表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
34/56

34 期待

 34


 評価というのは、他人の期待に応えることから始まる。


 そんなことは当たり前すぎる話なのだが、その“期待に応える”という行為ほど奥深いものはない。


 ☆☆☆


 先にも書いたが、人間は本質的に現実というものが嫌いだ。本人がそう思っていなくても、体や脳はそう判断するようにできている。


 だからこそ、人は他人に期待するものだと僕は思う。


 そしてその期待の判断は、本能的に“器量”や“器の種類”を見て行っている。


 ☆☆☆


 分かり易く言うなら、テレビ番組で未だにビートたけしやタモリなどといった大御所と呼ばれるタレントが冠した番組を観ようとしてしまう行為こそが“期待”であり、その器の大きさや種類を本能的に、経験的に選んで見て取っていることだと僕は思う。


 これぞというテレビ番組の司会などを、ポッと出の芸人やアイドルなどに譲ると、視聴者が文句を言う。


 この状態こそが“期待にそぐわない”または“違和感を覚える”行為そのものであると。


 ☆☆☆


 そういう器になるための努力というのは必要だが、もともと生まれ持って有している“器量”や“種類”というものもあるということも知っておかなければならない。

 つらい現実だが、そいういうこともある。

 

 けど、だからといって簡単にあきらめるものでもない。


 なぜなら、価値観というものは自分で作ることもできるし、時代によって変わることもあるから、この先ビールジョッキにラーメンを入れて出すことが定番になる可能性も無くはないからだ。


 ☆☆☆


 でも、評価するのは最終的に他人なのは変わらない。


 期待されるということは、そこに“実用性”と“可能性”を人は感じているということ。


 そういう誰からも期待される器になりたいものだと思う。



 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ