「レジ係」
あーあ、昨日危惧してたことがついに、、予言こそしてなかったけど、やっぱりなって感じのせみころーんさんですーどーもーとととて。とて。
ほらね。
34歳で首相に就任したらいきなりこれ。しかもこれは黄色人種や黒人の発言じゃなくて
白人様の発言、それも70歳を迎えたばかりの白人様が、隣国に向かって「レジ係」。
どうです?韓国やアフリカと変わらないでしょ。日本のかつての閣僚もこういうのがいたような気がしました。
しかし、このヘルメおじいさんの発言は的を射てる点があります。
それは、最年少首相マリーンさんのおとうさんとおかあさんは「離婚」しちゃってるという点です。北欧人はこの間のF1のボッタスさんもそうですが、すぐ離婚します。
それはどうなんだってことです。子供ができなかったので、離婚しました、これならわかるんですよね。ところが、このケースは子供ができて、子供が小学校いくかいかないかで離婚。
褒められるケースじゃないでしょう。それを揶揄したら、揶揄したほうが謝罪に追い込まれるポリコレ。
すっごい、窮屈でしょ。くおてしょんさんは、このニュースを見て「にゃぁぁああああん」としか言ってくれないのでよくわかりません。
ころーんさんは「もうすこし人生経験とかをつんで、結婚して出産したうえで就任したら無問題だったのに」と少々冷ややかでした。手元のオレンジジュースを飲みながら、「こういうのってすぐ外に出るようになったのねえ」とも。
確かに、すぐ外には出るようになりましたね!
すらあっーしゅさんはskype会議で「あほんだらや!なーにが北欧は人権尊重国やっ!あんなもん嘘に決まっとるやないか!誰だってやっとるんや!頭で思ってても外に出さんようにせんかボケ!」
これですよ。
そりゃそうでしょ。
もちろん新聞社が悪いんじゃありませんが、日本の各種報道機関が「北欧は進んでて」なんて煽ってたのが悪いんですよ。
だってー行ってみてきたわけじゃないじゃないですか。
さて、きょう出てきた「エストニア」
エストニアの作曲家と言っても、なろうの読者はせいぜい、レポ・スメラかアルヴォ・ペルトくらい、しかわかんないんじゃないでしょうか。
じつはせみころーんさんもあんまりよくしりません。ごめん。
ここでスマートフォンをお持ちの方は「インターナショナル・ロストラム・オブ・コンポーザーズ」と検索してみてください。
はい。出ますね。公式サイトや過去の公式サイトのアーカイブも出ます。
ここでEstoniaと検索窓に入れてみましょうっっっっ!
どうです?
ああ、ころーんさんは、ちょっと笑っちゃいましたね。なるほどなるほど。
Xさんとララモエラーは「、、、うわー、、、あからさまだなあ、、」だって。
すらあっーしゅさんは「なんやこれっ!なんで。。。。なんでこんなにおるんっ?!?!!?」
くおてしょんさんは「に”ゃーん!!」
そうです。
エストニアの作曲家が定期的に入選しており、その数が27名もいます。
なんでこんなことになったのでしょうか。
言い出しにくいのですが、、、この作曲賞は実は北欧のなんとかさんが巨大なスポンサーになっておりまして、、、
「スポンサーとしてお金を出す。その代わり、、わかるな?」ということだったのです。
そのおかげで毎回毎回何度でも北欧の作曲家は優先的に入選、という相撲の大関互助会のような体たらくを示してしまったのです。
いつのまにか、この作曲賞は「ノミネート」レヴェルの作曲家も全部張り出すようになりました。
それは良いことなのですが、ノミネートレヴェルに毎回毎回「エストニアっ!」と掲示が出てしまうようになりました。
おかげで、もうこの会議に出るのすらいや、そんな人も目立って増えてきました。
実際にエストニアが「受賞」したケースは少ないので、実害も出ないしへーきへーきという事情でした。
ヨーロッパという国はこれが標準レヴェルということです。もちろん、このようなレヴェルを嫌う反骨の作曲家も大勢います、けれども多くの凡人はお金がもうかればいいのです。
今日はその中から、Tolvo Tulevさんをご紹介いたします。
TulevさんはNHKで過去に一回だけかかったことがありますが、そのほかは全然です。日本人が知らないのも当たり前です。しかし、今はYoutubeがあるので、容易に聞けます。
Three Symphonies, for mezzo-soprano & orchestra (2018)ってのをYoutubeでぽちってみてください。
ぽち。
長大なタイムスパンに最初から頼ることで有名でしたが、インターナショナル・ロストラム・オブ・コンポーザーズの入選から25年たっても相変わらずでした。騒音的効果が目立って増えてきて、リズムは古典的になった、くらいです。
25年前の作風のほうが、せみころーんさんにとってはおもしろかったような気がします。ララモエラーは今の作風のほうがいいみたいですね。
最初っからずっと等拍リズムで指揮者は楽でしょう。この程度なら首都圏のオーケストラでなくても普通に音出しできます。響きが割れるようなこともなし。
名フィルや京響あたりでも、そんなに楽団員の悲鳴は出ず、大阪交響楽団や九州交響楽団でも何の苦も無く演奏できるでしょう。たまにはこんな「やさしい現代音楽」を一年に一曲はあってもいいと思います。




