017. 〈悪だくみ〉と〈無自覚〉
「ふふ~ん♪ なーちゃん、なに飲む~?」
「わたし、お酒弱くて……」
「ん! そなんだ~! じゃ、軽いやつにしとくね~」
……へっへ~、釣れた釣れた~♪ 最近はみんな警戒心高くて、つまみぐいもできなかったんだよね~! 治安が良いのはいいことかもだけど、あたしみたいな『サキュバス』にとっては死活問題だから、困っちゃ~う!
「はい、ど~ぞ!」
「ん、ありがとう」
……でも~、久々にすっごいタイプな子見つけたし、いつもの口説き文句で上手いことお店まで連れ込めたし~……今日はちょっと、本気出しちゃおっかな~! ちょっとずつ度数上げてって、潰して食べちゃお~っと!
「そんじゃ、かんぱ~い!」
「かんぱい」
グラスを傾けながら、横目でなーちゃんのほうを見る。一口含んだあと、彼女はわずかに驚いたような顔をした。
「どう? 飲みやすいでしょ~?」
「ん……おいしい」
そう呟いて、もう一口。……これなら、もうちょっと強めでも気付かれないかも?
「そういえばなーちゃん、どこから来たの? 鎧着てるし、旅人さんだよね?」
……さ~て、頑張るぞ~♡
「――じゃあ、のぼせちゃったってこと?」
「うん。我慢しすぎたらしくて」
「あははっ、なにそれ~! かわいいね~その子!」
……う~ん、まったく『魅了』が効かない……。警戒心もだいぶ解けてきたから、バレない限界ギリギリまでフェロモン出してるんだけどなぁ……。
「アイラちゃん、いつもはすごくしっかりしてるのに、ときどきよくわかんなくなるから」
「へ~! お茶目さんなんだね~!」
機嫌良く話はしてくれてるんだけど……飲むペースも遅いせいで度数も全然上げられてないし、困ったな~……。
「でもさ~? そんな子が一緒だと、毎日楽しいでしょ?」
「――ん……」
かすかな返答とともに、彼女は軽く目を伏せた。ほんのわずかに口角を上げ、穏やかに目を細めている。
……あはっ♡ すっごい良い顔……♡ 『しあわせ~』って感じが、表情から溢れ出してるみたい……♡ え~かわいい~、絶対堕とす~♡ そんで、どろどろぐっちゃぐちゃになるまで可愛がって、綺麗な顔台無しにしちゃうの~♡
「……でも、ちょっと心配……」
「え、なんで~?」
「アイラちゃんは、楽しいのかなって……」
「ん~?」
「…………あの子たちと話してるの、すごく楽しそうで…………。わたしじゃわかんない話…………」
「ん~……?」
……よくわかんないけどたぶん、やきもち焼いちゃってる感じかな? ……ってか、さっきから仲間の、アイラちゃんって子の話ばっかり。仲良いんだな~。
「まあでも、お互い得意分野違うだろうし、しょうがないよ~。それに、そういうのを補っていくのが、仲間ってもんでしょ?」
「…………でもわたし、迷惑かけてばっかりだから…………」
……あれ? なんか、急に落ち込みはじめちゃった……?
「いやいや、そんなことないでしょ~!」
……てか待って、この子、もしかして……!
「…………わたし、パートナー失格なのかも…………」
「……あぁ、なるほどね〜……」
……うっわ~、最悪ぅ~……。この子、もう『恋』してんじゃん……。 どおりで魅了効きづらいわけだわ~……。これ、好きな人いる子には効果薄いんだよね~……。
「……? どうかした?」
「――え? あ、あ~……。その、ちょっと、飲みすぎちゃったかも~……」
いつもはすぐ見抜けるのに……この子が無自覚だったせいかな~……。なんか、自信無くすな~……。
「ま、まあでも! 三か月? 一緒にやってきて、喧嘩とかもしたことないんでしょ? じゃあだいじょ~ぶだって!」
「ん……」
……はあぁ~、せっかくいい子見つけたのにな~……。いちおう頑張れば、このまま食べられはするだろうけど……あたし、実は『純愛派』なんだよね~……。
「――し、失礼しまーす……」
そのとき、店のドアが開いて、一人の女の子が入ってきた。
「……あ、いた!」
そしてカウンターのほうを見るなり、彼女はこちらへ駆け寄ってきた。
「もー! レオナさん! どこか行くなら声かけてくださいよ! 心配しちゃったじゃないですか!」
席に腰かけたままのなーちゃんに対し、彼女は頬を膨らませて怒っている。
「……ね、この子?」
なーちゃんに問いかけると、彼女は小さく頷いた。
「なんで、ここってわかったの?」
「探知魔法です! どこに隠れてたってわかりますからね!」
「か、隠れてたわけじゃ……」
「……あれ? 顔赤いですけど、どうしたんです? ……え、もしかして、お酒飲みました……!?」
「え、えと、ちょっとだけ……」
なーちゃんが目を逸らしたのを見て、アイラちゃんはなぜかあたしを睨み付けた。
「あの! 無理やり飲ませたりしてませんよね!? この人、すっごくお酒弱いんですから!」
……ん~、よく喋るな~この子。なーちゃんとは正反対っぽい?
「あはっ、だいじょ~ぶだよ~! もともと度数低いお酒だし、ちょびっとしか飲ませてないから!」
「むー……ほんとですかー?」
彼女はなおも不機嫌そうに、あたしをじっと睨み付けるものの……ちっちゃくてかわいいせいで、まったく迫力がない。
――けど、ちゃっかり魔力を纏って不意打ちには備えてるし、それをあたしに悟らせないように、ギリギリまで薄めて隠蔽しようとしてる。ここがあたしの領域内じゃなかったら、気付かなかったくらいに高レベルの技術だ。……見た目によらずこの子、力量も警戒心もすっごく高いみたい。
「ほんとほんと! なんなら、おんなじの作ってあげよっか?」
「……いえ、大丈夫です! 私もお酒は苦手なので!」
ようやく疑いが晴れたらしく、彼女の表情がふっと柔らかくなる。
……危な~、なんとかサキュバスだってこと、気付かれずに済んだ……。念のためにフェロモンも引っ込めとこ……。
「お代、いくらですか?」
「あ、いいよいいよ! あたしが誘って、付き合ってもらってただけだし!」
――もともと奢るって言って連れ込んだわけだし、約束は守らなきゃね~。
「えぇっ!? そんな、悪いですよ!」
「……いいの?」
「うん! いっぱい面白い話、聞かせてもらったしね!」
……ま、成果無しにはなっちゃうけど。
「えと、ありがとうございます……! じゃあ、お言葉に甘えて……」
「ありがと、クリスタ」
二人のかわいい笑顔に、あたしは手をひらひらと振って応えた。
「さ、レオナさん、もうすっかり夜ですし、宿に戻ってお風呂入りましょ」
「ん」
……よく懐いてるな~。こんなかわいい子がちょろちょろ付いてきたら、そりゃ好きになっちゃうよね~。
――それにしても……クールだけどちょっと抜けてるお姉さんと、キュートなのにしっかりものなおチビちゃんかぁ。綺麗に正反対で……お似合いだね~。
「じゃあ、えっと、クリスタさん……? ありがとうございました!」
アイラちゃんはそう言って、律儀に頭を下げてくれた。なーちゃんはかすかに微笑んで、手を振っている。……ん〜♡ やっぱかわいいな~この子♡ アイラちゃんも、小リスちゃんみたいでかわいいし……いっそ、二人とも無理やり食べちゃおっかな~――。
「……二人にひとつだけ、アドバイスあげるね! 言いたいことはちゃんと言って、聞きたいことはちゃんと聞く! それが、仲良くする秘訣だよ~!」
――なんてね。そういうのは、あたしの流儀に反するの。
「え、えーっと……?」
「……ん」
困惑するアイラちゃんをよそに、なーちゃんはしっかりと頷いた。
「それじゃ、おやすみ~!」
「ん、おやすみ」
「あ、ありがとうございましたー!」
店を出る二人の背中に、あたしは手を振る。
「――魔王様倒したら、また遊びにきてね〜!」
そしてようやく、店の中がシンと静かになった。
「……あ〜あ! また食べそびれちゃった! かわいくてフリーな子、どっかに転がってないかな〜!」
憂さ晴らしに愚痴を吐いて、カウンターに残されていたグラスを手に取った。なーちゃんが少しだけ飲み残したお酒。もったいないから、ぐいっと飲み干す。少し甘くて、ほんのり苦い。今のあたしにピッタリの味だった。
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