よっしゃよっしゃダウも28000やっ!
あーあ、いつナイアガラになるかわかりゃしないのにすらあっーしゅさんは大丈夫なのか、と心配するせみころーんさんですーどーもーーーととととててて。
資産が崩れるようなことはやめてくださいよ。ここの語り部にも出られなくなります。でもダウの上がり方は強烈だなあ、無茶苦茶に上がってるわけだから。
これなんで上がるんだ!!って怒ってる人も多いですけど、そもそもダウ平均が渋ってた2010年代は、まだビンラーディンやバグダディも生きてて、中近東に戦費をじゃんじゃん投じてましたからね。リーマンショックが終わってもアフガンに結構かかってたでしょ。あれがいけないんですよ。
中近東と朝鮮問題が終了したら、ダウ平均は100000まで行くと予想してる人もいて、うわーすっごいなあとしか言えないですね。
厳密には昨日ですが、
今日に至るまでのかつて投稿した回の人称ミスをチェックしておりました。ありました。ちょいちょいなおしてます。作家さんの苦労ってのは大変だなということを知りました。
そもそもこれ小説なのかって話なんですよね。小説の結構を援用してるだけです。そういうなろう作品も最近はちょっとづつ目立ってきました。詩なのかエッセイなのか作文なのか小説なのかよくわからないテキストってやつでしょ。これもそうなんですが。
今日は時事ネタをお休みして、ニューフェイスANNIKA SOCOLOFSKYさんをご紹介しましょう。
ANNIKAさんは、プロのヴォーカリストで作曲家でオランダの作曲賞に乗り込んだ人としてはマヤ・ラトシェさん以来27年ぶりになります。
随分前にアガタ・ズベルさんを取り上げたことがあったのですが、彼女はオランダではなくてロシアの作曲賞には放り込んで来た人です。あとErin Geeさんがドイツの作曲賞に乗り込んできたことがありました。
でもラトシェ、ズベル、ソコロフスキ、Gee・・・みんな印象に残りますねえ。やっぱ活動しやすいんでしょうねえ。日本は最近声楽家と作曲家のあいのこはほとんど出てこれなくなってしまって、残念です。かつては小橋稔氏のようにいたんですよ。
Donnacha Dennehyに就いたことがあると聞いて、ああなるほーどとは思いましたが、Dennehyよりはずっとエモーショナルで静かです。
Youtubeで音源は容易にぽちれます。
「Ambedo」
もちろんヴィブラフォンを手でたたくのはフィニスィーに前例があるけれども、フィニスィーよりもずっとダイアトニック。アメリカの作曲家はこういうことに躊躇しない。日本なら確実に否定されるが、アメリカではオーケー。こういうテイストはかつてStuart Saunders Smithが十八番としており、Smithに詳しい人には懐かしく響くだろう。後半のほうが好み。
「bellow」
これも弓奏のオンパレード。要所で楔のように撃ち込まれる音はすべて三和音で、この辺ヨーロッパやロシアではほぼ出てこられない作風。きれいだなと思う反面、本をパラパラやったりする点が世界観にそぐわないのがちょっと気になる。グラスハープでいいんじゃないだろうか?
ステン=アナーセンがかつてペットボトルをつぶすという奏法を取り入れていたことがあったが、単純にそういう奏法を指定したいという欲望が強くて、最終的な音響結果を考慮したとは思えない若手作曲家が多くなっている。うるさくなく細かく空間を埋め尽くすのがこの人の芸のような気がする。
「Rise」
Bowed Pianoの部分はきれいに決まるのだが、通常の奏法の音色がやはりピュアすぎるので、すぐ平べったい時間の流れになる点が惜しい。サックスの重音奏法も美しくマッチする瞬間とそうでない点もある。
「One wish, your honey lips」
もっと良い演奏で聴きたい!何とかオランダのフルート四重奏で演奏できないだろうか。フルートの重音の不安定さを逆に生かすのはよく考えたなと思う。メロディーも美しい。リコーダーの四重奏にしたほうがきれいに行くんじゃないだろうかね。
「Don't say a word」
息音で攻めるのは、もうアカデミックの領域になりつつあることがよくわかる。出だしから音高構成もよく考えられてる。ただ、クライマックスで盛り上がるシーンはやはり反復語法を使っており、まだまだアカデミックの枠内のイディオムがある点だけ気になる。
「La alegría」
古典的だがこれが一番よかった。アコーディオンもうまく挟まれてておいしい。辛口ころーんさんも「この曲だけよかった」と言ってる。マリンバがソロで活躍したほうが、楽曲に幅が出たのではないかなと思う。
「Like a diamond」
先人と違って調性的な背景は手放したくないようだ。これなら古楽器でやったほうがもっとうまくいく。
以上です。ざーっと聴いた限りではなるほど悪くはないが、調性的な背景の有無を厳しく問われることになりそうですねえ。
この人はアメリカ合衆国で活躍していくでしょうが、表現の幅を増やして日本にも来てもらいたいです。こうやって調性を背景に組み立てる人は、日本にはもういなくなってますので。




