022. 〈ひざまくら〉と〈なでなで〉
「――く、苦しい……」
「もー、調子乗って食べすぎるからですよー」
わたしに背中を向けたまま、アイラちゃんが言った。
「だって、おかわりいっぱい持ってきてくれるから……」
さっき晩ご飯を食べに行ったお店、どんどんおかわりが出てくるせいで、ついつい食べすぎてしまった。
「そういうサービスなんです。いいところで断らないと」
アイラちゃんは途中でやめてたから、全然苦しくないみたいで、今は向こうに干していた、雨で濡れちゃった下着が乾いたかを見てる。
「うーん……」
座ってるのも苦しくて、わたしはベッドの上に寝転がった。
「あ、食べてすぐ横になると、ミノタウロスになっちゃいますよ?」
「わっ、懐かしい……」
……ちっちゃいころ、母様も言ってたなぁ。
「ま、ただの迷信ですけどねー。そんなわけないですし」
「だよね」
下着を畳み終えて、ベッドのそばに来たアイラちゃんは、わたしを見下ろしながら口を開いた。
「それに、ミノタウロスはこの前倒しましたしね」
「ん、そうだった」
――ルミナに向かう途中にあった深い森を縄張りにしていた、五体目の支配者級、『ミノタウロス』。そんなに強くなかったからあんまり覚えてないけど、たしか……。
「……ぐおー」
ベッドに寝転がったまま、指を牛のツノみたいにして、ミノタウロスの真似をしてみた。
「――なっ……!? なななっ……!?」
それを見て、アイラちゃんはすごく驚いたような、笑っているような、よくわからない顔をしていた。
「どう? 似てる?」
「〜〜〜っ!! こっ、こんなかわいいミノタウロスがいるもんですか!!!」
「ぅあっ、あぅ……」
……ちょっとふざけただけなのに、逆にやり返されちゃった……。かわいいって言われるの、全然慣れないなぁ……
「…………えと、苦しいから、スカート脱いでいい……?」
「ん……まあ、いいですよ」
なんだかすごく恥ずかしくなって、思わず起き上がっちゃったけど、座ったらやっぱりお腹が苦しくて、そのままスカートを脱いでベッドの上に置いた。
「……あれ?」
ふと下を見ると、内もものところが、少しだけ赤くなっていた。
「虫刺され……? こんなとこに……」
でもかゆみは無くて、そもそもこんなところ、普段は鎧で隠れてるのに――。
「ほわあああああぁぁっ!?!」
「わっ……! ど、どうしたの……?」
大声にびっくりして見上げてみると、アイラちゃんはなぜか、顔を真っ赤にして驚いていた。
「あっ!? いやっ、そのっ……! それはっ、えとっ……!」
チラチラとわたしの内ももを見ながら、彼女はなんだかすごく慌てている。
「……なっ、なんでもない……です……」
すごく恥ずかしそうな顔で目を逸らしながら、彼女はわたしのスカートを拾った。そのままベッドに上がって、私の隣に座って、顔を真っ赤にしたままスカートを畳んでくれた。
……わたしが服を脱ぐと、バレないようにチラチラ見ながら顔を赤くするのは、いつものことだけど……今日はなんだか、大げさだなぁ。
「すっ、スカート……ここ、置いときますね……」
「ん、ありがと」
お礼を言ったあと、わたしはアイラちゃんに寄りかかって、肩に頭を乗せた。
「わっ……! えと……もう、お腹は大丈夫なんです?」
「んー……まだちょっと苦しい……」
「なら、横になってていいですよ? さっきのは冗談ですし」
「…………アイラちゃんとくっついてたい……」
「そっ……! そうですか……!」
わたしが答えると、アイラちゃんは嬉しそうにそう言った。
「……じゃっ、じゃあ……! えっと……ここ、来ます……?」
ぺちぺちと何かを叩く音がして、ふとそっちを見てみると、彼女は自分の太ももを、手で叩いていた。
「ん……! 行く……!」
返事と同時に、そこに吸い寄せられるみたいに、体が倒れていく。
ベッドの上にぺたんと座るアイラちゃんの太もも、その上に仰向けに頭を乗せると、少しだけ、ふにゅっと沈んだ。
「……ふふっ、柔らかくて、気持ちいい……」
「んぐっ……! そっ、それなら、よかったです……!」
目の前には、真っ赤になってしまったアイラちゃんの顔。恥ずかしいのか、自分で言い出したことなのに全然、目を合わせてくれない。……でもそういうところが、すごくかわいくて、好き。
「……わたし、重くない?」
「あっ、いえいえ! 全然、大丈夫です!」
両手をヒラヒラと振って、アイラちゃんはニコッと笑った。
そのまま、また恥ずかしそうに目を逸らした彼女の顔を、少しの間、下から眺めていた。
「……ねぇ、アイラちゃん」
「はい、なんですか?」
「………………あの、ね……? その…………」
……ちょっとした思い付き。でも、それをお願いするには、なんだかすごく恥ずかしくて……。
「――あっ」
わたしが言い終わる前に、アイラちゃんは何かに気付いたように、目を丸くした。
「もしかして……頭、撫でてほしいんです?」
「わっ……! なっ、なんでわかったの……?」
「んー、なんか、レオナさんが恥ずかしがってるの見て、そうかなーって」
……やっぱり、アイラちゃんはすごいや。
「お昼もそんな話してましたし、無意識に思い出してたのかもしれませんね」
「わっ、わたしも……! お昼のこと、思い出して…………それで、その…………」
「……ふふっ。やっぱり、恥ずかしいですよね?」
――アイラちゃんにお願いされたときは、何も思わなかったけど……『頭を撫でてほしい』なんて、小さな子供みたい……。
「…………うん……」
今度はわたしが、目を合わせられなくなっちゃった……。アイラちゃんが毛布に隠れたくなったの、今ならわかるかも……。
「じゃあ、えと……撫でますね?」
「あっうん……お願い……」
わたしがそう答えると、彼女はそっと手を下ろした。
「ぁっ……」
頭に乗った手が、そのまま優しくわたしを撫でていく。髪を結んだり、ほどいたり、洗ったり、いつもやってもらってるのとはちょっと違う動き。なんだかすごくむずむずするけど、それ以上に……。
「……こんな感じで、いいですか?」
「ん…………すごく…………気持ちいい…………」
まぶたが勝手に閉じちゃいそうなくらい、気持ちよくて……アイラちゃんの手の感触と、ぷにぷにの太ももが温かくて……すっごく、幸せ……。
「――ふあぁっ……んぅ……」
「ふふっ、おっきなあくびですね」
……なんだか安心して、眠くなってきちゃった……
「まだお風呂入ってないですよ?」
「ん……さっき入ったもん……」
「お昼から結構経ちましたよ?」
「んー……でもぉ……」
眠気でぼーっとしたところに、アイラちゃんの優しい声がすごく心地よくて、頭を撫でてくれるのが、すごく気持ちよくて……もう、自分でもなに言ってるかわかんない……。
「……ふふっ。もー、しょうがないですねー。今日のところは、見逃してあげます」
「やったぁ……アイラちゃん、だいすき……」
一瞬だけ、彼女は驚いたような顔をして、そのあとすぐに嬉しそうに微笑んだ。それを見ながら、わたしは目を閉じた。
聞こえてくるのは、窓の外の雨音だけ。優しく頭を撫でられるのを感じながら、アイラちゃんの膝の上で、うとうとしていた。
「――レオナさん、大好きです」
ふと、アイラちゃんが呟いた。そして、唇に何か柔らかいものが触れた。
……すごく嬉しくて、幸せで……。でも、目を開けたらアイラちゃん、照れちゃうだろうから、わたしはそのまま、寝たふりをしていた。
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