パワーバランスっていうのかな
今のアメリカのクラシック音楽もどーにもこーにもアカデミック化が進んできてこまったなーってかおのせみころーんさんですどーもーとととととってて。
やはりねえ。
覇権国家でしょう。となると、結局吸い寄せられるんですよね。
で、吸われちゃったコンクールはなくなっちゃうし、共倒れでフェスティバルもなくなる。なくなっちゃったほうは悲惨ですよね。何も残らないし。
ここをみてるなろう読者の人は信じられないと思うんですけど、かつての音楽の教科書はですね、フランスものベースだったんですよ。
英語で書かれた教科書は、あまり品質が良くなかったのです。個人的な趣味に走る悪い癖というのかな、そういうのがあってですね。
なかなか万人に勧められる出来が少なかったんです。いまから25年前の話ですよ。
ところがね。
この25年で劇的に変わった。和声法、対位法、電子音楽、オーケストレーションなど、次から次へとかつての常識を覆す本が出てきました。
Baroque Counterpoint By Peter Schubert and Christopher Neidhöferが出てきたとき、これはすごいなって感じでね。今までこんな本なかったんですから。衝撃というのはありますよ。
そうこうしているうちに、英語で書かれた音楽の教科書が世界で最も信用できるものになってしまったということです。無双ってやつですか。これですよ。
となると、世界中の人間はたいてい学校で英語を習うので、最初っから英語の教科書で育つやつも出てくるんですよ。
それをもう、中国韓国タイマレーシアとかがものすごい勉強量で制覇しようってのが出てくる。で、いまがあるんですよ。
文化の中心地がパリからニューヨークに移ったのと同じ変化が起きたんですわ。
で、きょうはあんまり食べてなさそーなころーんさんはですね。最初っから英語の教科書で、正論「だけ」で育ってきたんですよ。
だから間違えようがない。(ふふ、とほほ笑むころーんさん)
正確な情報「のみ」が次から次へと頭の中に入る世代ってのが到来しちゃったんですわ。
しかし、この語り部せみころーんさんは、英語の教科書を最初から与えられた人じゃないんですよ。
そう。フランスなんですよね。
せみころーんさんは、最初はお行儀よくフランス人の書いたルールを信じておりましたよ。でもね、それって古いじゃないですか。だからいろんな国のを参照するようになったんです。
チェコ語やセルビア語のもありましたよ。やはり、みんな自分こそ正しいと思って本を書いてるわけです。
ここ見てるなろうの読者も最初から英語の本を読んだほうがいいかもしれないって思うんですよね。日本語の本を飛ばして。
なぜなら、飛ばしても全く教育上問題がないからです。英語で書かれた本はヴァージョンアップしますので、その都度買い替えればいいですし。
ただ、英語の教科書とて完璧にオリジナルな出来というのは少なくて、かつてほかの言語で書かれたものの文体が変わっているだけってのもあるので要注意です。今の世代はそれを知らずに買ってしまう可能性があるので、そこらへんはせみころーんさんは注意いたします。
よく言われてるのはErwin RatzのEinführung in die musikalische Formenlehreは有名なパクられ本で、これをそっくり取られちゃった本(その書名は内緒)があるというので話題になりました。
Giulio BasのTrattato di forma musicaleも豪快にどっかの本に丸ごとパクられてますねー。ひどいもんだなと思いますけど、だれが書いても一緒になる記述は仕方ないのかも。
でも、構成まで丸っとやらかすと危険ですよね。
で、そのような剽窃や複製の末の英語圏の教科書最強!ってのが2020年代なんですよ。
こういう時代が続くと、ほんとに文化そのものが均質になるんじゃないかと危惧しますね。
〈文化のコンビニ飯化〉ってやつですよ。昨日のガウデアムス大賞の人と一緒。誰がやっても似た結果になっちゃう。
ただ、ピアノの音だけはそうでもないなという印象がありますね。
たしかにブゾーニ国際2019はレヴェルは低かったかもしれませんが、だれが弾こうが同じ音、ということはなかったように感じました。個性がばらけてきたのは第一感で分かりました。
しかし、ヴァイオリンはちょっとねえ。
ヴァイオリンやチェロは選曲リストが狭すぎるので、一歩間違えるとほんとに「だれが弾こうが同じ音」になりかねないくらい危険です。この間のチャイコフスキー国際はそうでもなかったからいいですけどね。
チェロも随分レヴェルが上がりました。これならヴァイオリンやピアノと同じくらいあっても問題がないかも。この調子だとコントラバスもそれなりにコンクールがにぎわうかもしれませんね。でもコントラバスは協奏曲の絶対数がまだまだ少ないです。
まぁ器楽の世界は、人によりけりですから。
でも作曲の世界は、このままいくと、人によりけりなんてものがAIでなくなってしまうのかもしれません。まだAIではマーラーのコピペは不十分だったみたいですが、50年後は楽にできてしまう。たぶん。




