018. 〈ひとりじめ〉と〈告白〉
歓楽街から少し離れた、静かな宿への帰り道。人通りの少ない石畳の道を、レオナさんと二人並んで歩く。眩しいくらいの月明かりの下、聞こえてくるのはコツコツという足音と、遠くから響いてくる、街の喧騒だけ。
「――あ、アイラちゃん……」
沈黙を破るように、レオナさんが恐る恐る、私に声をかけた。
「なんか、怒ってる……?」
「……えっ? なっ、なんでですか……!?」
その問いかけは、私にとっても意外なものだった。
「だって、なんにも喋ってくれないから……」
「あっ……。そ、それは……」
――普段は私から会話を切り出したり、話題を振ったりするほうが圧倒的に多い。それが無かったせいで、彼女は不安に思ってしまったのかもしれない。
「その……怒ってるわけじゃなくて……」
……ただその理由は、打ち明けるには重すぎて、それ以上は何も言えなかった。
再び訪れた沈黙の中、横目で覗いたレオナさんの顔は、ひどく悲しそうだった。
「…………やっぱり、わたしといるの…………嫌…………?」
「――え?」
彼女の言ってることが、理解できなくて、思わず足を止めた。
「なっ、なんで……そうなるんですか……!?」
「…………さっきも、あの子たちと魔法の話してたとき…………アイラちゃん、すっごく楽しそうで…………でもわたし、魔法の話とかわかんないから、ついていけなくて…………」
「――あっ……」
……酒場で出会った、魔導士志望の学生たち。久しぶりに深い話ができたのが楽しくて、つい会話に夢中になってしまっていた。気付けばレオナさんはそこにいなくて、あちこち探し回る羽目になった、けど……それはきっと、彼女をほったらかしにして、『疎外感』を与えてしまったからなんだ……。
「…………それにわたし、いっつもアイラちゃんに、迷惑かけてばっかりで…………」
「そっ、そんな……! 迷惑だなんて……!」
……鎧を脱がせてあげたり、髪を洗ってあげたり……彼女が一人ではできない、細かなお世話を、私は今も続けている。私自身はもうそれが当たり前になってるし、迷惑だと思ったことなんて、一度もない。けど……本人は心のどこかで、『私に負担をかけてしまっている』なんて、そんな悩みをまだ、抱えていたのかもしれない……。
「――だからもう、わたしと一緒にいるの、嫌なのかなって……」
今にも泣き出してしまいそうな顔で、彼女は呟いた。
「そっ、そんなわけないじゃないですかっ!! なんでっ、そんなっ――」
……レオナさんがそう思ってしまった理由、わからないわけじゃない。でも、だからこそ……。
「――私だって、ずっと悩んでたんですよ!?」
「ぁっ、えっ……!?」
……『同じ不安』を抱えていたからこそ、私は彼女のことが、許せなかった。
「行く先々でレオナさんが、勇者様勇者様ってちやほやされるたびに、『私、釣り合ってないよな』って……!! もっと相応しい人がいるんじゃないかって考えて、勝手にしんどくなって……!!」
叫ぶ声は震え、込み上げてくる涙も、抑えられそうになかった。
「レオナさんが他の人に笑いかけるたびに、『レオナさんは私のパートナーなのに』って……!! 分不相応な、独占欲なんか抱いてっ……!! 挙げ句の果てに、自分の髪と同じ色の髪紐を贈ったりして……!! レオナさんは、みんなの勇者様なのに……!!」
視界が滲むのを悟られないように、顔を伏せた。
――ほつれていたから、なんて『嘘』をついてまで渡した、黄色い髪紐。目を背けていた自分の卑しさが、今更になって、心を引き裂いていく。
「……さっきだって、一緒にいたクリスタさん、すごく綺麗で……! 大人な雰囲気のお店で、二人きりで仲良さそうにお酒を飲んでたのが、すごく……素敵で……!」
……思うがまま、吐き出すように話す私のことを、レオナさんはどんな顔で見てるんだろう。
「……あぁ、やっぱり私なんかじゃ、釣り合わないんだなって……」
口に出した途端、張り裂けそうに胸の奥が痛みだす。……やっぱりこんな気持ち、抱いちゃいけなかったんだ。
「……嫌いに、なりましたよね……? 私のこと……」
「………………どうして……?」
「だって、気持ち悪いじゃないですか……。好きな人に振り向いてもらえないからって、気付かれないように独占欲を押し付けて……」
「独占欲……?」
「……なにかを『ひとりじめ』したいって思う、悪い気持ちのことです……」
怪訝そうに呟くレオナさんに、私はそう付け加えた。少しだけ顔を上げてみると、彼女はどこか驚いたように、わずかに目を見開いていた。
「アイラちゃんは、わたしを『ひとりじめ』したいの?」
「……そうですよ……。好きな人のこと、ひとりじめしたいって……そう思うのは、仕方ないじゃないですか……。だって、好きなんですもん……」
……何を言いたいのか、自分でもわからない。けどこれが、ほんとの気持ち。……レオナさんだけには知られたくなかった、私の汚い心の中。
「――そ、そうなんだ……」
彼女はどこか慌てたようにそう言った。そして、不意に微笑んだ。
「……いっしょだね」
「――えっ……?」
「わたしもそうだよ。アイラちゃんのこと、ひとりじめしたい」
「えっ、なっ、なっ……!? うえぇっ!?」
耳を疑うような言葉に、思わず変な声が出てしまった。
「どっ、どどっ……!? どういう、ことですか……!?」
「……アイラちゃん、わたしと違って、ちっちゃくてかわいいし、表情もころころ変わるから、見てて楽しいの」
「あっ、わっ、わぁっ……!?」
……レオナさん、私のこと、そんなふうに思ってくれてたんだ……。すごく、照れくさくて……すごく、嬉しい……!
「だから、アイラちゃんといると……なんだか、幸せな気持ちになって……」
少し目を細め、にこやかに笑みを浮かべるレオナさんの表情は、心の底から幸せそうで……彼女のことを疑ってるわけじゃないけど、その言葉に嘘はないんだって、そう思えた。
「……わたし、迷惑かけてばっかりだし…………難しい話は、わかんないけど…………でも、ずっと、一緒にいてほしくて…………アイラちゃんのこと、ひとりじめ、したいの……」
「わっ、あっ……!」
ゆっくり、一生懸命言葉を紡いで、彼女は気持ちを伝えてくれた。その想いは、私が求めていた想いそのものだった。
「……母様が、昔言ってたの。離れたくないって人を見つけたら、その人と、『恋人』になりなさいって」
「こっ……!?」
……う、うそでしょ……!? ま、まさか……!?
「――だから、わたしの、恋人になってほしいの」
「~~~っ!?」
……まさか、告白『される』側になるなんて、思ってもみなかった。驚きと、感動と、動揺と、嬉しさと、よくわからない温かい気持ちが、胸の奥からどんどん湧いてきて……。
「――ひっ、ぐすっ……!! ふぐぅっ……!!」
耐え切れずに、また溢れ出してしまった。
「あ、アイラちゃん……!? 大丈夫……!?」
「ひぐっ、ごっ、ごめんなさい……!! うっ、嬉しくて……!! わっ、私もっ、ずっとっ……!! ぐすっ、レオナさんとっ……!! 恋人になりたいってっ、思ってたので……!!」
「わっ……! ほ、ほんと……!?」
涙でぐしゃぐしゃになってしまった視界の中、レオナさんは、驚きと喜びの入り混じったような顔で私を見つめていた。
「はいっ……! だからっ……! こんな私でよければ……恋人に、してくれますか……?」
――私なんかじゃ、レオナさんには釣り合わない。そんな悩みを抱えて、なのに恋心が我慢できなくて、卑しく独占欲も抱いて……そのちぐはぐさに、私はずっと悩んでいた。
でも、レオナさんも私に対して、会話についていけないせいで退屈させてないかとか、迷惑かけてばっかりで嫌われてないかとか、ずっと悩んでいたみたい。そしてそのうえで、私のこと、ひとりじめしたいと……そう思ってくれていた。
……なんてことはない。私たちはいつからか、両思いになってたんだ。
「――ん」
ほんの短い、いつもどおりの返事。けれどその表情は、心から嬉しそうに微笑んでいた。
……もう、ダメかと思ってたのに。このまま、一緒に旅ができるだけでも十分かって、諦めてたのに。まさか、本当に振り向いてくれるなんて……この恋が、叶うものだったなんて……。
「……あ、そうだ」
不意にレオナさんはそう呟くと、なぜかずいっと、私に顔を近付けた。
「えっ、なっ、なんですか……!?」
そして狼狽える私の、頬に――。
「んっ……」
――軽く、『キス』をした。
「……好きな人には、こうやってするんでしょ? 母様もよく、父様にやってたから」
……へー、レオナさんのご両親、仲良いんだ。すごく怖そうなお父様だったから、そんなエピソードが出てくるの、意外かも。
……じゃなくて!!!!!!!
「――あ、わ、う、わ、あ……!?!?」
「あれ、違った……?」
「へっ……!? あっ、え、えとっ、ち、違わな――――っ……!! 違います!!!!!!!」
「え、どっち……?」
「こここっ、恋人同士ならっ……!! もっとっ、ふさわしい場所があるんですっ……!!」
……この数分で、私はもう限界だった。夢みたいなことがいっぱい起きて、嬉しくて、幸せで、感情が爆発してしまいそうで……だから、歯止めも効きそうにない。
「ちょっ、ちょっと、しゃがんでもらっていいですか……!?」
「ん」
私のお願いに、なんの疑いもなくレオナさんは身を屈めた。
珍しく頭の高さが逆転して、少しだけ見上げるように私を見る彼女の顔は、本当に綺麗で、可愛らしくて……じっと見つめられるのに耐え切れずに、目を閉じる。
――そして彼女の唇に、そっとキスをした。
「……っ!! こっ、これがっ……!! 好きな人とするキスです!!」
……なんて、経験もなにもない私が言うもんでもないと思うけど。
「――ん……」
かすかに声を漏らし、すっと背筋を伸ばした彼女は、自分の唇にそっと指を触れた。
「…………アイラちゃんの唇…………やわらかくて、あったかくて…………なんだか、幸せな気持ち…………」
「~~~っ!?」
少しだけ頬を赤く染めて、満ち足りたような優しい微笑みを浮かべながら、レオナさんは呟いた。
……私が、なけなしの勇気を振り絞ったっていうのに……!! なんで落ち着いちゃってるんですか!!! こっちは爆発しちゃいそうなほど、『好き』が高まってるっていうのに!!!!!
「――もっ、もういいですっ!! 帰りましょう!!」
あーもう!!! なんか変な気分になってきた!!! 頭冷やさないと!!!
「あ、アイラちゃん、やっぱり、怒ってる……?」
「はあぁー!? 怒ってるわけないでしょう!? 幸せすぎて、どうにかなっちゃいそうなんです!!!」
「んぅっ……そ、そっか……」
私に怒鳴られ、彼女は驚いたように鳴き声を上げるも、その表情は嬉しそうに微笑んでいた。
――ついに叶った、私の初恋。長いようで短かかった片思いも、これでようやく終わる。……きっかけを作ってくれた魔導士志望のあの子たちと、クリスタさんにも感謝しなきゃ……。
「……そういえば、クリスタさん……? ちょっと、怪しくなかったですか?」
「怪しい……?」
「なんか、変わった雰囲気っていうか……」
――あれ? そういえばあの人……。
「……しかも、最後私たちがお店出るとき、『魔王様』って言ってたんですよね~……」
「そうなの? 気付かなかった」
「魔力も……ちょっと質が違ったっていうか……」
……なんか、とんでもない見落としをしてる気がする……。
「…………でも、いい子だったよ?」
「……たしかに、奢ってもくれましたしねー……」
まあ仮にそうだったとしても、べつに危害は加えられてないし……なにより、レオナさんと恋人同士になるきっかけを作ってくれた、恩人なわけだし……。
「……ま、気のせいってことで! じゃあ、帰りましょっか!」
「ん」
そして私たちは、静かな夜道をまた、二人で歩き出した。
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