008. 〈憧れ〉と〈心残り〉
「――んっ……! ぐぐぐっ……!」
体を起こし、大きく伸びをする。隣のベッドでは、まだレオナさんがすやすやとお休み中だ。……寝顔かわいい……! 赤ちゃんみたい……!
……でも、そろそろ起こさないと。次の宿場町までは、結構歩くから。
「勇者様、起きてください」
「――んぅ……もうちょっと……」
……まさかこんな、ド定番の寝言が聞けるなんて……ちょっと感動かも。
「ほら、朝ですよー!」
そう言って、カーテンを開けて日差しを入れる。朝日はちょうど、レオナさんの顔を照らすように降り注いだ。
「あうっ……まぶしい……」
ぼそぼそと呟きながら、彼女はのそのそと体を起こした。
「おはようございます、勇者さ……ま゛っ!!??」
――ベッドの上、背中を丸めたまま座り込んだレオナさんは、眩しさと眠気のせいか目つきが悪くなってしまっていた。その顔はまるで、獲物を狙う獣のようで……普段の凛々しい、あるいは可愛らしい彼女の印象とはまた違った、危険な雰囲気を纏っている。……端的に言って、かっこよすぎる……!!
「んぅ……ねむい……」
「――はっ!? み、見惚れてた……!」
眠気のせいか、レオナさんの首がカクンと折れる。それと同時に私も魅了から解けた。……危ない、あまりのワイルドさに、お腹を上に向けて降参しちゃうところだった……。
「さ、勇者様? 顔洗いに行きましょ」
「んー……」
なおも寝ぼけ眼な彼女の手を引き、朝の身支度を開始した。
「わっ、すごい人……。なんの集まりだろ……?」
宿から出ると、店先に人だかりができていた。不思議に思いつつ立ち止まっていると、一人の老人がこちらに気付き、口を開いた。
「おぉ、勇者様……! おはようございます……」
「あれっ、あなたは……」
それは昨日会った、商隊の代表らしき老人だった。
「勇者様!? この人が!?」
「なんと凛々しいお姿……!」
「美しい!」
老人の発言を皮切りに、みんなの視線が一気にこちらに集まったかと思うと、途端に歓声が上がりはじめる。それは全て、私の隣にいるレオナさんに向けられたものだった。
「す、すごい……! みんな、勇者様に会いにきてるんだ……!」
たぶん、商隊の人たちが言いふらしたんだろう。群がる人たちは皆、瞳に希望を宿していた。
「……なんか、照れるね……」
隣でレオナさんは、かすかに頬を染めている。
「それが、みんなの希望になるってことです! 胸を張っていきましょ!」
「そっか。うん、わかった」
彼女はそう答えると、堂々と一歩前へ踏み出した。
「勇者様、どうか魔王を!」
「世界を救ってください!」
「うん、頑張るね」
レオナさんを囲むように、何人もの人が押し寄せる。
「――わっ、ちょっ、押さないで……!」
しかし私は、勇者様の添え物とすら認識されていないようで、群衆のおしくらまんじゅうに呑み込まれそうになっていた。
「勇者様! 握手してください!」
「ん、いいけど……」
そんな一人の声をきっかけに、みんなが次々と手を伸ばしはじめた。レオナさんは律儀にも、その全てに握手していく。
「頑張ってー!」
「応援してるぞー!」
「ん、ありがとう」
押しかける人々に、彼女は分け隔てなく微笑みを返す。
……なんか、もやもやする……。
「ゆうしゃさま! これあげる!」
人混みをかき分けて現れた、一人の女の子。手にした一輪の花を、背の高いレオナさんに渡そうと、必死に背伸びをする。
その様子に気付いたレオナさんは、その場にしゃがみ込み、女の子と目線を合わせて花を受け取った。
「ありがとう」
そして優しく、微笑みながら彼女は言った。
「わっ、あっ……!」
女の子は頬を真っ赤に染め、キラキラと目を輝かせながら、じっとレオナさんを見つめている。
……ちょっと、勘弁してくださいよ……! そうやって、出会う人みんな一目惚れさせまくってるんじゃないでしょうね……!?
「勇者様! そろそろ行きましょ!」
「ん、わかった」
割り込むように声を上げ、レオナさんを呼び寄せた。……ただでさえ、まだなんにも進展してないってのに……ライバルが増えちゃ困るっての!
「――わたしは、突撃部隊だったから、いつも兄様……隊長と一緒に、真っ先に飛び出すのが仕事だったの」
「ほえー」
相も変わらず景色の変わらない街道を、二人並んで歩いている。
――魔王討伐の旅、二日目。憧れだった勇者様は、戦闘以外ポンコツなダメ人間だったということが発覚したものの、それが逆に親しみやすく……というより、ほっとけないというか、緊張するのも馬鹿らしくなってしまったというか……。なんにせよ私も気負わなくなったせいか、昨日よりもいくらか話しかけやすくなり、道中の会話も自然と増えてきている。
「勇者様、お兄さんいるんですね」
「うん」
「どんな人なんです?」
「どんな人……………………んー……………………よく喋る?」
「あっ、へぇー……」
たっぷり間を取り、ようやく絞り出されたのは、意外な答えだった。……レオナさんは物静かなタイプだけど、そこは兄妹で反対なんだ。
「っていうか、お兄さんが隊長だったんですね。勇者様じゃなくて」
「……わたしじゃ務まらないって、父様……団長が……」
「んぐっ……!」
……余計なこと言っちゃったあああ!! ちょっと考えれば、この人に隊長は任せられないってことに気付けたはずなのにいいい!!
「ま、まあでもっ! 人には向き不向きってのがありますからね! 勇者様は隊長には向いてなかったかもですけど、勇者としては相応しすぎるくらいの強さがありますから!!」
なんとか雰囲気を変えようと、早口でまくし立てる。……お世辞にも、『そんなことないですよ!』って言えないのが辛いな……。
「……でも、強いだけじゃダメだった……」
――さっきまでのしょんぼりとした表情がふっと消え、代わりにどこか思い詰めたような顔で、レオナさんは言った。
「え、えーっと…なにかあった感じです……?」
私の問いかけに、彼女は足を止めて少し俯く。そのまましばらく黙り込んだあと、ようやく口を開いた。
「……わたしが着いたときには、もう手遅れだったり……魔物の毒にやられて、助けられなかったり……。どれだけ強くても、それだけじゃ守れないみたい……」
――強さだけでは、全てを救うことはできない。そんな経験を、彼女は何度も味わってきたんだろう。ひどく悲しげなその表情が、それを物語っていた。
……私は、人が死ぬところなんて見たことない。王国じゃ魔物の襲撃なんて、滅多に起きないことだったから。魔法を学んだのだって、ほとんどが学園や魔導院の敷地の中。だから本物の魔物を見たのも、二年前のあの日が初めてだった。
レオナさんのパートナーになると決めてからは、積極的に戦闘用の魔法を学ぶようになり、依頼を通して実戦の経験も積んだ。だけど自分や仲間、依頼人の命が脅かされるほどの苦戦を強いられたことは、一度も無い。
そんな私とは違って、レオナさんは常に最前線で、魔物と戦ってきたんだ。人の死に触れて、それを受け入れて、正面から悩んで、苦しんでるんだ。
……そんな人を慰める資格なんて、私なんかにあるのかな……。
「……でも、勇者様じゃないと助けられなかった人たちだって、たくさんいると思います。私だって……あの日、勇者様に助けてもらわなかったら、ここにはいませんから」
「あれは、そもそもわたしのせいで……」
「それでもです! そりゃ、助けられなかった人たちのことは心残りかもしれませんけど……でも、それ以上に勇者様は、たくさんの人を守って、救ってきたんです」
――たとえ資格がなかったとしても、私はこの人が悲しんでるとこなんて、見たくない。
「だからこれからも、もっともっとたくさんの人を救いましょう。今まで助けられなかった人たちの分まで。それがきっと、『勇者』の役目ですから」
偉そうなことを言ってる自覚はある。けれど、『気にしないで』なんて言葉で無理に忘れさせるより、その痛みを抱えてでも、前を向いていてほしかった――。
「……わっ、私が……! そばで……支えますから……!」
――いつかその痛みを、一緒に背負えるような存在になりたいから。
「ん……」
俯いたままの彼女の表情が、少しだけ和らいだ気がする。
「ありがと、アイラちゃん」
そう呟き、彼女は顔を上げた。
「……わたしは、剣を振ることしかできないから……だから、頼ってもいい?」
「っ……! はいっ! もちろんです!」
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