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003. 〈旅立ち〉と〈素顔〉

「あ、あのっ……! 勇者様……!」


 王城を出てすぐ、先を歩くレオナさんの背中に、私は声をかけた。――二年前のあの日、私を救ってくれた、『勇者様』に。


「え、えとっ……! 改めて、じ、自己紹介を……!」


 緊張でうまく話せない私に、彼女は体ごと向き直ってくれた。なのに私は、彼女の顔も見られないままだった。


「わっ、私……! 『アイラ』って言います……! ま、『魔導士』として……勇者様を、サポートするために――」


「その声……」


「えっ?」


 不意に遮られ、思わず顔を上げた。その瞬間、彼女の手が私の頬に触れる。――私よりも二十センチ近く背の高い彼女が、軽く身を屈めてずいっと顔を近付け、私の顔を覗き込んだ。


「うえぇっ!?」


 突然の出来事に、私は声を抑えきれなかった。


 ――待って……!? 初めてちゃんと見れたけど、レオナさんめっちゃ瞳きれい……!! 真っ青で宝石みたい……吸い込まれそう……!! そんでまつ毛めっちゃ長い……!! 髪と同じ真っ白だからすっごい神秘的……!! 鼻も高いし、唇もつやっつやで……!! てかこんなに顔近いのに全然圧迫感ないのなんで……!? 顔ちっちゃすぎるから……!? こんなん、至近距離で見ていい破壊力じゃない……!!


「……やっぱりそう」


「はっ!? え、えとっ……! な、なんの話……ですか……?」


「二年前、森にいた……」


「――あっ……」


 頬に触れていた手が静かに離れる。背筋を伸ばした彼女を見上げながら、私は震える唇を開いた。


「……覚えて、くれてたんですか……?」


「ん」


 ほんの短いその返事が、すごく嬉しくて……鼻の奥がツンとするのを、なんとかこらえる。


「……ずっと、謝らなきゃって……」


「え……?」


 きゅっと眉を寄せ、どこかしおらしい声色で、彼女は言った。


「修行で、逃がしちゃって…………探してたの」


「探してた……?」


「オーク」


「……あぁ、あのときの……」


「そう。だから、わたしのせい……」


 ……いまいち要領を得ないけど、要は修行中に逃がしたオークが私を襲ったわけだから、責任は自分にあるんだって言いたいんだと思う、たぶん。


 うーん……もしかしてレオナさん、口ベタ……? お父さんがすごい威厳のある感じだったし、その流れで勝手に、クールな人なのかなって思ってたけど……案外そうでもないのかも?


「――ごめんなさい……」


 申し訳なさそうに言った彼女に、なんだか胸の奥がぎゅうっとなる。


「あっ、いやっ、そんなっ……! あ、謝らないでください……! 怪我もなく無事に帰れましたし……そもそも、あんな危ないところに一人で行った、私が悪いので……!」


「……そう?」


 ほんの少しだけ首を傾げるレオナさんに、これでもかと頷いて見せると、彼女はほっとしたように小さく息を吐いた。


「そっ、それに……!」


「……それに?」


 ――面と向かって言うのは、すごく恥ずかしいけど……どうしても伝えたい、この気持ち。


「……あの日までの私は、なんの目標もなくて……ただ漠然《ばくぜん》と、日々を過ごしてるだけでした……。だけど、私を助けてくれたときの勇者様の姿が……すごく、かっこよくて……!」


 想いを打ち明ける私のことを、レオナさんは静かに、不思議そうな顔で眺めている。


「いつかこの人の隣で……いっしょに、戦ってみたい……! そう、思ったんです……!」


 ――無事に森から帰れたあと、私は彼女が、二年後に行われる勇者選定戦の有力候補であることを知った。そして同時に思い出した。勇者とともに旅をする『魔導士』も、二年後に選定試験があることを。だから私は、必死に努力した。魔法学園を首席で卒業できるほどに。魔導院に入ってたった一年で、最も優秀な魔導士として表彰されるほどに。他の候補者に大差を付けて、勇者の『パートナー』として選ばれるほどに――。


「だから今こうやって、勇者様のすぐそばにいられることが……いっしょに戦えることが、すごく、嬉しいんです……」


「ん……」


 さっきと同じ、ほんの短い返事。そしてかすかに、彼女の口角が上がっている。


「なので、気にしないでください! あの日があったからこそ、私はここにいるので!」


 勇気を振り絞り、ようやく伝えることができた、想いの断片。……あなたが好きです、なんて、そういうのはまだ早いよね。


「……そっか」


「ですです! というか、むしろ感謝したいくらいですよ! 私の、目標になってくれたことに!」


「目標……」


 私の言葉に何か思うところがあったのか、彼女はそう呟いて目を伏せた。


 やがて静かに顔を上げると、私の目をまっすぐ見つめながら、口を開いた。


「わたしの目標は、魔王を倒して、世界を救うこと。それまで、一緒に戦ってくれる?」


「……っ! はいっ! もちろんですっ!」


 わずかに首を傾げ、問いかけるレオナさんに、私は胸を張って返事をした。




 魔王討伐の旅、それがどれだけ長いものになるかわからない以上、準備だけはしっかりとしておかないと。そんな思いを抱えながら、レオナさんの後を付いて城下町までやってきた。けど……。


「――あっ、あの……!」


 城下町をそのまま通り抜け、街の出口の関所まで来てしまったところで、私は耐え切れずに声をかけた。


「た、旅の支度とか、しなくていいんですか……!?」


「…………支度?」


「あっ、その……! き、着替えとか、野宿の道具とか、次の街までの食料とか……!」


 ――旅に出るにあたって、国王様から路銀が支給されている。普通の人ならしばらく遊んで暮らせるほどはあるが、それでも、使い道はよく考えるべきだろう。つまり今こそ、危険な依頼に手を出さなければならないほど困窮《こんきゅう》していた私の、節約センスが試されるとき! ……なんてことを、考えてたんだけど……。


「………………いる?」


「えぇっ!? いやっ、その……!」


 ……そりゃ、同じ下着を使い回せば着替えはいらないし、寝るだけなら地面に直接横になればいいし、道中で動物かなんか狩れば食料も手に入るから、究極、準備なんていらないっちゃいらないけども……!


「ど、どれだけ過酷な旅になるかわかりませんし……! 少しでも負担を減らせるように、装備は整えておくべきかなって……!」


 ほぼ手ぶらで魔王討伐は、いくらなんでも極限過ぎない……?


「それに、次の街まで結構ありますし……」


「次の街………………」


 そう呟き、少し考え込んだあと、彼女は軽く首を傾げながら口を開いた。


「……って、どこ?」


「うえぇっ!?」


 ……どこ? って、まさかレオナさん、行き当たりばったりで旅しようとしてたの!?


「え、えーっと……近いほうから行くなら、東にあるリヴェリーとかですかね……?」


「りべりー………………」


 ピンと来てなさそうな呟きと、角度の変わらない首。なんだか嫌な予感……。


「……どれくらいかかるの?」


「どれくらい……えーっと、馬ならたぶん二日くらいで着きますけど、歩きだと……」


「馬…………馬車に乗っていくの?」


「あ、いや、毎回馬車だとお金かかりすぎちゃうので、一人一頭ずつ馬を用意する感じですかね……」


「……わたし、馬乗れない……」


「えっ」


 しょんぼりとした顔で、彼女は言った。


「えっ、勇者様、元々は騎士団にいたんですよね……? あそこって基本、移動は馬なんじゃ……」


「……いつもは、誰かに乗せてもらってたから……」


「なっ……なるほどー……」


 ……頭の中でぼんやりと想像していた、馬上で剣を構えて颯爽と突撃していくレオナさんの雄姿が、音を立てて崩れていく。


「ま、まあ移動は基本、徒歩のほうがいいと思います……。馬が通れないルートを通らなきゃだったり、魔物に怪我させられちゃったりすると手放さなきゃなので、結局高くつくというか……」


「そうなんだ」


 納得したようにそう言って、彼女は微笑んだ。


「じゃあ、支度しなきゃだね」


「と、思います……」


 こうして紆余曲折のすえ、ようやく振り出しに戻ってくることができた。踵《きびす》を返したレオナさんの後を追って、再び城下町へと足を踏み入れる。


 ……なんかちょっと、思ってたのと違うなぁ……。




「ほんとにいいの?」


「大丈夫です! 重さは感じないので!」


 荷物を満載のリュックを背に、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。


「そっか。便利だね、魔法って」


「そうなんです! 勇者様も、何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね! そのための魔法で、そのための私ですから!」


「……ふふっ、ありがとう」


 わっ、笑顔かわいい……! しかもこれ、私だけに向けられたものってことだよね……!? う、嬉しすぎるー!!


「んじゃ、行こっか」


「はいっ!」


 私は元気よく返事をして、歩き出したレオナさんの後を……?


「あ、あのー……」


「……? どうかした?」


「えと……リヴェリー、こっちです……」


 後方を手で指し示しながら、私は言った。


「ん、そうなんだ」


 ……なんだか猛烈に、不安になってきた……。

読んでいただきありがとうございます!

少しでも「おもしろい」と思っていただけたなら幸いです……。

応援、リアクション、感想、ブックマーク、なんでもお待ちしております!


今後とも、よろしくお願い申し上げます。

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