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007. 〈謝罪〉と〈すれ違い〉

 眩しいほどの月明かりが照らす部屋の中で、ベッドに腰かけたレオナさんの髪を、指で優しく梳《と》かし下ろしていく。


「――終わりましたよ!」


「ん、もういいの?」


「はい! しっかり乾かしましたので!」


 確かめるように伸ばされたレオナさんの指は、乾いた髪の間をするりと通り抜けた。


「ほんとだ。すごいね、魔法って」


 ……髪を乾かす魔法なんて、魔導士なら誰もが毎日のように使っている、定番中の定番だ。けれど馴染みのない人からすれば、とても便利で画期的なものなわけで。


「ありがと、アイラちゃん」


「はうっ……! と、とんでもないです……!」


 私にとってはほんの些細なこと。なのに彼女はきちんとお礼を言ってくれる。それがすごく、嬉しかった。


「んっ、ふぅ……。すぐ寝れるの、いいね」


 大きく伸びをして、彼女はベッドに寝転がる。


「髪乾かすの、意外と時間かかりますからね~」


 言いながら、私も自分のベッドへと腰かけた。


 窓から吹き込む夜風が、優しく肌を撫でていく。耳を澄ませば、レオナさんの息遣いがかすかに聞こえてくるくらい、とても静かな夜。


「……勇者様、今日は、すみませんでした……」


 ――あれから、心のどこかでずっと、不甲斐なさが燻《くすぶ》り続けていた。


「初めての戦闘だったのに、私、なんにもできなくて……。勇者様をサポートするために選ばれたのに、なんの役にも立てなくて……」


 私の話を聞きながら、彼女はゆっくりと体を起こした。


「ん…………あの時は、わたしのほうが気付くの早くて…………足も速かったから。魔物も、数だけで強くなかったし…………だから、気にしないで」


 少しずつ、言葉を探すように彼女は私を慰める。それが余計に、彼女に気を遣わせてしまっているんだとわかって、さらに気持ちが沈んでいく。


「……はい、すみません……。ありがとうございます……」


 こんな思いは二度とごめんだ。レオナさんの、勇者の『パートナー』として相応しい働きができるように、明日からは一層、気を引き締めていかないと……。


「……わたしも、アイラちゃんに謝らなきゃ……」


「――えっ……!?」


 予想だにしなかった流れに、思わず顔を上げた。大きく肩を落とし、俯く彼女の表情が、ひどく陰っている。


「な、なんで勇者様が謝るんですか……!?」


「だって、その…………わたし、自分がこんなにダメダメだなんて、思ってもなかったから…………」


「あっ……」


 そんなことないですよ! と、否定してあげたいところだけど……正直、心当たりがありすぎて……。


「鎧も脱げないし…………頭も洗えない…………。わたし、一人じゃなんにもできないみたい…………」


「い、いやいや……! それは、勇者様がちょっと……不器用なだけで……!」


「……今日、アイラちゃんが手伝ってくれて……いつもは父様や母様、団員の人たちが、助けてくれてたんだって……やっとわかったの……」


「あー……」


 ……お、遅いよー……。でもまあ、自分で気付けただけでも偉いかな……。


「……アイラちゃんに、いっぱい迷惑かけちゃった……」


 消え入るような、か細い声。胸の奥が、引き裂かれるように痛んだ。


「――そっ、そんなことないです……!! 迷惑だなんて……これっぽっちも思ってません……!!」


 普段の凛々しい姿からは想像もできないほど、今のレオナさんはしおらしくて……彼女は今にも泣きだしてしまいそうな顔で、私を見つめていた――。


「私は……勇者様の全てを、支えるために選ばれたんです……。なのに、戦闘では全く役に立てなくて……。だからこそ、ほんの些細なことでも頼ってもらえた……それがすごく、嬉しくて……」


 ――そんな悲しい顔、してほしくない……。 


「だから、もっと頼ってください……。私は、あなたに頼られるために、一緒にいるんですから……」


「……ほんと……? いやじゃないの……?」


 まるで小さな子供みたいに、彼女は私に問いかけた。


 ……あぁそうか、これがほんとのレオナさんなんだ。ひとたび剣を持てば、一流なんて言葉じゃ収まらないほどに強く、だけどそれは、他の全てを犠牲にして積み重ねてきたもので、だから、一人じゃなんにもできなくなってしまう。悪く言えば箱入りの、世間知らずでダメダメな、ポンコツお姉さん。私よりも年上なのに、ずっと子供っぽくて、世話が焼ける人……。


「嫌なんかじゃないです。むしろ、嬉しいんです。私の命を救ってくれた、私に目標をくれた、憧れの人……。そんな人に頼ってもらえるなんて、こんなに嬉しいことはないですよ」


 ――私を救ってくれたあの日の姿は、今も色褪せることなく脳裏に焼き付いている。凛とした立ち姿に、涼しげな流し目、ふわりと揺れる、白百合のような美しい髪。一目で、私の心は奪われてしまった。……でも、そんな姿からは想像もできないほど、彼女はダメ人間だった。表と裏、全く別の『魅力』を持った、不思議な人。


 全部ひっくるめて……私は、この人が好き。


「憧れ……?」


「はい。強くて、かっこよくて、綺麗で、美しくて……」


「そっ、そんなこと、ないよ……」


 照れくさそうに、彼女は呟いた。


「それなのに、とっても不器用で……」


「あうっ……」


 今度は恥ずかしそうに、小さく鳴き声を上げる。


「……それから、笑顔がとってもかわいい」


「んぅ……」


 かすかに声を漏らした彼女の、真っ赤になってしまった顔を、窓から差す月明かりが優しく照らしていた。


「……そんな勇者様が、私……大好きなんです……」


 ――あぁ、言っちゃった。雰囲気に呑まれて、勢いに任せて言ってしまった、ほんとの気持ち。だけど不思議と、後悔はなかった。


「ん……」


 ほんの小さな呟き。その声色は、肩の力が抜けたように穏やかだった。


「……わたしも、アイラちゃんが好き……」


「えっ……!」


「……なんか、母様みたいで……」


「えっ」


 あれぇ??? 


「一緒にいると、安心するの」


「――あ……ありがとう、ございます……」


 ……返事が思ってたのとちがーーーう!! まさか両思い!? って、一瞬期待したのにー!!


「――ふわぁっ、はふぅ……。なんか、眠くなってきちゃった……」


 可愛らしいあくびと、眠そうな声。そのまま彼女は、ベッドに横になった。


「明日も頑張ろうね」


「あっはい」


 ――そして数十秒後には、もうすでにすやすやと寝息を立てていた。寝付きまで子供の速度らしい。


 ……まあ、思ってた返事とは違ったけど、今はそれでいい。旅はまだまだ始まったばっかり。いつか必ず、この人を振り向かせてみせるから。

読んでいただきありがとうございます!

少しでも「おもしろい」と思っていただけたなら幸いです……。

応援、リアクション、感想、ブックマーク、なんでもお待ちしております!


今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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