004. 〈昂揚〉と〈無双〉
街道を歩くレオナさんの隣、半歩後ろをついていく。聞こえてくるのは鳥のさえずりや、風の吹き抜ける音。レオナさんの鎧が立てるかすかな金属音と、重なる二人の足音。
……会話が、無い……!
「――あ、あのっ! 勇者様は、どうして『勇者』になろうと思ったんですか……?」
沈黙に耐えきれず、話を振ってみた。
「ん…………どうして…………」
彼女は考え込むように視線を落とし、そのまま歩き続ける。
「…………父様に言われたから、かな」
「い、言われたから……ですか……?」
「うん。『世界を救え』って」
「ほ、ほえー……」
軽っ……。そんなおつかい感覚でなれるもんなの? 勇者って……。
「……ふふっ」
「えっ」
そんな中、レオナさんがいきなり笑い出すもんだから、思わず聞き返してしまった。
「ごめん。ちょっと、面白くて」
「おもしろ……? なにがですか……?」
「『勇者様は、どうして勇者に』……って、『勇者』、二回も言ったから」
「………………あぁ、私が、ですか……?」
「うん」
????? なに??? なにが面白い?????
「……ねぇ」
「ぅあっ、はい! なんでしょう!」
今度は混乱してるところに急に話しかけられたから、変な声出ちゃった……。
「その…………あー…………」
「ど、どうかしました……?」
彼女は言いづらそうに口ごもり、そして歩みを止めた。私も慌てて立ち止まると、彼女はこちらに向き直る。
「……ごめん。わたし、覚えるの苦手で……」
申し訳なさそうに眉をひそめ、彼女は言った。
「…………名前、なんだっけ……?」
「――ぁっ、えと、アイラ、です」
……出会ってから、再会してからまだ、数時間しか経ってない。名前だって、自己紹介のときに言ったっきり。覚えてないのは当たり前。レオナさんが謝る必要なんて、これっぽっちもない。
――だけどやっぱり、ほんのちょびっとだけ、『寂しいな』って、そう思った。
「そうだ。うん、覚えた」
軽く頷いて、彼女はそう言った。
「……『アイラちゃん』って、呼んでもいい?」
――胸の奥で疼いていた、ズキズキとした痛み。名前を呼ばれた瞬間、それは跡形もなく消え去ってしまった。
「〜〜〜っ……!! はいっ! もちろんですっ!」
全身を小さな泡が駆け巡っているような、体が重さを忘れちゃったみたいな……『幸せ』が、心を満たしていく。
――好きな人に、名前を呼んでもらった。それだけでこんなに嬉しくなるだなんて、思いもしなかった。
「うん。アイラちゃん。……かわいい名前だね」
「はうっ……!!」
待って!? やばい!! 嬉しすぎて気絶しそう!!! あと微笑みの破壊力もやばい!!! 眩しすぎて目ぇ潰れる!!!
「それに……」
は!?!? 待ってマジでこれ以上はやばい!!!!! 死ぬ!!!!!!! 嬉死する!!!!!!!!!
「話も面白い」
「……………………………………」
「もう少し行くと、小さな町があります。もうすぐ日も暮れますし、今日はそこで宿を取りましょう」
「ん」
左右を森に囲まれた、景色のほとんど変わらない長い長い街道。昼前からひたすら歩き続け、空はすっかり赤く染まっていた。
「……あれ、なんだろう」
レオナさんは不意にそう呟き、足を止めた。視線の先には、一台の荷車。
「装飾を見るに、商隊の荷馬車っぽいですね。……でもなんで、こんなところで止まってるんだろ……」
それに、一台しか見当たらないのも引っかかる。普通は何台もの荷馬車で、隊列を組んで行くものなのに……。
「――血の匂いがする」
「えっ!?」
隣で彼女は、すんすんと鼻を鳴らしている。……風向きは確かにこっちに向いてる。けど、そんな変な匂いは……。
「この先」
「えっ!? あっ、はい!」
走り出した彼女の後を、私は追いかけた。
「――うわあああああぁぁっ!!」
「わっ、悲鳴!?」
私たちの向かう先、街道の奥から悲鳴が聞こえてくる。
「先行くね……!」
そう言うと、彼女は強く地面を蹴り込んだ。
「――えぇっ!? 速ぁっ!?」
瞬間、残像が残るほどの速さで、彼女は私の隣から消えた。……魔力による身体強化で速度も上がっているはずの私を、軽々置いていってしまうなんて……。
「……って、感心してる場合じゃない!」
彼女に追い付くため、魔力を足へと集中させる。途端に、景色がすごい勢いで後ろへ飛んでいった。
「――あ、ありがとうございます……!」
「おかげで助かりました……!」
……が、すでに解決済みなようで……。
「怪我、ない?」
「何人か傷は負いましたが……みな無事なようです。ありがとうございました……!」
何事もなかったかのように剣を納めるレオナさんと、その周囲には商隊らしき人たちが数人。荷馬車も何台か連なって停まっている。
そして地面には、商隊を襲ったと思しき『ゴブリン』たちが転がっていた。
「……すみません、役に立てなくて……」
「ん、気にしないで」
そう言って彼女は、軽く首を横に振った。……次はちゃんとサポートできるように、最初から本気で走ろう……。
「危ないところを救っていただき、ありがとうございました……」
そのとき、一人の老人が声をかけてきた。他の人より身なりが豪華なところを見るに、この商隊の代表の人だろうか。
「ところであなたは、騎士団の方ですかな?」
「うん」
……いや、「うん」って……。あなた、もう騎士団じゃないでしょ……。
「『元』、騎士団ですね! 今はこちらの……」
「おお……! ではあなたが、選ばれし者……!」
――王より授かった、『勇者の紋章』。レオナさんの首にかけられた小さなそれを、私が手で示すと、老人は感激したように言った。
「そっか。うん、わたしが『勇者』」
「勇者様……!?」
「この人が……!」
周囲で一息ついていた商隊の人たちも、目を輝かせながらレオナさんを見ている。……そうよ! この人こそが救世主! 人類の希望、勇者レオナ様よ!
「魔王の支配からの脱却は、我々人類にとっての悲願……。どうか、頑張ってくだされ……!」
老人が頭を下げるのに合わせ、商隊のみんなも揃って、頭を下げた。
「ありがとう。じゃ、行くね」
軽く手を振り、歩き出した彼女の後を追いかける。背中に、みんなの希望を背負って――。
……いや、私はなんもしてないな……。
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