本編再開7 翼のもげたエンジェルはデビル
20260825リライト。
やはり、毎日更新だとアラが出る( ; ; )
これでわかりやすくなったかなー。
ドボン!
「にゃーーー!!」
包囲されていた恋ぬが背中側から斬られてリタイアとなった。
「ブラックキャットーー!!」
菅田が叫ぶ。
だがもう遅い。
犬伏恋ぬは赤いローション塗れで、戦場の外へ退いていく。
「うぅ……黒姫ぇぇぇ……!」
「お疲れさまー」
「覚えててくださいよぉぉぉ!!」
「猫耳かわいかったわよー」
「動いてませんからぁぁぁ!!」
遠ざかっていく。
「…………」
菅田が目を閉じた。
一秒。
いや、それより短い。
そして開く。
「全騎!」
声が変わった。
「横陣を捨てろ!」
「え?」
郁佳が顔を上げる。
「黒翼、白銀! 全騎中央へ集結!」
厨二岳が動く。
横に広がっていた騎馬が。
一斉に。
内へ。
集まっていく。
「結女ちゃん!」
「見えてるー」
横幅が。
縮む。
代わりに厚みが増す。
先頭へ一騎、その後ろへ二騎。
さらにその後ろへ。
三騎、四騎……。
「……魚鱗」
郁佳が呟いた。
「魚鱗陣!」
菅田が剣を掲げる。
「一点突破!」
その切っ先が。
向いた。
瀬戸際左翼。
その翼の。
根本。
「左翼接合部を穿てぇぇぇ!!」
「了解!!」
厨二構文は捨てられた。
厨二岳、残存部隊の全てが一本の槍となる。
「来る!」
郁佳が叫ぶ。
「左翼、締めるよ!」
そこへ、
「待ってー」
間の抜けた、いや、間延びした待ったが掛かる。
ずっこけそうになる郁佳。
「結女?」
そう、結女だった。
「締めなくていいわよー」
「は?」
魚鱗陣が加速する。
狙いは。
郁佳率いる中央守備と。
縦島達が支える左翼。
その——継ぎ目。
「あそこを抜かれたら翼が切れるよ!?」
「うんー」
「うんじゃなくて!」
「大丈夫ー」
結女が。
にこりと笑った。
「通してー」
「はあ!?」
郁佳の声が裏返った。
「左翼ー」
「お、おう!」
縦島が振り返る。
「根本、開けてー」
「開ける!?」
「ちょっとだけー」
「今そこに魚鱗陣突っ込んで来てるぞ!?」
「だからー」
「だから!?」
「通りたいみたいだからー、通してあげてー」
「観光客かよ!!」
だが、命令だ。
縦島達が半歩、外へ。
郁佳の中央守備が半歩、内へ。
ほんの僅かに道が開いた。
「……!」
菅田が見た。
隙間、左翼根本。
鶴翼の急所——
「今だ!」
魚鱗陣が。
突っ込む。
「穿てぇぇぇぇ!!」
激突。
盾。
剣。
騎馬。
怒号。
瀬戸際の左翼根本へ。
厨二岳が。
食い込む。
一騎。
二騎。
三騎。
「押せ! 押し通せ!!」
菅田が叫ぶ。
「ここを抜けば鶴翼は死ぬ!」
さらに。
前へ。
瀬戸際の戦列が。
左右へ。
裂ける。
「抜ける!」
厨二岳の誰かが叫んだ。
「抜けるぞ!!」
魚鱗陣の先頭が。
瀬戸際の左翼根本を。
突き抜けた。
「よし!」
菅田が、初めて笑った。
「鶴翼を切った!」
中央と。
左翼。
瀬戸際の陣が。
完全に。
二つへ分かれた。
「そのまま抜けろ!」
「了解!!」
魚鱗陣が。
鶴の身体と翼の間を。
一気に通過していく。
「結女!」
郁佳が叫ぶ。
「抜かれちゃったんだけど!?」
「うんー」
「翼が折れたってば!」
「そうねー」
「そうねー、じゃなくて!」
その時。
遥が。
敵陣側。
北西方向から。
魚鱗陣を見る。
「……あ」
気づいた。
「なるほど」
そして。
笑った。
「そういうことね」
縦島も気づく。
「……おい」
元副部長が周囲を見る。
「これ……」
魚鱗陣は抜けた。
確かに鶴翼を切断した。
だが、切断された瀬戸際の部隊は消えてなどいない。
魚鱗陣の北西、そこには——
遥。
縦島。
元副部長。
左翼部隊。
そして。
南東。
郁佳。
瑠衣。
和音。
よしお。
瀬戸際本隊。
「……まさか」
菅田の顔から笑みが消えた。
「切ったんじゃない」
魚鱗陣の左右。
いや、北西と南東。
二つに分かれた瀬戸際が同時に……。
向きを変えた。
「切らされたのか!?」
菅田の脳裏を絶望が染める。
「はるちゃんー」
「はいはい!」
「そっちお願いー」
「了解!」
遥が剣を掲げた。
「左翼! 横一列!」
「おう!」
北西。
遥達が。
横へ広がる。
「郁ちゃんー」
軽く呆ける郁佳。
全体を見る力という意味で、郁佳は結女に次ぐ。
だからこそ、その鮮やか過ぎる手腕に誰よりも舌を巻いていたのだ。
「なるほどね。やられたよ……分かった!」
南東。
「中央守備! 右翼! 横へ!」
「了解!!」
郁佳。
和音。
よしお。
瑠衣。
瀬戸際本隊も。
広がる。
「横陣!」
北西。
一枚。
「横陣!」
南東。
もう一枚。
「…………」
菅田が左右を見る。
違う。
左右どころではない。
壁だった。
北西から。
一枚。
南東から。
一枚。
長く、そして厚い。
二枚の壁。
その間に。
細長く伸びた魚鱗陣。
まさに袋の鼠であった。
「……な」
菅田の口が僅かに開いた。
「何だ……これは」
結女が遠くから号令を出す。
「サンドイッチですー」
「ホットドッグだよ! くそ!」
悪態を吐いても状況は最悪であった。
瀬戸際部隊が勢いづく。
「了解!!」
二枚の横陣が。
同時に。
前へ出た。
「っ!?」
魚鱗陣の側面へ。
北西から。
遥達。
南東から。
郁佳達。
「押せぇぇぇ!!」
和音が吠える。
「押すよ!」
郁佳が盾を前へ出す。
「行くわよ!」
遥が突っ込み、なぎ倒す。
「狩る」
瑠衣が尊厳ごと削りとっていく。
死屍累々。
左右、二方向。
「ぐっ!?」
「押される!」
「展開しろ!」
「無理です!」
「横へ開け!」
「場所がありません!」
魚鱗陣。
一点突破。
前へ進むために。
縦深を取った陣形。
そのために。
横幅は狭い。
そして。
今。
その狭い横腹へ。
二枚の横陣が。
同時に押し込んでいる。
「前へ出ろ!」
菅田が叫ぶ。
「魚鱗を維持しろ! 前へ抜ける!」
「前が詰まっています!」
「ならば後ろだ!」
「後方も!」
戻れない。
開けない。
回れない。
厨二岳最大の武器。
高速陣形転換。
そのための空間が、ない。
「…………」
菅田が。
ゆっくり。
結女を見た。
「……通したのか」
「うんー」
「わざと」
「そうよー」
「左翼を……切らせた」
「そうー」
わずかに通る声と、読唇術で会話をする二人の司令官。
「魚鱗陣で突破することまで読んでたのか!? くそ! やられた」
「んー」
結女が。
少しだけ首を傾けた。
「そこまでは分からなかったわよー」
「…………何?」
「でもー」
結女の目が。
細くなる。
「包囲されたら、一番薄いところを抜こうとするでしょー?」
「……!」
「でー」
左翼根本。
そこだけ。
ほんの僅か。
薄くしていた。
「抜けそうなところがあったらー」
にっこり。
「抜けたくなるわよねー?」
「…………」
菅田の背筋を冷たいものが走った。
「貴女は……」
「なあにー?」
「どこまで……」
「んー?」
「どこまでが罠なんだ!」
「さあー?」
結女が笑う。
「私も途中から考えてるからー」
「それが一番怖いんだよ!!」
菅田が叫んだ。
遠く。
遥が。
横陣の向こうから。
大声で返した。
「分かる!!」
「はるちゃんー?」
「ごめんなさい!」
二枚の横陣が。
さらに。
一歩。
詰める。
「押せ!」
「押せぇぇぇ!!」
魚鱗陣が。
横から潰れていく。
菅田は北西を見る。
遥。
南東を見る。
郁佳。
瑠衣。
和音。
よしお。
前。
味方。
後ろ。
味方。
左右。
敵。
「…………」
逃げ道。
なし。
菅田が。
歯を食いしばった。
「黒姫ぇっ……!」
結女は。
いつもの。
ふわふわした声で。
答えた。
「はーい?」
「やはり貴女は……!」
その瞬間。
また一騎。
ドボン!
厨二岳の騎馬が落ちた。
「……最悪だ!」
「あらー?」
結女が嬉しそうに笑った。
「褒められたわー」
「くそが!」
菅田が。
低く。
言った。
「こじ開けろ!」
郁佳が振り返る。
「前をこじ開けるぞ! 逃げ道を作れ!!」
菅田が。
魚鱗陣の先頭を。
見た。
「ここまで来たら! 気合いだ!!」
剣を。
前方へ向ける。
その先の近衛兵二騎が左右へ。
僅かに開く。
菅田が魚鱗陣の先端に立つ。
「前が……空いた?」
郁佳が呟く。
「何をする気ー?」
結女が。
楽しそうに目を細める。
「突破!!」
菅田が叫んだ。
「先頭から順に抜けろ! 後続は左右を警戒!」
魚鱗陣の先頭、菅田が射出される。
正面へ。
一気に駆け出す。
続いて先頭付近の騎馬から順に、駆け抜ける!
「逃がすな!」
和音が吠えた。
「追わないでー」
結女が静かに言った。
「え?」
「前は空けてー」
結女が魚鱗陣の後方を見た。
「逃げる鼠はー」
その目が細くなる。
「お尻から食べるのよー」
「猫を噛まないように、ね……」
郁佳が色々諦めた。
魚鱗陣の先頭が包囲の外へ抜けていく。
「今!」
遥が嬉しそうに叫んだ。
「後ろを叩けーー!!」
北西の横陣が。
魚鱗陣の後列へ。
一斉に。
食らいつく。
「ぐあっ!?」
「最後尾が捕まったのか!」
「前へ続け!」
「無理です!」
先頭は逃げた。
だが、後ろが逃げられない。
細長い魚鱗陣の最後尾。
そこへ南東の横陣も。
押し込む。
「挟め!」
郁佳が叫ぶ。
「逃げた先頭を追うな! 残った騎馬を潰す!」
「了解!!」
二枚の横陣が。
前へ詰めるのではなく。
空いた正面を避けて。
魚鱗陣の後方へ。
角度を変える。
逃げ道を。
塞ぐのではない。
逃げるために伸びた列の。
尻へ。
横から。
斜めから。
刃を突き込む。
「後ろだ!」
「後ろを守れ!」
「守れません!」
厨二岳の騎馬が。
一騎。
また一騎。
赤いローションを撒き散らして。
落ちていく。
「ドボン!」
「ドボン!」
「ドボン!」
菅田は振り返った。
前方にはまだ逃げ道がある。
だが、後ろから仲間の悲鳴が次々と聞こえてくる。
「……くそっ!」
菅田が騎馬役に発破をかける。
「止まるな!」
誰かが叫ぶ。
「戻るな!」
「戻ったら全滅だ!」
先頭の騎馬達は。
止まれない。
戻れない。
前へ逃げるしかない。
その背中へ。
遥の声が、突き刺さる。
「逃げれるもんなら、逃げ切ってみなさい!」
「はるちゃんー」
「何!?」
「それ、逃がしてるみたいー」
「違う! 追い立ててるの!」
結女が。
ふわりと笑った。
「同じことよー」
「違うから!」
魚鱗陣の後方が。
さらに潰れる。
前へ逃げた騎馬と後ろで食い潰される騎馬。
魚鱗陣は二つに、いや。
もっと細かく裂け、砕かれていく。
「菅田くん!」
郁佳が叫ぶ。
「前は空けたよ!」
「……!」
「逃げるなら、逃げていい!」
菅田が前へ向き直る。
郁佳の横陣。
遥の横陣。
その間。
確かに。
道がある。
だが。
その道の両側には。
赤いローションを撒き散らして倒れた。
厨二岳の騎馬達。
「…………」
菅田が。
歯を食いしばる。
「黒姫……!」
「はーい?」
「貴女は……!」
「なあにー?」
「逃げ道まで罠にしたのか!」
「逃げ道はー」
結女が笑う。
「逃げる人のためにあるのよー」
「ならば!」
菅田が剣を掲げた。
「全騎、前へ!」
残った厨二岳の騎馬が。
空いた道へ。
一斉に駆け込む。
「来るよ!」
郁佳が盾を構える。
「追わないでー」
結女が言った。
「でも!」
「追わなくてもー」
結女が。
逃げる騎馬達の背中を見つめる。
「前にいる人がいるからー」
「……え?」
空いた道の先。
そこには。
瀬戸際の予備隊。
いや。
切り離された結女の防衛騎馬隊が配置されていた。
横一列で、待っていた。
「…………」
菅田の顔が凍りつく。
「包囲の前は……」
結女が。
いつもの声で。
答えた。
「空けておいたのー」
そしてその横陣が。
ゆっくりと。
剣を構える。
「逃げる騎馬をー」
結女が優しく微笑んだ。
「正面から受け止めるためにねー」
怖い。
「話が違うだろぉぉぉ!!」
菅田の絶叫が戦場に響いた。
特攻。やぶれかぶれ。
他にやりようなどあっただろうか。
空いた道へ逃げ込んだ厨二岳、生き残り三騎。
菅田の逃げる道を作るべく正面から横陣へ突っ込んだ。
だが、
「ドボン!」
「ドボン!」
「ドボン!」
赤いローションが。
また。
戦場を染める。
「……くそ。完全に俺たちの負けだ」
菅田が呟いた。
結女は嬉しそうに。
笑った。
「褒められたわねー」
温存されていた守備兵、三人騎馬三騎。
スタミナは、万全。
総大将の近衛兵役。常にその傍らにあるべき駒。
切り離せば丸裸になる。
最後の盾だ。
普通なら切り離したりはしない。
普通なら……。
魚鱗陣で鶴翼を抜けるために。
挟撃をこじ開けるために。
厨二岳はもう。
走り切っていた。
対して三騎は——
一度も戦っていなかった。
最後は勝負にすらならなかった。
「貴女は……最初からこいつらを」
「ううんー」
結女が笑った。
「使わなかっただけー」
「同じだろぉぉぉ!!」
司令官たるもの最後の一人になっても逃げるわけにはいかない。
残り少ないスタミナ全てを一点に集中させた。
「おおおおおおお!!」
菅田の雄叫びが響き渡り、
最後の激突。
しかし、結果は無情である。
ドボン!
なす術もなく。
菅田騎士は。
赤いローションの海へと落ちた。
厨二岳、完封。
ここに、比喩ではなく全滅での敗北となった。
結女、怖い。




