第205話『王城にて……①』
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大聖国の魔王ビャッコが『ハルン公国の勇者』の手によって討ち倒されたという情報は瞬く間に各国に伝えられた。
その勇者の名前はジロー・ヒョロイカ。
魔王スザクを討ち倒した冒険者として公国では幅広く知られ、今では辺境の地を興隆させた領主としても名高い人物であった。
『ハルン公国の勇者……?』
大聖国の発表を聞き、公国内でそう首を傾げる者が多かったのは無理もない。
なにせ公国の勇者召喚は筆頭魔道士の不手際で失敗に終わったが、幸運にも力のある冒険者が魔王を倒したおかげで事なきを得たというのが国王の名の下に発表された公式な声明だったからだ。
ジロー・ヒョロイカが魔王を倒したことで図に乗って不遜にも勇者を名乗りだしたというのならば不届き者と言うほかない。
だが、彼が勇者であることは聖女のみならずミエルダ王国の勇者までもが保証しているという。
二体の魔王を倒すほどの力を持ち、聖女や他国の勇者までもが認める事実は国民たちに国王への猜疑心をもたらしていた。
「――そういうわけで……大聖国の聖女と王国の勇者がヒョロイカを我が国の勇者と表現したことで貴族や平民たちはどういうことなのかと強い疑念を抱いております」
王城の一室で国内の声をとりまとめた調査結果を宰相から聞いたハルンケア8世はグヌヌと唸る。
「大聖国の小娘め……余計なことを……! 王国の勇者もだ。あのエアルドレッド似のむさ苦しい男の国の勇者だけあって無遠慮に踏み入ってくる……」
ヒョロイカが勇者ならば召喚の儀は失敗していないことになる。
そうなると、筆頭魔道士のシリウス・ドランスフィールドを処刑したハルンケア8世の判断が尚早だったと疑問符がついてしまう。
もとよりシリウスの処刑に反対していた、彼と親交のあった上級貴族たちからは事実確認のための謁見申し込みが殺到していた。
「ヒョロイカのやつめ、今頃になって勇者の地位を名乗り出すとはどういうつもりか! 爵位と領地を与えてやった恩を忘れおって!」
ハルンケア8世は『ドン!』と腰掛けている豪奢な椅子の肘掛けを強く叩く。そもそも勇者と認めなかった時点で確執が生まれている可能性を考慮せず、自らが与えた褒賞のみを引き合いに出して彼は憤っていた。
怒り猛る王をどのように宥めるべきか。
宰相始め、今回の事案について話し合うため室内に集まっていたハルンケア8世の側近の貴族たちは頭を悩ませる。
「陛下、こうなれば無断で他国の事情に介入した咎でヒョロイカを――」
宰相が口を開いてハルンケア8世の機嫌を取るための提案をしかけたそんな折、突如城が地響きに見舞われた。
唸りを上げるような振動。
ハルンケア8世や共に部屋にいた貴族たちは慌てふためく。
「な、なにごとだ!」
困惑し、キョロキョロとみっともなくハルンケア8世らは周囲を見渡す。
「陛下、よくない知らせです。つい先程、魔王が復活してしまいました」
そう言いながら唐突に室内に姿を現わしたのは、魔道士のローブを着た金髪の男だった。
「な、なにやつか!? 貴様、どこから出てきた! 転移の術か!?」
貴族の一人が男に問う。
「やれやれ……皆様方、この顔をお忘れですか? こちらにいらっしゃる方々が半ば強行して私の処刑を決めたとお聞きしてますが?」
皮肉げにのたまった人物の顔をまじまじと眺めると、室内にいた面々は息を呑む。
「シ、シリウス・ドランスフィールド!? 貴様は処刑したはずだ! なぜ生きておる!」
ツバを飛ばしながら前のめりになって叫ぶハルンケア8世。
「う、うひゃあ化けて出た! あだっ……」
腰を抜かして床に尻餅をつく宰相。
「アンデットになったのか!? ち、違うんだぁ!」
「私は悪くない! 呪わないでくれぇ!」
「あれは陛下が……!」
責任逃れの発言を始めるその他の貴族たち。
上に立つ者として、もう少しどっしりと構えられないものかと思うが、処刑されて死んだはずの男が平然と動いていたのだから驚くのも無理はない。
そんな彼らの様子を呆れ混じりに見つめてシリウスは口を開く。
「はい、どうも、思い出して頂いたようで何よりです。お久しぶりですね、陛下、並びに悪巧みを共謀された方々。まあ、このように私が生きていることからおわかりでしょうが、処刑されたのはアレ、人形ですよ。私自身は入れ替わっていてご覧の通り無事です。とはいえ、一人だったら助かるのは正直難しかったですが」
スラスラと自分がどのように生き延びたかを語るシリウスを前に、部屋にいた者たちは次第に落ち着きを取り戻していく。
「ふ、ふん、処刑したのが身代わりだったとはな……。どうやら協力者もいるようだが、その者については後々追求するとして……。貴様、何をしに現れたのだ?」
まさか濡れ衣を着せられたことを知り、復讐を企てに来たのではないかとハルンケア8世は内心で冷や汗を掻きながら訊ねる。
「何をしにって、そりゃあなたたちを逃がすためですよ。一応、ここにいる面子はまだ今のところこの国の要人ですからね」
「逃がすだと? そういえば先程も言っておったな……魔王が復活とは? なぜそんなことが起こるというのだ」
「おや、陛下、心当たりがない? あなた方が魔王の死体を預けた女は今まで何をしてたんですかね?」
「ん? あの女が魔王を……? ふはは! ドランスフィールドよ、ならば案ずることはない! それは本当の魔王が蘇ったわけではないぞ。余が命じておったことでな? そうかそうか、ついに成功したということか。国家予算を多く投じて高価な素材を集めてやった甲斐があったというものよ!」
ハルンケア8世の顔つきが不安の入り交じった表情から一転。
嬉々としたものに移り変わる。
その楽観的な態度を見て、シリウスは眉間に皺を寄せた。
「陛下、僭越ながら言わせてもらうなら、私としては、あんなどこの誰かもわからない魔道士に魔王の死体などという取り扱いを慎重にしなければならないモノをよく渡す気になったものだと思いますが」
「なぬ? そちは、何が言いたい?」
自分の判断を批判されたように感じたハルンケア8世は剣呑な目でシリウスを見つめる。
「それはですね? 胡散臭い輩が耳障りのいいことを言ってきたところで、説明通りの仕様と同じものを作る保証なんかどこにもないってことですよ」
ハルンケア8世がシリウスの礼を欠く言い回しを一喝してやろうとしたその時――
部屋の扉が弾け飛んで一組の男女が悠然と入室してきた。
男は赤い髪で頭部に片角の生えた男。
その隣にいる女は筆頭魔道士候補のフードの女だった。




