一狩りいこうぜ・3
山の麓で一泊の後、雇った猟師の案内で山に入り、中腹の開けた場所まで進む。
「よし! ここを野営地とする!」
天幕の設置や食事の準備は使用人と兵に任せて、俺と摩周、俊峰殿、伯虎、猟師は義親父殿の下に集められる。
「まずは索敵だ。俊峰、この山には何度か入ったことはあるな?」
「仕官前はよく御館様に同行しましたから」
「最近はとんと西にかまけきりだったからのう」
思い出話に花が咲いたところで話が変わる。
「隊の分け方は変わらん、三つに分ける。伯虎は野営地で待て。俊峰、お前は婿殿を連れて行け、儂は摩周と狩人殿とで行く」
そして俺と俊峰殿で左回り、義親父殿と摩周と猟師で山を右回りに探索することになった。
「何かあったら直ちに野営地に戻れ。絶対にだ」
義親父殿の命令はとても簡潔だった。
軽い食事の後、使用人を三人連れ早速森に入る。
「今日の陽はそんなに長くない。三刻ほど調べて、すぐに戻ろう」
そう言うと俊峰殿が先導し山道を行く、というより木の間を通るという言葉が合う。
夏の葉が落ちて秋にかけて朽ちていく、その上を右手に法地を配して進み続ける。
たまに足裏にぷちっとした感触がある。熟れて落ちた木の実だ。
「もったいねぇな」
「いつもはここまで熟れるまでに鳥か獣に喰われちまうからな」
木の幹に印の疵をつけていた使用人たちが木に絡みついた蔦を見て、何かを毟りながら駄弁っている。
俊峰殿と婿殿にも、と毟ってきたものを渡してくる。山葡萄だ。
「ここまで熟れて成っているものは初めて食べたよ」
元の世界で食べいた葡萄より渋みが強いが、確かに俊峰殿が言うようによく熟れていてやわらかい。
山葡萄の甘味と酸味が山道を歩いてきた体に沁みる。
使用人の一人が通り過ぎた木の何本かに一本の幹に刃物で疵を刻み、二人目に交代して五本目に疵をつけようとした時だ。
先導していた俊峰殿の足が止まる。
目の前は苔むした少し高い丘で、向こうが見通せない。
「変な音がしないか?」
耳を澄ませると、落ち葉と湿った土を踏んだ時に出る独特の音が変な間合いで聞こえる。
足音、だろうか?
明らかに人以上の体躯の持ち主の立てる音だが、韻律がおかしい。
明らかに二足歩行ではない、しかし四足歩行の獣が立てる音としては明らかに駈歩すぎる。
整地もされていない山肌を進むにはあまりにも不適当なのだ。
音の次に臭いが来た。獣の臭さと、腐臭にも似た甘い生臭さがいっぺんに来る。
「俊峰様…これは」
背後の使用人たちが後ずさる気配を感じる。
俺は草払い用に持たされた鉈の柄に手をかけ、使用人たちに言った。
「お前ら野営に戻れ」
「しかし婿殿」
俊峰殿も戸惑う使用人たちに撤退を促しながら、腰の直剣(旅行用だろう、通常より短めに設えてある)を抜く。
「野営に戻って御館様に早くお伝えしなさい。僕たちは」
そこまで言った時、丘の向こうから音と臭いの主が姿を見せた。
ものすごくでかい、猪の首。太い猪の胴、その奥にもう一つ向こう側を向いた猪の首がある。
声を上げる間もなく、その二対の前足でこちらに踏み込んでくる、跳ねるようなその駈足で。
とっさに俊峰殿の肩をつかみ引いて、もう片方の腕を突っ込んできた猪の首に突き出す。
「汝擦雷招来!」
念白を唱えたとたん、伸ばした腕の先に閃光と雷鳴に似た破裂音を、そして腕に弾かれるような衝撃が走る。
衝撃に怯んだのか、猪の首が一瞬止まる。
我に返った俊峰殿が握っていた直剣を半ば力任せに、しかし明確な意思を持って猪の首に投げつけた。
直剣の切っ先は見事猪の首の左目を捉えたが、その刹那に”何か”に阻まれるように動きが止まる。
微かに「ぱりっ」と薄い殻が割れた音のした後、その切っ先が猪の首の左目に刺さる。
猪の首は嘶きとも非声とも取れる啼き声を上げその巨躯を揺らす。
さあ、ここからどうするか。
これでまだこちらに向かって来るのであれば…そう身構えると、猪の首は左目に刺さった直剣を振り落とした後、ものすごい勢いで遠ざかる。
名状しがたい物を見た俺と俊峰殿はその場で放心したかのようになり、使用人の一人は腰を抜かし、一人は立ち尽くし、もう一人はしゃにむに構わず逃げようとして目前の木にぶつかり地に伏していた。
そこにあるのは、血と言うには余りにも暗い色の液体が着いた直剣。
そして猪の首が落としていったその液体の跡が、目の前の苔むした丘を登っている。
「あれは…」
俊峰殿がやっと、口を開いた。
「あれは、なんだ?」




