010. 〈野宿〉と〈名前〉
「まだ結構ありますね……」
すっかり日も暮れ、赤くなってしまった空の下、地図を見ながら私は言った。
「とはいえ、戻るのにも時間かかりますし……」
……こうならないように、朝早く出発したんだけど……まあ、途中で村を救ったし、しょうがない。
「……今日は、野宿にしますか!」
「ん」
予定どおりいかないのが旅ってもの。これからに備えて、こういう状況にも慣れておくべきだし、いい機会だ。
「まずは、場所を決めましょう!」
――野宿において、場所選びは非常に重要だ。例えば川のすぐそばでは増水の危険があり、足元が悪ければ、満足に体を休めることもできない。
「…………ここじゃダメなの?」
「ここ……って、道のど真ん中ですか……?」
「うん」
「あー……。えと、地面が固くて眠れないかも……」
「ふーん」
……レオナさん。騎士団で野営経験とかありそうなのに……いや、たぶん他の人に準備とか全部任せてるから、なんもわかってないんだ……。
「――ので、少しだけ離れましょうか」
「ん」
レオナさんを連れて街道を逸れ、森の中へ。平らなところを適当に見繕う。
「この辺なんていいですね! 地面もふかふかですし!」
少し開けた場所で、私は足を止めた。
――本来なら少しでも安全を確保するため、視界を遮れる場所のほうがいいのだろうが……私たちにとっては、その必要はない。
「『リペルバリア』! それから、『ディテクトバリア』!」
詠唱とともに、構えた杖から淡い光が発せられ、周囲へと広がっていく。
「今のは、なんの魔法?」
「これは、結界魔法ですね! 動物除けのものと、探知用の二つを張りました!」
「ふーん……?」
レオナさんは軽く首を傾げながら、わかっていなさそうに相槌を打った。
「えっと、簡単に言うと……ここを中心に、半径十メートルくらいには動物が寄り付かなくなって、もし誰かが入ってきてもすぐにわかるようになった、って感じですね!」
「へぇ、便利だね」
――これさえ張っておけば、万が一何かが襲ってきたとしても事前に気付くことができる。つまり、交代で見張りをすることも、焚き火を目立たないように隠す必要もないのだ。
……ついでに虫除けの効果も持たせておいたし、これでバッチリ!
「では次に、薪を集めます! 夜はまだ冷え込みますし、火があるとなにかと便利なので!」
「ん、わかった」
そう答えたかと思うと、なぜかレオナさんは剣を引き抜き……!?
「――ふっ……!」
「うひゃあっ!?」
すぐそばに生えていた木に向かって、剣を振り抜いた。
数秒の静寂のあと、木はゆっくりと傾きはじめ、そして大きな音を立てて地面に倒れ込んだ。
「なっ、なななっ……!?」
「ん……もっと大きいほうがいい?」
驚きのあまり尻餅をついてしまった私をよそに、彼女は心なしか、ドヤ顔を浮かべているように見える……。
「あっ……え、えと……生木って、水分が多いせいで燃えにくくて……」
「…………え、そうなの…………?」
きょとんとした顔でそう言ったあと、彼女の表情はみるみるうちに暗くなり……。
「――ごめん……」
消え入るような声で、彼女は呟いた。
「わー!! だ、大丈夫です!! 魔法で水分飛ばせばいいだけなので!!」
……なにやってんのよアイラ!! せっかくレオナさんが手伝ってくれたってのに、水を差すんじゃないわよ!!
「……ほんと……?」
「ほんとです!! むしろ、ちまちま拾う手間が省けました!!」
「ん……それならよかった」
そしてようやく、彼女の表情が柔らかくなった。……よかった、なんとか落ち込ませずに済んだみたい……。
「じゃあ、えっと……使いやすい大きさにだけ、切ってもらってもいいです……?」
「ん、任せて」
そう返したレオナさんの瞳が、なんだかやる気に満ち溢れて見える。……まあ、機嫌良さそうだしいいか……。
余った丸太を横倒しにして椅子代わりに。焚き火を前に、二人並んで座っている。
「焚き火見てると、いつも眠くなるの」
「わかります! なんだか、落ち着くっていうか……」
――なんてことはない、他愛のない会話。長く厳しい旅の途中ではあるけど、こんななんでもない時間が、ずっと続けばいいのにと思ってしまう。
「……勇者様は、この旅が終わったら、どうするんですか?」
私の問いかけに、レオナさんは不思議そうに首を傾げた。
「魔王を倒して、世界に平和が戻ったとして……。そのあとに、なにかやりたいこととかってあります?」
「ん…………」
彼女は考え込むように、顔を少し伏せる。返答を待つ間、焚き火に照らされた彼女の横顔を、私はじっと眺めていた。
「…………なんにも?」
「あー……」
返ってきたのは、意外なような、そうでもないような返事。
「…………でも、強くなるのは好きだから…………剣を振ってられれば、それでいいかな」
夜空を見上げながら、彼女は言った。
「あはは、勇者様らしいですね」
……話を振っておいてアレだけど、私もべつに、なにかやりたいことがあるわけじゃない。憧れの人の隣にいられる今が、一番幸せだから。
「……ねぇ、アイラちゃん」
「はい、なんですか?」
「ずっと気になってたんだけど……」
言いながら、彼女はこちらに顔を向けた。
「なんで、『勇者様』、なの?」
「…………え?」
「わたしのこと、勇者様って呼ぶでしょ?」
「あぁ、えっと……それはまあ、勇者様は勇者様なので……」
「……わたしはちゃんと、『アイラちゃん』って呼んでる」
「うっ……!? え、えとっ……! その、恐れ多い、というか……!」
返答に困り、目が泳ぐ私を、彼女はなんだか不服そうな表情で見つめている。
「……わたしの名前、忘れちゃった……?」
「なっ!? そっ、そんなわけないじゃないですか!!」
「……じゃあ、名前で呼んで」
「うぐっ……!?」
ふてくされたように口を尖らせ、彼女はジト目で私を睨み付ける。……マズい、逃げ場を失った……。
「え、えとっ……! ……れ、れぇ……」
――私なんかじゃ釣り合わない。そう思って、あえて距離を置いていた。憧れの人との二人旅、それ以上を望みすぎないために。そして浮かれすぎてしまわないよう、自分を律するために。
……けど、ここまで来たらもう、覚悟を決めるしかないか……。
「…………………………レオナ、さん……!」
「ん」
意を決して呟いた私に、彼女は満足げに声を漏らし、微笑んだ。
……やばい、なんか顔から火が出そう……! 好きな人を名前呼びするのって、こんなに照れるもんなの……!?
「ほっ、ほんとにいいんですか……!? わ、私なんかが……!」
「……? わたしたち、『パートナー』なんでしょ?」
「はうっ……!」
……ぐぬぬ、自分で言い出したことだから否定できない……! 当然でしょって顔してるし、レオナさんの性格考えると本気でそう思ってくれてるんだろうけど……無自覚なイジワルやめてぇ……!
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