012. 〈称賛〉と〈不安〉
「じゃ、行きましょっか!」
「わっ……!? ま、待って……!」
宿を出る寸前、わたしはアイラちゃんを呼び止めた。
「や、やっぱりこんなひらひらな服……わたしには似合わないんじゃ……」
――この街にいる間、ずっと鎧のままだと疲れるからって、アイラちゃんが昨日いくつか、服を買ってきてくれていた。今わたしが着させられてるのは、なぜかその中でも一番ひらひらしてて、かわいい感じのやつ……。
「なに言ってるんです!? むしろ似合いすぎてて、どこのお姫様ですかって感じですよ!?」
「んぅ……」
褒めてくれるのは、嬉しいけど……ちょっと、大げさすぎないかな……。
「こ、こういうのって……アイラちゃんみたいな、かわいい子が着るものでしょ……?」
「んぐっ……!?」
――アイラちゃんはわたしとは違って、普通の服を着ていた。かわいいけどそんなにひらひらしてなくて、なにより動きやすそうな服。……わたしも、そういうのがよかったな……。
「〜〜〜っ……!! それ! 私にはオーバーサイズすぎるので! 諦めて着こなしてくださーい!」
「あうっ……」
……今日のアイラちゃん、なんだかいじわる……。
露店が左右に立ち並ぶ市場。少し前を歩くアイラちゃんについて行く。
「……な、なんかみんな、わたしのこと見てない……?」
「そりゃそうでしょう! こーんなに綺麗な人が、往来を歩いてるんですから!」
「んぅ……」
……また褒められちゃった……。なんだかすごく、むずむずする……。
「ちょっと、そこの綺麗なお姉さん!」
通りがかった露天から聞こえた、女の人の声。そっちに目を向けると、店主さんは明らかに、わたしを見ていた。
「……え、わたし……?」
「そうそう! あんた、すっごい綺麗だね〜! どっかのお姫様とかかい?」
「うえぇっ……!?」
こ、この人、アイラちゃんとおんなじこと言ってる……どうなってるの……!?
「ふっふっふっ……!」
隣ではアイラちゃんが、すごく得意げな表情でわたしを見てる……。
「これ! うちのとっておきなんだよ! よかったら食べてくんな!」
「えっ、あっ、ありがとう……」
わたしが戸惑ってる間に、店主さんは屋台から一つ、果物を手渡してくれた。
「……そんでさ、うまかったら宣伝してくれるかい?」
「せ、宣伝……?」
「あー、そういうこと……。ちゃっかりしてるなー……」
店主さんの言葉に、アイラちゃんはなんだか渋い顔をしながら言った。……よくわからないし、頷いておこう。
「おいおい抜け駆けか!? お姉さん! うちにも寄ってってくれよ!」
隣の屋台から、たぶんまた、わたしを呼ぶ声がする。
「ほぉ! たしかにこりゃとんでもねえ美人さんだな! あんた、何者だい?」
「えっ……? え、えと……わたし、勇者やってて……」
「ゆっ、勇者ぁ!?」
店主さんが叫ぶと、辺りが一気に静かになった。同時に、市場にいた人みんなの視線が、こっちに集まった。
「んじゃあこの前、オトリス台地の十二体の巨人たちを倒したってのは……!?」
「あ、うん、わたし……」
そう答えると、途端にみんなの顔が明るくなった。
「ほんとかい!? こりゃ驚いたねぇ!」
「おかげで迂回する必要がなくなったんで、仕入れもぐっと楽になったんだよ! お礼と言っちゃなんだが、こいつも持ってってくれ!」
「あ、ありがとう……」
別の店主さんが、また何か手渡してくれた。
「勇者様だって!?」
「ありがとう勇者様! これ食べてくれ!」
「きれーい!」
「うちのも持ってってくれよ!」
そうこうしてるうちに、みんながくれたもので両手いっぱいになっちゃった……。
「……あ、あれ……? アイラちゃん……?」
しかも、アイラちゃんに助けてもらおうと思ったのに、姿が見当たらない……。あの子ちっちゃいから、みんなに潰されちゃったのかな……?
「――あのっ! 通してくださいっ!」
人混みの中から、アイラちゃんの声がする。
「レオナさん! こっち!」
声のするほうを見ると、見覚えのあるちっちゃな手がぴょこぴょこと飛び跳ねていた。
「ご、ごめんなさい……! みんなありがとう……!」
「頑張ってくれー!」
「応援してまーす!」
みんなにお礼を言いながら、人混みをかき分けてアイラちゃんのほうへ。
「こっちです!」
かすかに聞こえてくる声を追いかけて、いつのまにか、市場を抜けていた。
「――あ、アイラちゃん……!」
やっと見えた姿に安心して、わたしは駆け寄った。
「レオナさん! 大丈夫でした……?」
「うん……ちょっと、びっくりしちゃった……」
「ですよね……。まさかあんな大勢に囲まれるなんて……」
そう話すアイラちゃんの髪が、いつのまにかぼさぼさになってしまっていた。……寝癖付いてるみたいでかわいい……。
「……まあでも、それだけレオナさんが、人気あるってことですかね……」
そう言って、彼女はため息をついた。……あれ? アイラちゃん、なんだか悲しそう……?
「どうしたの?」
「えっ……? あっいや、な、なんでもないです! その、ちょっと考えごとを……」
苦笑いしながら、彼女は答えた。
「そ、それにしても! なんだかたくさんもらっちゃいましたねー……。いったん宿に置きに……あっ」
わたしが両手に抱えた贈り物の中から、アイラちゃんが何かを見つけて手に取った。
「これ、さっき言ってた演劇のチケットですね。…………しかも、一枚で二人まで入れるんですって!」
「ふーん」
演劇……そこまで興味はないけど……。
「……せっかくだから、行ってみます?」
「ん」
……せっかくだし、ね。
――その類稀なる力と、どんな魔物にも立ち向かっていく勇敢な心から、『勇者』と呼ばれる者がいた。
各地を支配していた六体の魔物を倒し、勇者はついに、魔王の棲むと言われる城に辿り着いた。
激しい戦闘の末、見事魔王を討ち果たした勇者だったが、その戦いで全ての力を使い果たし、故郷へ帰ることは叶わなかった。
しかしその勇姿は、今も皆の心の中に息づいている――。
……劇場の席の上に置かれていた紙には、そう書かれていた。勇者の伝承を元にした演劇。昔、母様に聞かせてもらったものとは、ちょっとだけ違ってた気がする。
「……レオナさんは、どう思いました……?」
劇場を出て少し歩いたところで、アイラちゃんに問いかけられた。
「ん…………思ったより、面白かったかも」
そんなに興味はなかったけど、見てみれば結構、動きが派手だったりで、意外と楽しめた気がする。
「あっ、それなら、よかったです……」
「……アイラちゃんは、そんなにだった?」
「いやっ、その……うーん……」
わたしが聞き返すと、アイラちゃんは難しそうな顔をしながら、目を逸らした。
「レオナさんの言うとおり、アクションとかそういう面ではすごく見応えがあって、さすがだなって思ったんですけど……」
「けど?」
「……最後、勇者が故郷に帰れなかったってなってたじゃないですか? あれ、観客受けを狙って脚色したんだと思うんですけど……」
……あ、やっぱり違ってたんだ。
「最近は悲劇が流行ってるからそれに合わせたのも、それでいて暗くなりすぎないように、希望を残すような結末にしたのもわかるんです。……でも、やっぱりちょっと、ヤだなぁって……」
「…………?」
どういう意味だろう、そう思って首を傾げたわたしを見て、アイラちゃんはまた口を開いた。
「……私たちは、さっきの演劇の元となった伝承に沿って、旅をしてるわけじゃないですか? なのにあんなふうに、『勇者が故郷へ帰ることは叶わなかった』、なんて言われちゃうと……」
「――あっ」
……アイラちゃんが言いたいこと、やっとわかった。
わたしはただ、魔王を倒して帰ってくればいい、それだけだと思って、それ以外は何も考えてなかった。だけど、劇の中の勇者はそのまま、帰ることができなかった。それと同じで、わたしも無事には帰れなくなっちゃう可能性も、魔王に負けちゃう可能性だって、あるんだ。
……あぁ、そっか。だから母様、あのとき泣いてたんだ。
「わたしも、そうなっちゃうかもって、思ったってこと?」
「………………はい」
「そっか」
……誰かを守ることばっかり考えてたから、自分が死んじゃうかもなんて、考えたこともなかったな。
「――わっ……! ご、ごめんなさい……! せっかく楽しんでくれたのに、変な流れにしちゃって……!」
「ううん、大丈夫。わたしのこと、心配してくれたんでしょ?」
「は、はい……」
「そっか、ありがと」
わたしがお礼を言うと、アイラちゃんは少し照れたような顔で微笑んだ。
「……それに、頼ってもいいんでしょ?」
そうやって問いかけると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「危なくなったら、助けてね」
「あっ! は、はいっ!」
そして彼女は、元気いっぱい返事をした。
「レオナさんは私が! 命に代えてもお守りしますっ!!」
「そ、それはちょっと……」
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