006. 〈無邪気〉と〈お風呂〉
「お食事のほうは、お気に召していただけましたか〜?」
さっきのどたばたからなんとか気を取り直し、食事を終えてようやく一息ついた。
「ん、おいしかった」
「はい! とっても!」
……と言いつつ、勝手に浮かんでくる『イメージ』を振り払うのに必死で、あんまり味を覚えてなかったりする……。
「それならよかったです〜」
おっとりとした雰囲気の、ふくよかな女将さん。のほほんとした笑顔で、私たちに対応してくれている。
「お風呂のほうはどうされますか〜? 今の時間なら、ちょうど空いておりますよ〜」
「あっ、そうなんですね。じゃあ、えと……」
視線を送ると、レオナさんはコクコクと頷いた。
「かしこまりました〜。ご自由にお入りいただいて構いませんので、上がりましたら主人にお声がけいただけますか〜?」
「わかりました!」
「それじゃあ、失礼いたします〜」
ゆる~い雰囲気を纏ったまま、女将さんは食器を抱えて部屋を出た。
「じゃあ、私はあとで大丈夫なので、先入ってきちゃってください」
「………………?」
きょとんとした顔で、レオナさんが私を見ている。……言い方悪かったかな?
「あ、お風呂の話です! 勇者様、あとのほうがいいです? 私はどっちでもいいですけど……」
そう付け足すも、彼女はなおも不思議そうに、首を傾げていた。
「……一緒に入らないの?」
「え゛」
……今日なんか、変な声ばっかり出してる気がする……。
「いいいいっしょに、ですか!? そっ、それはちょっと……! どうかなって……!」
まだキスもしてないのに、一緒にお風呂なんて……段階飛ばしすぎじゃない……!? ってか、まだ付き合ってすらないよぉ……!
「………………わたしのこと、嫌い……?」
「えっ……?」
そう問いかけた彼女は、ひどく悲しそうな、どこか寂しげな顔をしていた。
――その表情で、ピンときた。さっき私が「脱ぐな」と言ったのを、この人は『あんたの裸なんて見たくない』と、そう言ってると解釈したんだ。それに重ねて、一緒にお風呂に入ることも断られてしまった。結果、私に『嫌われてる』んじゃないかと、そんな疑念を抱いてしまったんだ。
今日一日、彼女を見ていて気付いた。この人、すごく『純粋』なんだ。
「――っ……!! そんなこと、あるわけないです!!」
私の、心からの叫び。それを聞いて、彼女の顔がふっと明るくなった。
「じゃ、一緒に行こ?」
「はいっ!」
微笑みながらのお誘い。この笑顔から逃れるすべなど無く……というか、よく考えたら仲の良い女性同士、お風呂くらい一緒に入るよね!
……私の理性、どうかもちますように……。
一組ごとに時間をずらして使うことを想定してか、浴場はそこまで大きくはなかった。それでも、二人で入るには十分すぎる広さだ。中央の石造りの湯船からは、湯気がゆらゆらと立ち込めている。
「……アイラちゃん?」
湯船を囲むように、木桶と小さな椅子が並んでいる。設備としてはまあまあだけど、石鹸と髪用の薬草液が置いてあるのはすごく助かる。お湯だけだとどうしてもベタついちゃうし、自分で用意すると荷物になっちゃうから。
「どこ見てるの……?」
とはいえこれからの旅では、こんなふうに毎日宿で休めるわけじゃない。お風呂がついてなかったり、野宿しなきゃいけなかったりで思うようにいかないことのほうが多いはず。衛生面については、しっかり考えておかないと。
「……やっぱり、わたしのこと嫌い……?」
「なんでそうなるんですか!?」
理性を守るため、明後日の方向を向いていたのがマズかったみたいで、レオナさんがまたしょげてしまった。
「だって、目も合わせてくれないし……」
「そ、それはっ……!」
……『あなたの体を見ていると、興奮してしまうからです』なんて、理路整然と説明するわけにもいかないじゃないですか……!
「お、お風呂が綺麗でよかったーって、眺めてただけですよ!」
かといってこれ以上、彼女を不安にさせたくはない。私は意を決して、彼女に向き直った。……二年の鍛練で培った強靭な精神をもってすればきっと、なんてことはないはず……。
「ほんと……?」
「ほほほほほんとですよ!!! きききっ、嫌いだなんてそんなことっ、ああああるわけないじゃないですか!!!」
「……? なら、いいけど……」
なんとか平静を取り繕い、必死に彼女と目を合わせ続ける。が……目が勝手に、胸へと吸い込まれていってしまう。それに、さっきとは違って今は、『下』も脱いでいるわけで……ってダメ!! 無心よ!! 無心になるのよアイラ!!
「さ、さぁ!! 汗もかいたでしょうし、まずは体を洗いましょう!! それからゆっくり、湯船に浸かって――」
「……あ、アイラちゃん、その……」
割り込むように言った彼女は、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。
「………………頭、洗ってほしいの……」
「んえっ? 頭……髪ですか?」
「うん……。いつもは、母様に洗ってもらってたから……」
……はは~ん、なるほど? だからいきなり、『一緒にお風呂入ろう』だったわけね。一人じゃ髪を洗えないから、一緒に入って洗ってもらいたかったと。……レオナさん、あなた何歳なんですか……。
「いいですよ! そこ、座っちゃってください!」
「ん、ありがと……」
……ま、喜んでやらせてもらいますけどね!
「はぁー……。気持ちいー……」
湯船にゆったりと浸かって、足をのびのびと伸ばす。全身の筋肉がほどけていくような感覚に、思わず声が出てしまった。
「ふぅ……」
私の隣では、長い髪が頭の上で巻き上げられて盛り盛りになったレオナさんが、気持ちよさそうに息をついている。……もちろん、巻き上げたのは私です。
「……勇者様、その髪、伸ばしてるんです?」
「ん……母様が、大事にしなさいって」
「ほえー……」
……洗ってあげたからわかる、指どおりが良くてしなやかな、レオナさんの髪。ただ漫然とケアするだけじゃ作れない、すごく綺麗なもの。本人はたぶん、意識してないと思う。私に洗わせるくらいだし……。だからきっと、お母様が毎日丁寧にやってあげてたんだ。レオナさん、とっても愛されてるんだなー。
「……剣を振るのに邪魔だから、切りたいのに……」
「えぇ……」
本人は気に入ってないんだ……。お母様、かわいそう……。
「もったいないですよ! そんなに長くて綺麗な髪!」
「……そう?」
「はい! 私はくせっ毛で広がっちゃうので、あんまり長く伸ばせなくて……。だから、勇者様みたいにサラサラでまっすぐな髪、憧れなんです」
「ん…………ありがと…………」
わっ……! レオナさん、照れてほっぺた赤くなってる……! 髪褒められて嬉しかったんだ……! かわいい……!
「長いといろんなアレンジもできますし、せっかくならポニーテール以外も試してみませんか? 勇者様ならきっと、どんな髪型も似合うと思いますよ!」
「そ、そう……かな……」
照れくさそうに呟いたかと思うと、彼女はごまかすように鼻先まで湯に沈んで、『ぶくぶく』と泡を立てはじめた。……うそでしょ……!? この人、かわいすぎる……!!
「――でっ……!?」
そんな姿を眺めていると、とある事実に気付いた。それは、『脂肪は水に浮きやすい』ということ。小さな泡が踊るその先で、二つの巨大な『浮き』が、ぷかぷかと波に揺れている……。
「……? どうかしたの?」
「なあああんでもないですぅ!!!」
天井に向かって、私は叫んだ。……見た目と行動のギャップで、頭がおかしくなっちゃいそう……!!
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