秋刀魚の味
「婿殿、儂の部屋に来てくれぬか、話がある」
夕餉のあとにあの巌のような声が掛かる。
開慧はいないし、摩周も部屋に呼ばれた後落ち着きがないし、内々で何かが動いている気配が半端ない。
あの巌のような義父の居室は俺が宛がわれてる離れから母屋と庭を挟んで反対側にある望楼にある。歩廊を進む足も遅くなる。
「昌済殿、銀雄です。今参りました」
覚悟を決めて声を上げると、引き戸開き
「おう、よう来てくれた婿殿」
そういって巌のような義父が部屋に入れてくれた。
昌済氏の部屋で一番に目を引いたのは机の上だ。都周辺の地図、そしてその上に兵棋演習の駒がいくつか…。
棚に置かれている書物も圧倒的に戦術・戦法についてのものだ。書架の数倍はある。
「俊峰から聞いたぞ、西行探吏になりたいらしいな」
昨日の今日で耳が早い。しかし、娘婿が閑職につこうとしているのは父親としてみていられなかったのだろう。
「いや、反対しているのではない。むしろ好都合かと思っていてな」
「といいますと?」
「楊家は子宝に恵まれず女児一人、書生食客を抱えてその中から婿養子を選ぶかと思えば、西の仙術の名家から婿を取った…」
自分の息のかかった仕官で周りを固めるかと思えば、縁談で他の勢力と繋がった。
「これで身内全員を軍職につかせればまた色々言われる…しかし仕官もしない婿も困る」
この巌のような義父は首都警備隊中尉、都の機動隊隊長の地位にある。
「ご自身に野心はなくとも周りの目もある…と」
「気まぐれと縁故のよしみで目下の者を世話していただけなのだがなぁ」
基本いい人なのだろう。面倒見のよさは娘が引き継いでいる。
「それに…婿殿はご存知だろう…その」
喉に詰まるような物言いで昌済氏はその言葉を吐いた。
「儂は上官に、手をかけた」
十六年前に起きた都での内乱のことだろう。噂程度に聞いてはいるが。
「あれ以来、儂は出世のためなら上官を斬ると…陰で言われるようになった」
「しかし、かの内乱の武勲で今のお立場があることも…確かではありませんか?」
「ああ…思わぬ良縁をつかんで、妻のためと、がむしゃらだった」
劉夫人もそれなりの名家の出だ。
昌済氏の当時の身の上と自分をなんとなく重ねてしまう。
俺だって開慧を娶ったら…義実家の後光だけではない、という事を証明したいと思ってしまうかもしれない。
「なぁ婿殿、こんな後ろ暗い男の娘をまだ娶る気はおありか?」
「はい」
自分でもびっくりするぐらいの即答だった。
この異世界で目を覚ました時、手を差し伸べてくれた。彼女は異世界での水先案内人みたいなものだ。
それにおぼろげではあるが、彼女との思い出があった。
銀髪をからかわれて、その後仲直りするまで。
その後、数年に一度の頻度だが黄家と楊家で家族ぐるみで会っていたこと。
最近の都に来た俺に色々世話を焼いてくれた彼女のこと。
十分じゃないか。
このレールに乗っかるのには十分じゃないか。今のところ障害もない。
こういう打算的な願望もあるが、正直彼女のことを好きなのも確かだ。
「ゆるぎないな」
顎をなでながら、昌済氏が椅子から立ち上がった。
「婿殿の考えを聞きたかったのだ。あれも女になったのでな」
内心動揺した。
あー、それで昨日から…そっかー。
「ただ、一つ言っておくぞ婿殿」
「…なんでしょう?」
昌済氏の眼光がいきなりきつくなった。問答によっては斬りかねない、そんな目だ。
「俊峰に話した仙術、あれは法度だ。あれをやるなら黄家ごと斬る」
あー、あの話か。
科でも仙術の専門家(ちなみに蔡家でなく丹練術に長けた華家だった)にも話した「人間以外の生物から咒力を賄う」方法だ。
人間以外にも咒力がある、と仮定すれば可能なのでは? という浅はかな考えだ。
「獣でもですか?」
ここら辺の考えは実際サイコパスだと思う。しかしパワーソースに制限があるなら他から賄うことも…そう考えていたのだ。
「物言わぬ獣からそこだ。物言わぬものにも心はある」
本当にいい人だ。この人が義父になってくれるのはとても幸運なことなのかもしれない。
「わかりました。肝に銘じておきます、お義父様」
「なっ…」
「お言葉、ありがとうございます」
お義父様呼びは少し早かっただろうか?
「娘を…たのむぞ」
「はい」
義父が頬を染める、というシチュエーションに出会うことになるとは。
そしてそんな義父に少し萌えるとは。
花嫁の父親という題材が繰り返し取り上げられる理由が、少しわかった気がした。




