021. 〈ハグ〉と〈なでなで〉
突然の雨に降られ、びしょ濡れのままたどり着いた街、ルミナ。真っ先に宿へと向かい、お風呂で体を温め、ようやく一息つく。
「風と雲を見る限りでは、しばらくは大丈夫なはずだったんですけど……」
「ん……大丈夫。今日暑かったし」
「そ、そうですか……?」
レオナさんの髪を乾かしながら、見苦しく言い訳する私を、彼女はよくわからない擁護で助けてくれた。
「――はい、乾きましたよー」
「ん、ありがと」
サラサラになったレオナさんの髪から、名残惜しくも手を離す。
そのままベッドを降り、立ち上がろうとしたとき、くいっと手を引かれた。
「わっ……! っと……あれ?」
バランスを崩した私が尻もちをついたのは、レオナさんの膝の上だった。
「……え? えーっと……?」
戸惑う私をよそに、彼女はさらに背後から手を回して、私をぎゅっと抱きしめた。背中に胸が押し付けられ、その柔らかさに思わず、鼓動が速くなる。
「れ、レオナさん……!?」
「…………アイラちゃん、いい匂い……」
「ふえぇっ!?」
私の後頭部に顔をうずめながら、彼女は言った。
「え、えと……! どんな匂い、します……?」
「ん…………なんだか、お日様みたいで…………ずーっと嗅いでたいくらい、いい匂い…………」
「そっ……! そう、ですか……!」
……おんなじ薬草液使ってるから、たぶんレオナさんも同じ匂いするとは思うんだけど……それでも、なんか嬉しいな……。
そのまましばらく私の後頭部に顔を突っ込んでいた彼女は、やがて飽きたのか、ふと嗅ぐのをやめ、今度は私の肩に顎を乗せた。
「……ふふっ、なんだか今日は、甘えんぼさんですね?」
頬が触れてしまいそうなほどの距離で優しく微笑む彼女の、幸せそうなその横顔に、私は問いかけた。
――旅に出てからもう四ヶ月。恋人同士にもなったことで心の距離もぐっと近付いて、二人きりのときはいつも、レオナさんがこうやってくっつきにきてくれる。
……私は正直まだ全然慣れなくて、今もドキドキしっぱなしだけど、それを彼女に見せないように押し込めるのは、上手になってきたと思う。
「ん…………ダメ?」
「いーえ、全然ダメじゃないですよー」
「ふふっ、やったぁ」
私を抱きしめる彼女の力が、ちょっとだけ強くなる。密着したせいで互いの頬がくっついて、その柔らかさと温かさに、声が漏れそうになるのをなんとかこらえた。
「……アイラちゃんのほっぺ……もちもちで気持ちいい……」
「わっ、あっ……!? あうぅっ……!」
……しかしあろうことか、彼女はそのまま頬ずりをはじめてしまった。懸命な我慢もむなしく、情けない声が漏れる。
私の頬をしばらく堪能したあと、彼女はふと、顔を離した。
「……えと、どうかしました?」
勝手にニヤける顔をなんとか元に戻し、振り向いて問いかける。
「わたしばっかじゃズルいから、今度はアイラちゃんの番」
「わ、私の番、ですか……?」
「ん。やりたいことあったら、なんでもやっていいよ」
「なっ、なんでも……!?」
予想外の提案に、思わず息を呑んだ。
……恋人同士になってからは、野宿だろうがなんだろうが構わず、ほぼ毎晩のように『そういうこと』をしている。そのせいで、やらしいことばっかり浮かんできてしまうけど……たぶんレオナさんが言ってるのはそういうことじゃないし、それに私だって、今はこのままイチャイチャしていたい……。
「……じゃ、じゃあ、えっと……」
そう呟き、私は立ち上がった。そのまま振り返り、向き合うような形で、またレオナさんの膝の上に座った。
「あ、あのっ……! こ、このまま……」
「……このまま?」
「――ぎゅっと、抱きしめながら……頭を、撫でてくれませんか……?」
口に出した途端、恥ずかしさで顔が、かーっと熱くなって……我ながら、なんて子供っぽいお願いなんだろう……。
「ん、いいよ」
けれど彼女はいつもどおり、なんでもないような顔でそう言って、私の背中に腕を回した。
「あっ、わぷっ……!」
片手が私の後頭部に添えられ、優しく導かれたのは、彼女の胸の谷間。顔全体が彼女の、とろけるような柔らかさに包み込まれてしまった。
「ほ、ほわあぁ……!!」
その至高の感触に驚く間もなく、今度は脳を直撃するかのような芳香が鼻を突き、思わず声が漏れた。
――理由はわからないけど、レオナさんからは石鹸の爽やかな匂いに混じって、ほのかに果実のような甘い匂いがする。それが彼女の胸の谷間で、平熱高めの体温で温められ、少し湿って、むせ返るような濃度となり、ひと呼吸ごとに私の中へと入り込んでいく。
……そっか、楽園はここにあったんだ……私、今日からここに住むね……。
「……んと、こう、かな?」
彼女の呟きとともに、頭に添えられていた手が動き出した。わずかにぎこちなさはあるものの、優しく撫でられるその感触は、もはや天にも昇るような心地よさで……。
「これでいい?」
「――ふぁい……さ、さいこうでしゅ……」
肺の中がレオナさんの匂いで満たされて、全身でレオナさんの柔らかさを感じて、優しく頭を撫でてもらえて……し、しあわせぇ……!
「……なんかアイラちゃん、赤ちゃんみたいだね」
「えへへ……ばぶー……」
「ん……ふふっ、かわいい」
「ふわあぁ……!」
……もう、魔王討伐とかどうでもいいかも……。
「アイラちゃん、ご飯食べに行かないの?」
「うーっ……!! うあーっ……!!」
頭から毛布を被り込み、抑えきれない感情を吐き出すために、声にならない叫びを上げ続ける。
「そんなに恥ずかしい?」
「だって……! だってぇ……!!」
……頭撫でてくださいって頼む時点で、もうすでに恥ずかしいのに……『ばぶー』ってなに……!? いくら幸せだったからって、何も考えてなさすぎでしょ……! みっともなさすぎる……!
「……そんなに、気にしなくていいよ? わたしも、あんなふうに頭、撫でてもらいたいなって思うし」
「――えっ、ほっ、ほんとですか……!?」
恐る恐る毛布から顔を出し、ベッド脇に立つレオナさんの様子を伺う。
「ん。大人になってからは、母様も撫でてくれなくなっちゃったから」
そう言って彼女はしゃがみ込み、毛布の中の私を覗き込んだ。
「……だから今度は、アイラちゃんがわたしのこと、撫でてね?」
「あっ、は、はい……! わかりま――あわっ!?」
私が頷いた瞬間、毛布の隙間に差し込まれたレオナさんの手が、私の手首を掴んだ。
「はい、捕まえた」
イタズラっぽく微笑みながら、彼女は言った。……どっ、どこで覚えてきたんですかそんなの……!!
「ほら、ご飯食べに行こ?」
「は、はーい……」
完全な敗北を喫した私は、観念して毛布から抜け出した。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも「おもしろい」と思っていただけたなら幸いです……。
応援、リアクション、感想、ブックマーク、なんでもお待ちしております!
今後とも、よろしくお願い申し上げます。




