拝啓、(異世界の)おふくろ様
「婿殿、里から文が届いてますよ」
巨漢の書生が竹簡を一巻、俺に差出す。この世界の俺の実家からの手紙らしい。
そのとき俺は将来の義母に当たる劉夫人と、許婚である開慧と居間で茶のもてなしを受けていた。
摩周は毎日駅亭(郵便局的な場所)に通い、楊家への郵便物を持って帰ってくる。それも書生の仕事なのだろう。
差し出された竹簡を受け取り封を確認する。黄家の印が押され俺宛である一筆が添えられている。
ためらいもなく封を切ると、劉夫人からたしなめられた。
「銀雄様、いくら何でも貴方宛の文です。その、私共も一緒にいてよろしいのでしょうか?」
「密書というわけではありませんので、まあ大丈夫でしょう」
本当に大丈夫だった。差しさわりのない挨拶と里の近況、そして楊家への礼の言葉…書いたのはこの世界の俺の母だろう。文章の中には俺の身を心配する旨もあり、そして文章は女性名で締められていた。
「これ黄家の奥様の字? きれいな字ね」
興味津々の開慧が俺の手にある竹簡を覗き込む。それを行儀が悪いと劉夫人がたしなめた。
元の世界でオカンと手紙のやり取りなんてした事あったかな…、スマホでチャットのやり取りはしていた。飯の時間だとか、テレビで俺の好きそうな番組やってるとか、本当に他愛もない。
そういえばチャットのやり取りするようになってからオカンの顔を見て話すことが減ってたな。
「何か、あちらでよくないことがあったの?」
また目つきの悪さが出たらしい。開慧が心配そうに俺の顔を覗き込む。
「いや、ない…ただ」
もう少し元世界の親と顔を合わせておけば、死ぬのが怖いこと、これからの人生、ごく普通の生活がこれからも続くことへ漠然と不安を感じていること。これらを身内に打ち明ければ……いや、言える訳がない。
何言ってんの? と鼻で笑われるのが目に見えていたからだ。別に真摯に聴いてもらい、安心できる言葉が欲しいわけではない。しかし本当に俺の中にある不安を否定する言葉だけは、それだけは聴きたくなかった。
「家に、返事を書こうと思ってな」
こちらでの他愛もないこと、楊家の人のこと、都に出ることを許してくれたことに対する感謝。そんなものでいいだろう。
「そう、だったら新しい竹簡を手配するわ、離れに届けさせればいい?」
開慧は普段は大雑把だが、こういう配慮をしてくれる。
「ああ、ありがとう」
自然と感謝の言葉が口から出る。元世界ではあまり口にしなかったな。
元世界では体の奥で淀んでいたモノは、異世界で晴らすことができるだろうか?
元世界で口にしなかった言葉を出すようになった。いい兆候であって欲しい、そう思った。




