011. 〈ヘアスタイル〉と〈デート〉
「橋が落ちてる……」
崖の下を覗き込みながら、アイラちゃんが言った。
「左右は断崖で迂回もできそうにないし、下は激流だし……」
なんだか難しそうな顔をしながら、彼女は辺りをキョロキョロと見渡している。
「……ん、アイラちゃん、これ……」
ふと見下ろした先、わたしの足元に看板が落ちていた。拾い上げて、文字のあるほうをアイラちゃんに向ける。
「んー…………橋の修理はいちおう予定されてるみたいですね………………あっ、十日後だ」
目を細めて看板を読んでいたアイラちゃんは、そう言って顔を上げた。
「そこまで急いでるわけでもないですし、一旦戻って直るのを待ちますか」
……たぶん、わたしがアイラちゃんを抱っこしたまま、思いっきりジャンプすれば向こうに届くと思う。けど、彼女の言うとおり、そんなに急ぐ必要もないか。
「ん」
そしてわたしたちは、もと来た道を引き返した。
「――っていうか、もっと手前に看板立てとくべきじゃないですか!?」
宿に戻ってくるなり、アイラちゃんが怒りはじめてしまった。
「行って帰ってで無駄に半日かかっちゃいましたよ! まったく、ムカつくなー!」
ベッドに腰掛けたまま、ほっぺたを膨らませて怒るその姿は、なんだかリスみたいで……すごくかわいい。
「もー、なに笑ってるんですー……?」
「ん……なんでもない」
じっと見てたのがバレちゃったみたい。彼女は不機嫌そうに、わたしを睨み付ける。
……アイラちゃんと一緒に旅に出てから、もうすぐ一ヶ月。わたしと違って、この子はすごく元気で、明るくて、表情がころころと変わっていく。だから、一緒にいると毎日が楽しくて……この子を見てると、不思議と、幸せな気持ちになる。
「はぁー……。なんにせよ、十日はこの街で足止めですねー……」
ため息をつきながら、彼女は言った。
「……ま、この一ヶ月ずっと、移動と戦闘ばっかでちょっと疲れてますし、ゆっくり休みますか」
「ん」
わたしが答えると、彼女はニコッと笑って立ち上がった。
「んじゃあレオナさん、お風呂行きましょ!」
橋が直るまで、あと八日。今日もまたこの街、フラグメルで足止めだ。
「――わっ、ツインテめっちゃ似合う……!」
そんな中、アイラちゃんはなぜか朝からずっと、わたしの髪で遊んでいる。
「ちょっと子供っぽすぎるかと思ったけど……やっぱり元の顔が良いと、なんでも似合うんだなー……」
「んぅ……」
――他の人たちも、わたしのことをよく褒めてくれた。けど……正直よくわからないというか、ピンとこないというか……。だから何も考えず、ただありがとうって言って、それで終わりだった。
なのに、同じことをアイラちゃんに言われると、なんだかすごく嬉しくて……それからすごく、照れくさい……。
「逆に、下ろしたままこの辺をちょこっと編み込んで……」
アイラちゃんの細くて小さな指が、わたしの髪を優しく撫でる。そのくすぐったさに、思わず目を閉じてしまった。
「……できた! レオナさん、見てください!」
目を開けてみると、わたしの正面でアイラちゃんが鏡を持っていた。そこに映っていたわたしは、どこか見覚えのある姿をしていた。
「……なんだか、母様みたい……」
「えっ!? も、もしかしてレオナさんのお母さんも、この髪型なんです……?」
「うん」
――わたしの髪の白は、父様譲り。母様はわたしと違って、薄紅色の髪をしている。だからまったく同じとは言えないけど……それでも、鏡の中のわたしは、母様そっくりに見えた。
「……これ、なんていう髪型なの?」
「これは、クラウンハーフアップ……ですかね。サイドの髪を後ろで編み込んで、王冠みたいにしてるんです。あとはそのまま下ろしてるだけなので、やり方さえ覚えれば一人でもできますよ!」
「ふーん……」
少し頭を傾けて、鏡越しに後ろを覗き込んでみる。アイラちゃんの言うとおり、丁寧に編み込まれた髪が、まるで王冠を被ってるみたいで……。
「――きれい……」
「わっ……! え、えとっ……! き、気に入ってくれました……?」
「うん……」
……髪なんて、どうでもいいと思ってた。剣を振るのに邪魔になるし、洗ったり乾かしたりしてもらうのも大変だから、短いほうが楽なのにって、ずっと思ってた。でもこんなふうに、母様みたいな綺麗な髪型になった自分を見ていると……なんだかすごく、嬉しい気持ちになる……。
「じゃあ、せっかくだからお昼食べたあと、この髪型でおでかけしませんか?」
「おでかけ……?」
「はい! 街でお散歩したり、買い物をしたり……あっ、そういえばこの街、演劇で有名らしいんです! それを見に行ったりするのも、いいかもですね!」
「ん……」
……剣の稽古や騎士団のお仕事でしか外に出なかったから、ちゃんとしたおでかけなんて、初めてかもしれない。
……あれ?
「それって、『でーと』ってやつ?」
「――でっ?!?」
母様に聞いたことがある。二人っきりでおでかけすることを、特別な言い方するんだって。けど……。
「あれ、違った……?」
「ちっ……!! 違いません!! デート!! しましょう!!!」
「ぅあっ、うん……」
すごい勢いで返事されたから、びっくりしちゃった……。
――アイラちゃんはときどき、こんなふうにすごくテンションが高くなる時がある。
「うへへぇ……! レオナさんとデート……!!」
何がきっかけでそうなってるのかはよくわからないけど、まあ、楽しそうだからいっか――。
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