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関西のルパン、現代のベートーベン。

なんとかの有名人、ってのはたいてい嘲笑の対象なんだよなあ、ってかんがえちゃったころーんさんです。


あ、きょうはもうお菓子は食べ終わりました。


きょうはね、すらあっーしゅさんは阪神完封で泣いてたんで、わたししか当番がいません。


「なんとかの有名人」って枠で真っ先に思い出すのはAnthony Philip Heinrichです。彼は1822年にアメリカのベートーヴェンと呼ばれました。


詳しいことはネットにいくらでも書いてあるので省略しますが、この人はクラシック音楽がまだ何もなかったアメリカに降り立った最初のボヘミア人作曲家なんですよね。



「なにもわからない」もんですから、とりあえず音を聞かさなきゃならないってことで、ベートーヴェンの交響曲のアメリカ初演から始まった、こんな時代だったんですよ。


もちろん絶対音感なんて国民の一割(一分しかないとも言われている)しか持ってません。五線譜の読み方も知らない。そんな完全にゼロの状態からアメリカ合衆国の黎明に活躍したすごいひとです。


日本が明治に開国したときこうだったかといわれると、9割はこうでしょう。でもまだ豊臣秀吉が生きていたころは、オルガンやガンバの合奏を見ていた日本人がいた、とかいうのですから、アメリカのこの状態よりはマシ、、あんまかわらんとおもいますけど、あのアメリカの状態よりかはマシでしょうよ。


日本や中国のように文化に断絶があるのならともかく、アメリカは断絶があるってもんじゃないですよね。先住民族は立派に独自の音楽を持っていたのですから。


それを片っ端から破壊して、まずベートーベンの交響曲の全曲演奏から始めるってのは、想像を絶する苦労があったと思います。


いま、ころーんさんはいくらでもピアノが弾け、なんとか現代音楽の楽譜が読めますが、それは過去の蓄積の上にあるので、自分の才能でない点が多いんですよね。


あ、せみころーんさんが帰ってきた。ちょっと中断。


、、、


とぽとぽとぽとぽ(コーヒー)。


せみころーんさんも、このAnthony Philip Heinrichについては思い入れがあるそうですね。音楽史の教科書に載せるべきだなんて言ってます。


わたしは日本の高校の音楽の教科書に載せろって思いますね。


この人は指揮者でもありましたが、当然作曲家でもありました。


とりあえず、いっぺんはきいてみてください。なんか変でしょ?


そうです。彼はロマン派の全盛期にヨーロッパで活動をすることはありませんでした。したがって、古典派が延命されたような様式が達成されたのです。


漫画が急に長期連載になっちゃってつじつまが合ってない展開になったってあれと一緒。ほんとびっくりです。


カール・ツェルニーはウィーンに住んでおりましたので、ショパンやリストなどの活躍はうわさで知っていて、接触はゼロではなかったので、ロマン派から完全に切り離されたわけじゃなかったんですが、、、、


Anthony Philip Heinrichは完全に切り離されちゃっててですね、「うわきつ」ってやつですね。ピアノのパートでもなんか妙に真っ黒になるけど和声はずっと一緒とか、なんじゃこりゃってやつです。


ぜひヨーロッパのオーケストラがこれをやるべきですよ。


当時のアメリカのクラシック音楽はティンパニを12個横に並べて3-4人でたたきまくる、とか、今から見ればかくし芸大会レヴェルの音楽でも普通に出回っていたそうです。


音楽学の世界でも、こういう音楽に陽が当たってきたのはごく最近です。かつては未開民族用の出来の悪いコピーという印象しかなかったんですよね。


でも、最近は文化の成長という点において見逃すことはできないって流れになってきてます。


ピアノのためのToccatina Capriciosaは1823年の曲です。youtubeぽち。


、、、、そばで聞いているせみころーんさんは大爆笑しています。


skype会議を広げて、ララモエラーにjpg画像でURLを教えましたところ、「、、、、なにこれ?わかんない。一ページもわかんない。コント?」って答えが。


、、、、わたしも、、ちょっと、、、なんなんでしょうねこれって思っちゃいます。


作っている本人は大真面目なのですが、聞いている人はフェイクとしか思ってない。


おそらくHeinrichさんはですね、楽譜を密度としてしかとらえてなかったんでしょうね。たしかに密度の増減だけで曲を書いてしまったヤニス・クセナキスって人もずっとあとに出てきますが、そのはるかな先駆。


密度の増減だけに絞って音楽を書いてるので、和声法や対位法も、時としてアマチュア以下のどうしようもない変なのになってしまう。AIが作曲したみたいに聞こえるのが不思議。


でも一番、、、もう笑うしかないのは、この貧弱な旋律ですよね。


「ヨーロッパでは通用しない、せや!アメリカならなんとか拾ってもらえるかもしれんわ!!」って、まるですらあっーしゅさんのような言動そのままの音楽が現代まで伝えられ、残されてきたことは貴重だと思っています。


やはり彼は一流ではなかった。強弱指示もテクスチュアのコントラストもなんもなく、ロ長調で終わり。ベートーヴェンの幻想曲のぱくりっぽいですが、こういうのを劣化コピーっていうんでしょうか。

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