019. 〈初夜〉と〈余韻〉
「……ぐっ、ぐぬぬ……!」
お風呂上がり、宿のベッドに腰掛けたまま、私は唸り声を上げた。
――クリスタという女性に感じていた違和感、あれはどうやら、気のせいなんかじゃなかったらしい。
「あ、暑い……」
じっとりとした汗が、首筋を流れ落ちていく。
――お風呂の間もかすかに感じていた、謎の体の火照り。治まるどころかどんどんひどくなって、ついでに心臓の鼓動も、どんどん速くなって……これは明らかに、『サキュバス』の放つ『淫気』に、『あてられた』人間の症状だった。
……あのクリスタとかいう女……! なんか変だと思ったら、まさか擬態したサキュバスだったなんて……! 今度会ったら絶対退治してやる……!
「……ってかこれ、キッツ……!」
想像していたよりはるかに重い症状に愚痴を吐きながら、肌着の首元をつまんでパタパタと風を送る。
――体の火照りと心拍数の増加、息が上がって、集中力が低下して……そしてとてつもなく……ムラムラする……。
とはいえ、これ自体は『発散』してしまえばすぐにでも治まるらしいから、あとでこっそりトイレにでも籠もれば解決できるはず。なんだけど……。
「……あ、アイラちゃん……わたし、風邪ひいちゃったかも……」
隣のベッドに腰掛けるレオナさんが、顔を赤らめ苦しそうに言った。
……あぁ、やっぱレオナさんも発症してる……。そりゃ、私より長くあの女と一緒にいたんだから、当たり前か……。
「なんか……体、すごく熱くて……」
……ちょっとしか会ってない私ですらこんなに重いのに、レオナさん、きっと耐えられないくらい辛いはず……。
「魔法で……治してもらえない……?」
「そ、それが、その……」
――サキュバスによって引き起こされる『発情』は、生物の本能に作用する『魔力汚染』であり、分類としては『呪い』に近いものだ。また症状自体も、自慰行為や性交渉によって欲求を満たすことで、比較的安易に鎮めることができるため、治療用の魔法等の研究も後回しにされてしまっている。
「――なので、魔法では治せなくて……」
「そ、そうなんだ……」
辛そうに肩で息をしながら、彼女は言った。
「……あ、あのっ……! ひ、一つだけ……聞いておきたいんですけど……」
「うん……?」
「………………れ、レオナさん……その…………お、オ〇ニーって、わかります……?」
「…………?」
あー、やっぱりかー……。なんかそんな気はしたけど……ってか、士官学校とかって性教育的なことやってないの……? ほんとに剣しか教えてもらえないわけ……?
「それをすれば、治るの……?」
「んー、まあ……そうですね……」
「……わたし、やり方わかんない……」
「で、ですよねー……」
……最悪、このまま放置でも明日には治まってるだろうけど……正直我慢できないくらい、症状が重くて辛い……。私ですらこんななのに、レオナさんはさらに辛いわけで……。
「………………あ、あの、レオナさん……」
「ん……」
「レオナさんは……私のこと、好きですよね……?」
「え、うん」
「んぐっ……!?」
……そ、即答……! 嬉しいけども……!
「わっ、私もっ……! レオナさんのことが、大好きで……! だから私たちは、こっ、恋人同士に……なったわけで……!」
「ん……」
「……だからっ、その……!」
――治療のためとはいえ、なにも知らない彼女から、『初めて』を奪ってしまうこと。大切な『初めて』なのに、こんな形で迎えてしまったこと。それなのに、私はひどく興奮してしまっていること……。いろんな思いがぐるぐる頭を回って、だけどもう、私は自分を抑えられそうになかった。
「……? アイラちゃ――あっ、わっ……!? んむっ……!?」
怪訝そうに首を傾げるレオナさんへ、私はぐっと身を乗り出し、唇を重ねた。
「んっ、んふぅ……! ぷはっ、あっ……!? んむっ……!? んむむっ……!? んぅ……!」
――さっきとは違って、照れてすぐやめたりなんかはしない、『そういう雰囲気』にするためのキス。角度を変えてみたり、一瞬だけ離れて、またくっついたり、唇でレオナさんの下唇を、はむはむしてみたり……。
……私だって、こんなことをするのは『初めて』。ただちょっと、好奇心は旺盛だったから知識だけはあって、それを総動員して、わからないなりに無我夢中でやってるだけ。合ってるのかどうかもわからない……ただ自分が気持ちよくなりたいだけの、独りよがりなキス。
だけどそんな私のことすら、レオナさんは驚きながらも優しく、受け入れてくれていた。
「――ぷはっ、はあっ……! はふぅ……! ……あ、アイラちゃん……?」
唇をそっと離すと、彼女は息を荒げたまま、困惑したように眉をひそめる。その頬は発情のせいか、あるいはキスのおかげか、真っ赤に染まっていた。
「……レオナさん、これからやるのは……その辛さを治すための、『治療』です……」
そんな彼女の、とろんとしてしまった目をじっと見つめながら、私は言った。
「……でも、それだけじゃありません……。好きな人と……体を、かっ、重ねて……! 触れ合って……! いいい一緒に、きっ、気持ちよくなる……! そっ、そういうことを……しますっ……!」
「…………ん」
小さく返事をした彼女の表情には、もう戸惑いはなかった。
「もっ、もし……! 嫌だったら……! 遠慮せず、言ってください……! すっ、すぐに、やめますから……!」
――心臓が喉から飛び出そうなくらい、うるさくて……けど、それを知られたらきっと、彼女を不安にさせてしまう。大切な『初めて』を、嫌な思い出にさせたくないから、私だけは冷静でいなきゃ……。
「う、うん……わかっ――ぁわっ……!?」
レオナさんが軽く頷いたのを見て、体が勝手に動いてしまった。気付けば私は、彼女をベッドに押し倒していた――。
――窓から差し込む月明かりが、部屋の埃をキラキラと照らしているのを、ベッドの中から眺めていた。私のすぐ隣では、疲れ果てたレオナさんが心地良さそうに、静かに寝息を立てている。
彼女の目の端で光る涙の粒を、私は指で拭った。
「――んっ……」
かすかに声を漏らし、身じろぎする彼女を見ながら、私はゆっくりと体を起こした。
そして大きく、息をついた。
「……すっ、すごかったー……」
まだ少しだけ、体が甘く痺れてるような気がする。……好きな人と触れ合うのが、こんなに幸せで、気持ちのいいことだったなんて……。
「……けど、ちょっとやりすぎたかも……」
なんだか体のあちこちが痛い気がする。特に舌がひどくて、筋肉痛になっちゃいそうなダルさを感じる。……爪、ちゃんと手入れしとけばよかったな……。
「――ふわぁっ、んぅ……」
一つ大きくあくびをして、私はまたベッドに横になった。
ふと隣を見れば、幸せそうに眠るレオナさんの顔があって、見てるだけでこっちも嬉しくなってくる。お互い初めてだったけど、満足してもらえたみたいでよかった。
……欲を言えば、レオナさんにリードしてもらいたかったな、とは思う……。けど、ろくな知識も無さそうだったし、しょうがない……。
――それに、こんな綺麗な人が私に夢中になって、かわいい姿をたくさん見せてくれた……それだけで、十分かも。
……あとまあ、私も普通に……何回か……。だからたぶん、いい『初めて』には、なったと思う。
「……おやすみなさい、レオナさん」
そう呟いて、目を閉じた。色んな意味で、今日はぐっすり眠れそう。
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