彼女との思い出
「銀雄、お茶しない?」
朝餉の後、離れであれやこれやと書き物をしていたら開慧が来た。
久々に開慧の顔を見た。かれこれ二日ぶりである。
「体調は…いいのか?」
どうにもぎこちないけど、それはお互い様のようだ。
「まぁ…ね。ごめんなさい、いきなり具合が悪くなっちゃって」
「ならよかった。自分の体でもどうしようもなくなる時ってあるからな」
一応言葉を選んで気遣う。
「銀雄も、そうなった事がある?」
口に含んだ茶を思わず吹くところだった。
男として、自分の体がどうしようもなくなる時…ままあることだが女のそれと同列に扱うことなのか?
「無くは…ない」
「そっか、具合悪くなったらちゃんと言ってね」
いつも開慧だ。
内心で開慧がどこか変わってしまったのではないか? と考えていたが、杞憂だった。
「開慧、お前もちゃんと具合悪くなったら一言くれよ。それなりに心配してたんだぜ」
「わかったよ、ちゃんと言う…心配させてごめんなさい」
茶請けに薄紅色の平べったい四角が並べてある。
開慧が口にするのにつられたように、俺も一つ手に取る。
一口含むと酸っぱさと仄かな甘味を、鼻に抜ける独特の風味を感じる。
「サンザシか」
「山査子餅だよ」
「いやこれは山査子糕だろ?」
この二つの名前はサンザシを潰して調味料と練った菓子を指す言葉だが、丸いか四角いかで餅と糕と区別される。
しかし最初に覚えた名前を正しいと思い、丸い方を食べても糕だと言い張る、そういう時期の記憶がよみがえってくる。
これはたしかに糕だね、と開慧は俺の意見を肯定し
「変わらないねぇ銀雄は」
と、笑い始めた。
「あれは三度目に会った時か?」
「そうそう」
多分八つの頃だろう。
自分たちの食べたものの名前がどちらかで、二人で大いに揉めたのだ。
「あの時はどっちだったっけ? 銀雄覚えてる?」
「糕だろ?」
「餅だよ」
お互いに懐かしさと可笑しみがどっと沸いて二人して噴出してしまった。
この世界の俺、黄 銀雄という人間の背景はおぼろげながらもこうやって思い出して確立している。
こうやってこれからも…そうありえるのだろうか?
「変わらないねぇ銀雄は」
開慧の笑顔で我に返った。
開慧がその名前で呼んでくれる限り、俺は黄 銀雄でいられる。
そういう確信が小さいが、確実に持てた瞬間だった。




