランド音楽情報センターが無料でpdfの閲覧を許可している。音楽家への大衆のまなざしが日本と違う。これだけ押さえといてください。


で、どれからいきますか?


これ?あっそ。(そばにころーんさんがいて、これやれとか言ってる)


はい。Snap Musicってのを見てみましょう。楽譜はフィンランド音楽情報センターから。音楽は本人Webで聴けます。


見てみてください。


どうです?


非常によくかけてるでしょう?それは誰でも気が付くよ。


問題はそこじゃない。


長いことみてると気が付くでしょう。これ、なんでこんな単純なの?って。


フィンランドって音楽家への支援て手厚いんでしょ?じゃぁオーケストラだって難曲に挑戦してくれるかもしれないじゃん。でさ、、これ、、、


なんでこんなに洗練されちゃってるのってことです。一瞬見たとき、これが若い人が書いてる音楽だとは全く思えなかった。若手特有の手の付けられない暴れっぷりとかなんにもない。ハンス・ヴェルナー・ヘンツェさんやボグスワフ・シェッフェルさんのような大家だって、若いころはよく荒れてました。


きっれーに書けてる。でね。


若い時からこんなに消極的に書いちゃっていいのかってことですよ!


序盤はこれでもいい、でも中盤になると、こんなにスッカスカにしてしまうってのが理解できない。何もそこまでしなくてもいいんじゃないのか?「広島、今日の攻めはなんだかちぐはぐでかみ合ってませんねー。」とかいうあれですよ。2失点であっさり負けましたとかいうあれ。


こんなオーケストラ音楽が、フィンランドの交響楽団はなんも疑問を持たずに演奏しちゃってるってのが、個人的にびっくりなんですよ。かつてクラウス・フーバーに就いたカナダの若い作曲家が「練習しやすく書かないと、お前は首だとかいうことをカナダで言われた」そうです。今から35年以上前のカナダの話です。


ほんと、それです。こんなに消極的なアピールをやる人じゃなければ、この人がDelz国際を獲れたかもしれない。腕前ならこの人が一番なんだから。でも取り損ねた。


そりゃこうやって書けば、リハーサルは3回で通るでしょ。悩むことすらない。後半に至ってはダイナミックスの変化もほとんどなく、後半の室内楽的な展開も結構難しそうなんだけど、全体的に密度が低すぎで、ソロが浮かび上がりようがない。


異様に軽く書かれていて、当然にように軽く響く。速度が上がってもこの軽さはすごい。普通速度が上がると重ったるいソースがべっとりみたいな響きになりやすいんだけど、これはそういうの一切ない。


なろう的というよりは、ライトノベル的なオーケストラ音楽というのは、この人くらいかな?モーリッツ・エッゲルトさんがライトノベル的なオーケストラ音楽ってのはドイツでもうやってるんだけど、これの北欧版。


意図してダイナミック一定で進むから、こんな薄い音楽になる。その薄さが個性なんだろうけど、なんでそんなに薄く書けてしまうのか?ってのはどうしても、あるんですよね。


んでんでんで、武満徹作曲賞を獲ったReachingsも、基本的には一緒で、ある楽想をコピペして張り巡らしてってのは一緒、でもこっちのほうが描きこまれただけ、繊細に鳴るのでこれは薄くてダメとは感じられない。でも、薄さへの嗜好、典型的で誰でも知ってる音形へのこだわりってのが常にある。暇さえあれば薄くしようとする。音も濁らずさわやか。


オーケストラはこんなもんやろ、って居直っちゃってるんですよね。奇妙なまでのウェルダン。無数の疑問符をつけるのが彼の個性なんだろうか?


フィンランドは比較的、中国みたいな独裁国家より20世紀音楽のオーケストラ音楽は頻繁にかけているはずです。Maj Lind国際ピアノコンクールだって、始まった時はバルトークのピアノ協奏曲の2番をガチでやってた。理解があるんです。でも、理解のある国で、これ。


民度がいくら高くても、こういう消極的なオーケストラ曲が出てきてしまうってのは、なんか問題があるとしか思えない。調性的なフィギュアを張るってネタだって、そんなものはとっくの昔にReinbert De Leeuwさんがやっている。新ロマン主義の時代に使いつくされている。で、その使い尽くされたネタが更に濾過されて出てきている。


「もうちょっと攻め込みたいとは、特に思わない」というのは不気味に思うんですよねえ。


ひょっとすると、音楽家を目指す階層が決まっちゃってて、誰も何もしない、ってのが常識化してるんじゃないだろうかって思うんですよね。それって一つの悲劇ですよねえ。


んで、最近作のPeachに至ってはその単純化が更に推し進められ、異様なまでに真っ白譜面になっているのが怖いですね。フィンランドの同世代の中でも結構目立ちます。

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