第204話『星野凜』
そういやビッチJKのフルネームは星野凜って言うらしいよ。
ビャッコにはホシノって呼ばれてたけど、あれ名字だったんだな。
彼女と大聖国の一室で今後の処遇について話をしていたときになんか自分語りをしてきたのでそのときに知った。
「神に選ばれて勇者やれとか言われてさ。召喚されたと思ったらいきなり戒律を守れって一方的に思想を押しつけてくる国だったんだよ? 日本にいたときみたいに生活してたらそれは教えに反してるからやめてくれとかごちゃごちゃ言われるし。宗教って信じるも信じないも個人の自由じゃん?」
ブツブツと転移当初の不満をぶちまけてくるリン。現代の日本じゃ多くの人が宗教などをよく意識しないで暮らしてるからな……。人によって神を信じたり信じなかったりで強要できるものではないというのが基本の国柄だ。
けど、宗教国家の中心都市じゃ、度合いの差はあっても住民は皆信者。
神を信じて祈るのが常識の国で無宗教な信仰拒否ライフスタイルをやってたら、そらやべえヤツ扱いされるよ。
「腹立つヤツらのために疲れる修行したり、危険な思いして戦うとか普通に勘弁じゃん?」
「…………」
大人なら郷に入っては郷に従う精神である程度分別をつけて受け入れると思う。だが、尖ってる時期の未成年じゃ理不尽に抗いたくなるのもわからなくはない。彼女は元の世界に帰るためにはしょうがないみたいな妥協を認めるタイプではなさそうだし。
とはいえ、そのロック精神でもたらした影響がやばすぎるので擁護はできんが……。
生まれたときから信仰を守ることが当然だと思ってきた神殿の者たちには聖女を凌ぐ力を持った伝説の勇者というカリスマが戒律を無視して好き放題振る舞う姿はさぞ刺激的に映ったんじゃないかな。
今回の騒動の全容を振り返って総括すると、真面目一筋だった優等生が大学で悪い先輩に遊びを教わって堕落した構図がめっちゃたくさん起こってたって感じだと思う。
大聖国の人たちはもっと彼女と話し合っていたらよかったのではないかと感じる。
信仰を守ることを疑わず常識にしてる国民性と、思春期の中でも突っ張った部類のリンは相性が悪すぎた。
リンに反感を抱いたり、変に影響を受けたりで秩序が乱れまくってしまい、そこを魔王軍につけ込まれたのだ。
「結局、あーしは一人が似合ってるってことか……息苦しい異世界でようやく出会えた理解者のビャクヤは利用するために近づいてきただけだっだし、向こうで友達だと思ってたあの子は急にいなくなっちゃうし……」
窓の外の景色を見ながら、しばらく何か過去話をしていたリン。
まあ、適当に聞きながら相槌を打つだけにしておいたけど。
俺って気の利いたことが言えるほど含蓄に富んだ人間じゃないからさ。
浸りすぎー! って、ツッコんで遮らなかっただけ偉いと思ってくれ。
◇◇◇◇◇
ここはハルン公国の王城の一室。
ハルン公国筆頭魔道士の候補に名乗り出たフードの女に与えられた研究室である。
小さな実績を平行して積み上げ、ハルンケア8世や上層部の信頼を得た彼女にはすでに監視の目はついておらず、今、彼女はこの部屋に一人きりだった。
それなりに広さのある部屋には様々な魔道具や魔術の素材が置かれ、中央の床に大きな魔法陣が描かれている。
そして――
魔法陣の中心に寝かされているのは魔王スザクの亡骸。
『あと少し……これでようやくあの方に再び会える……』
フードの女はすべての準備が整った光景を見て恍惚の表情を浮かべる。
ジロー・ヒョロイカが置いていった魔王スザクの亡骸は王都で行なわれた魔王討伐を祝う祭典で一定期間国民に公開された後、この筆頭魔道士候補の女に預けられていた。
公国に有益な使い方をするという名目でハルンケア8世から預かって時は経ち、いよいよ作業は大詰め。
成功すれば魔王の力を持った魔導人形が完成すると、そう提言すれば笑いを堪えるのが大変なほど向こうから必要な希少素材をかき集めてくれた。
『後はこの心臓を置いて魔力を注ぐだけ……』
女は空間を凍結して保存していた禍々しい力を放つ心臓を亡骸の胸の上に配置する。
これは彼女がとある筋から入手した、この世界において飛び抜けた力を持っていた存在の心臓であった。
カッと魔法陣が薄紫色に輝き、光が部屋全体に溢れる。
あっけないほど速やかに、容易く、その最終工程は成し遂げられた。
『主様、よくぞお目覚め下さいました』
フードの女はいそいそと魔王スザクの前に歩み寄る。
そしてまるで長年慕い続けてきた主に敬意を表するように地面に膝を着いて頭を垂れた。
『ここは……クッ、勇者に聖水を浴びせられてからの記憶がない……』
横たわっていた身体を起こし、赤髪の男が声を発する。
片方が折れた二本の角を頭部から生やしたその男――
魔王スザクがフードの女の手によって息を吹き返した瞬間だった。
『ん? おお、久しいな……もしやお主が復活させてくれたのか? ここは一体どこだ?』
スザクは手を握ったり開いたり。
身体の感覚を確かめながら目の前で跪く女に問う。
『ここは公国の王城です。不本意ながら公国の愚王に取り入り、あやつに環境を整えさせてわたくしめが主様を再生させて頂きました』
『そうか、大儀であったな……。まさか勇者がすでに完成した力を備えているとは思わず不覚を取ってしまった』
召喚されたばかりの勇者は己の力を深く理解しておらず、また力も未熟であるはずという自身の経験則に基づいての作戦だったが、それが裏目に出たとスザクは苦々しげな表情を浮かべる。
『……して、我を屠った勇者は今どこで何をしている?』
『はい、勇者ヒロオカ・ジローことジロー・ヒョロイカは公国の爵位を貰い、現在はニコルコの地を治めています』
『そうか……ニコルコを……』
魔王スザクは復活した身体の調子を確かめるように手の平に獄炎の火の玉を作り出し、それを握り潰す。
『今度は油断せぬ……必ずこの手で血祭りに上げてやるぞ、勇者ジロー・ヒョロイカ……いやヒロオカ……ジロウ……!』
スザクは憎悪の感情の赴くまま魔力を全身から噴出させた。
その力の波動によって城が、王都の街が大きく振動する。
魔王スザクが、再び公国を恐怖に陥れるときがやってきてしまったのであった。




