023. 〈番犬〉と〈婚約〉
旅立ちから数えて、そろそろ五ヶ月。残る支配者級はあと一体となり、魔王との直接対決もいよいよ見えてきたころ、魔王が支配する領域にほど近い街、ブライディアで私たちは、最後の準備のために市場を回っていた。
「……やっぱり、私の分だけじゃ容量が足りないですね。まともな補給ができるの、もうここだけですから」
「ん。じゃあ、わたしも」
「ですね。もう一つリュックを用意しましょう」
レオナさんがとっさに動けるよう、荷物は全て私が持つようにしていた。けれどここからだと、魔王を倒してまた戻ってくるまで、どれだけ急いでも二週間はかかってしまう。私のリュックだけでは、その分の食料だけでも容量オーバーだ。
「ちょうど、宿の手前にお店があったはずです。なので、まずはそこに」
「ん」
リュックの口を閉じ、魔法で重さを消してから、また背中に背負い込んだ。
「……あれ、なんだろ」
「ん、なんですか?」
私の背後を見ながら、レオナさんが首を傾げている。視線をたどると、道を挟んだ向こう側に人だかりができていた。
尖った屋根に、大きな鐘。他の建物と比べて少し大きめの、立派な教会。その前にキッチリした服装の人たちが、何かを待ち構えるようにそわそわと集まっていた。
――そのとき、響き渡る鐘の音とともに教会の扉が開き、中からドレス姿の女性が現れた。
「わっ!? けっ、結婚式ですよ!」
「ほんとだ……」
女性の隣には、黒い礼服の男性。二人とも笑顔で、少しだけ、照れているようだった。
「わー……! 綺麗なドレス……!」
細やかな刺繍が施された、華やかなドレス。幾重にも重なった優雅なスカートが、ふわりと広がっている。純白の生地は陽の光を浴びて、キラキラと輝いて見えた。
「……ああいうの、一度は着てみたいって、思っちゃいますよねー……」
私がそう呟くも、特に返答はなく。……やっぱりレオナさん、こういうのにはあんまり興味ないのかな。
「レオナさんは、ドレスとか――」
問いかけながら覗き込んだ横顔、彼女は頬をかすかに赤く染め、目を丸くして見つめていた。
「――きれい……」
そう呟いた彼女の瞳は、明らかに憧れに輝いていた。
……意外。綺麗めのとか、可愛めのとかの服を選ぶと、照れて嫌がってたのに……やっぱり、ほんとは好きだったんだ。……よかった。
「……アイラちゃん」
「――ぁっ、はい、なんです?」
不意にこちらに向き直り、彼女は言った。
「わたし、なにがやりたいかわかったの」
「……? え、えーっと……」
――レオナさんとの会話で、たまに発生する唐突さ。本人の中でどうしても伝えたいことがあるとき、一直線にそこに向かおうとするから、聞く側としては内容が掴みきれず、少し戸惑ってしまう。
「旅が始まってすぐのころ、聞いてくれたでしょ?」
「聞いた……………………あっ! もしかして、終わったら何がやりたいかって話です?」
「うん」
……懐かしいなー。旅立ってまだ、二日目とかの話だったような気がする……。
「わたしね、帰ったら――」
「きゃあああぁぁっ!!」
レオナさんの言葉を遮るように、教会のほうから悲鳴が上がった。慌てて目をやると、そこでは巨大な獣が、牙を剥いて立っていた。
「なっ!? けっ、ケルベロス!!」
――最後の支配者級、『ケルベロス』。三つの首を持つ巨大な狼で、魔王領の番犬とも呼ばれる魔物だ。教会と同じくらいの背丈で、結婚式に集まった人たちを見下ろしている。凶悪な牙が覗く口からは、ダラダラと涎が垂れ落ちていた。
「なんでこんな街中に……!!」
番犬が主人を置いて領土を離れるなんて……『支配が弱まっている』という噂が、いよいよ真実味を帯びてきた。
……あるいは、私たちが脅威であると感じ取り、居場所を嗅ぎ付け、わざわざやって来たか……。
「……こっち、気付いたみたい」
逃げ惑う人々を目で追い、そしてふと私たちを視界に捉えた途端、ケルベロスはグッと身を屈め、臨戦態勢を取った。威嚇するように発した低い唸り声は、まるで地獄の門が開いていくかのような異質な音だった。
「狙ってくれるなら、好都合ですね」
「だね」
リュックを下ろし、杖を構える。レオナさんはゆっくりと剣を抜き、ケルベロスに剣先を向けた。
「……あの人たちの邪魔した罰、受けさせないと」
そう呟いたレオナさんの声に、珍しく怒りが滲んでいた。
「たしかに、そうですね……!」
逃げていく人たちの表情は恐怖に染まり、花嫁は絶望に顔を歪めている。……レオナさんの言うとおりだ。せっかくの記念日、台無しになんかさせるもんか!
「本当に……なんとお礼を言ったらいいか……!」
「ん。これが、役目だから」
「皆さん、大きな怪我もなさそうでよかったです!」
脅威から解放された街に少しずつ人が戻りはじめ、安堵の表情を浮かべた人たちが、私たちにお礼を言いに来てくれている。
――その中で、二人だけが浮かない顔のまま、立ち尽くしていた。
「……あの、結婚式って、どうなるんですか……?」
花婿さんに向かって、私は問いかけた。彼に肩を抱かれ、花嫁さんは今も、俯いたまま。……せっかくの記念日、何の憂いもなく過ごしたかったはずなのに……。
「ああ、そうですね……できれば、このまま……」
花婿さんがそう答える中、レオナさんは二人に一歩近付き、花嫁さんに顔を寄せるように軽く身を屈めた。
「……ドレス、すごく綺麗だから、大丈夫」
レオナさんの言葉に、花嫁さんは一瞬驚いたように目を丸くして、そして安心したように、微笑んだ。
「じゃあ、行くね」
そう言って背筋を正し、レオナさんはくるりと踵を返した。
「あ、あの! もう、行ってしまわれるのですか……?」
「そうですね、私たちの役目は、もう終わっちゃいましたし。……それに、今日の主役は、お二人ですから!」
笑顔でそう言って、私はレオナさんの後を追いかけた。
「荷物、重くないです? 動きづらかったりは……」
「全然、大丈夫」
宿に戻って荷物をまとめ、試しにレオナさんに、鎧の上からリュックを背負ってもらった。
「んー……やっぱりこのままだと、戦いづらいですよね?」
「まあ、ちょっとね」
そこまで重装の鎧ではないとはいえ、その上から背負うと嵩張ってしまうせいか、ずいぶんと動きづらそうに見える。……不意の戦闘への対処が難しいかもしれないし、魔物の気配には、より一層気を張っておかないと……。
「……うん、オッケーです。じゃあそれ、明日からお願いしますね」
「ん」
軽く頷いた彼女がリュックを下ろすのを手伝い、残りの荷物をまとめて壁際に。ベッドに腰掛け、ようやく一息つく。
「魔王領までは、大体四日……そこから魔王の棲む城まで、大体二日くらいですかね……」
「へぇ、もうすぐだね」
「です。もうひと踏ん張りですねー」
対面に腰掛けたレオナさんに、私はそう言って微笑みかけた。
「……それで、さっきの話なんですけど……」
「ん」
「……聞かせてもらえませんか……? レオナさんの、やりたいこと……」
――無事に帰ったら、何がしたいか。五ヶ月前には聞けなかった、いわば彼女の『夢』。……勝手に予想して、勝手に落ち込むのが嫌だから、さっきからなるべく考えないようにしていた。だからこそ、胸の高鳴りが治まらなくて……すごく、苦しい……。
「……ずっと、考えてたの。自分が、何がやりたいのか。でも、なんにも思いつかなくて……」
軽く目を伏せたまま、レオナさんは話す。
「……でも、さっき結婚式見たとき、二人とも、すごく幸せそうで……………ドレス、すごく綺麗で、いいなぁって思ったの……」
わずかに頬を赤く染め、かすかに笑みを浮かべる彼女を見ると、どうしても期待してしまって……なのに頭の中では、『そんなわけない』と、必死に否定する声だけが響く。
「……だから、帰ったら、結婚式をしたいの……」
「っ……!!」
「アイラちゃんと一緒に……綺麗なドレスを着て――」
「……それがっ……! どういう、ことか……わかってますか……?」
「ん……」
無知な子供扱いするかのような、ひどく失礼な問いかけ。思わず口にしてしまった言葉に、レオナさんはわずかに声を漏らし、そして顔を上げた。
「結婚、すると……父様と母様みたいに、家族になって…………だから、アイラちゃんとわたしも、家族になれるんでしょ?」
「――あっ、わっ……!」
目尻を下げ、嬉しそうに微笑む彼女のその表情は、期待することすらためらってしまう臆病な私の憂いを、たちまち晴らしてしまった。
「だから……わたしと、結婚してほしいの」
じっと私のことを見つめながら、いつもと変わらない澄ました顔で、彼女は言った。
……いつだってそう。この人は、私が一番欲しい言葉を、一番欲しいときに言ってくれる。私の、運命の人……。
「――ひぐっ……!! ほっ、ほんとにっ……!! 私なんかでっ……いいんですか……!?」
「ん。アイラちゃんがいいの」
溢れ出る涙を必死に手で拭いながら、なおも信じきれずに問いかけた私に、彼女は優しく、抱き寄せるような言葉をかけてくれた。
「……ふふっ、泣きすぎ」
「だっ、だってっ……!! だってぇ……!!」
ぐしゃぐしゃになった視界の中で、彼女は楽しげに微笑んでいる。
――憧れの人の隣にいられる今が、一番幸せ。そんなことを思っていたのに、気付けば恋人同士になっていて、ついには婚約まで……。私、こんなに幸せでいいのかな……。
「魔王、さっさと倒して帰ろ?」
「ぐすっ……! はいっ!」
優しく微笑む彼女に、私は微笑みを返した。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも「おもしろい」と思っていただけたなら幸いです……。
応援、リアクション、感想、ブックマーク、なんでもお待ちしております!
今後とも、よろしくお願い申し上げます。




