本編再開5 まともに陣形戦を仕掛けてくる犬みたいな黒猫
「黒翼第三騎団っ! 黄昏の門を開け!」
瀬戸際チーム真向かいから、精神を削るような指示が響き渡った。
「来た!」
遥が左翼後方で顔を上げる。
「第三騎団、右へ展開! 黄昏の門は包囲!」
「了解!」
郁佳が即座に指示を飛ばす。
七日間。
四時間半どころでは済まなかった、厨二岳高校の映像解析。
その成果は確かにあった。
言っていることは痛い。
猛烈に痛い。
だが意味さえ分かれば、対処はできる。
『白銀第二騎団! 月下に集え!』
「左翼第二騎、中央寄せ!」
『紅蓮の双眸! 因果を穿て!』
「二人騎馬が二騎、左翼可変部狙い!」
「谷口くん、御門くん、三歩下がって!」
同時に中央守備部隊から二人騎馬が一騎、前へ出る。
敵二騎の背後へ。
正面の守備部隊と挟み込む。
そのまま押し返すことには成功した。
だが。
削り取るには至らない。
「あー! 惜しい!! あとちょっとで刈り取れたのに!」
遥がインカム越しに悔しがる。
「っちぃっ! わりぃ!」
「くっそぉ! あとちょっとだったのに!」
あと一歩のところで逃げられ、悔しがる二人。
「一騎くらいは落としておきたかったけど、大丈夫。まだ序盤だからね」
「そうそう! うちの翼が折られたわけじゃないし、二人ともナイスディフェンス!」
郁佳が慰め。
遥がドンマイという。
まだ試合は始まったばかりだ。
「よし!」
読める。
遥が笑う。
「でもこれ……分かるようになった自分が嫌……」
「完全同意」
瑠衣が言った。
その直後。
菅田が右手を天へ掲げた。
「漆黒の翼よ――」
「来る!」
「――大地を這え!」
「…………は?」
遥が止まる。
「なにそれ?」
「資料にない!」
郁佳が叫ぶ。
厨二岳の前列が、一斉に姿勢を低くした。
次の瞬間。
横一列だった陣形が。
滑るように。
斜めへ変形する。
瀬戸際チームから見て左。
厨二岳右側の部隊を先頭に。
後続が階段状に続く。
「斜列横陣!」
和音が叫んだ。
「左翼か!? 」
「違うわねー。中央の列が分厚いものー」
結女の声。
「え?」
「おそらくー」
その言葉と。
ほぼ同時だった。
「黒翼全騎――堕天せよ!」
「そう見せてるだけよー」
奇しくも双方の司令官の言葉が被る。斜列が崩れる。
いや。
崩れたのではない。
先頭へ向かって。
戦力が吸い込まれていく。
細く。
鋭く。
一点へ。
「紡錘陣!?」
郁佳の顔色が変わった。
厨二岳の騎馬群が。
一つの巨大な槍となって。
瀬戸際逆サイド。
右翼へと突き刺さる。
「右翼、下がってー」
結女が即座に命じる。
「中央、時計方向へ三十度ー。左翼は前進ー」
鶴翼が歪む。
よしお達の右翼を引き。
縦島達の左翼を前へ。
郁佳を中心に。
陣全体が時計回りに回転する。
瀬戸際の正面が。
北から。
二時方向へずれた。
右翼可変部の和音も、それに合わせて位置を調整する。
左翼後方の遥も。
翼との距離を保ったまま移動する。
「うわ」
遥が走りながら目を見開いた。
「結女、こんなのも想定してたの!?」
「してないわよー」
「してないの!?」
「今考えたー」
「怖っ!」
だが。
厨二岳も止まらない。
「右翼後退を確認!」
菅田が叫ぶ。
右手を大きく振り上げた。
「黒翼第二騎団! 深淵より浮上せよ!」
「今度は何!?」
「第二騎団、来るぞ!」
和音が叫ぶ。
紡錘陣の後方。
それまで三人騎馬の陰に隠れていた二人騎馬が。
五騎。
一斉に前へ飛び出した。
右翼へ集中していたはずの圧力が。
今度は中央へ移る。
「速い!」
郁佳が一歩前へ出る。
「守備部隊、中央を固めて!」
「了解!」
瀬戸際中央。
郁佳率いる守備部隊が厚みを増す。
直後。
「白銀第四騎団! 凍てつく月を穿て!」
「左も来た!」
今度は反対側。
一人騎馬数騎が、一気に加速する。
「ちょっと待って!」
遥が左右を見る。
「さっき右翼に集まってなかった!?」
「戻すのが速い」
瑠衣が呟いた。
厨二岳の強み。
暗号そのものではない。
それによって可能となる。
意思統一の速さ。
一つの号令で。
何人騎馬が何騎動くのか。
どこへ動くのか。
どれほどの速度で動くのか。
すべてが共有されている。
だから。
陣形が変わる。
恐ろしく速い。
「横陣!」
和音が叫んだ。
つい数秒前まで。
瀬戸際右翼へ突き刺さろうとしていた紡錘陣が。
もう横へ広がっている。
しかも。
瀬戸際が二時方向へ向きを変えたのに合わせるように。
その正面へ。
横一列に。
ぴたりと張り付いた。
まるで。
開いた鶴翼の口へ。
巨大な蓋を押しつけるように。
そしてその僅か前方には。
二人騎馬が五騎。
一人騎馬が十騎。
瀬戸際中央部隊を真正面から睥睨するように構えていた。
「……今度は何?」
遥が剣を構える。
「何もしてこない」
郁佳が眉を寄せた。
「全体で押してきてるだけだ」
「嫌な動きするわねー」
結女だけが。
じっと敵陣を見つめていた。
「ほんとに」
郁佳が、珍しく苦虫を噛んだような表情になる。
「鶴翼ってねー」
結女が言う。
「相手が入ってきてくれた方が楽なのよねー」
敵中央を受け入れ。
左右を閉じる。
包み。
潰す。
それが鶴翼。
だが。
厨二岳は入ってこない。
広い横陣を保ったまま。
鶴翼の開口部を塞ぐように。
全体が同じ速度で。
じわじわと押し上がってくる。
右翼を閉じれば接触する。
左翼を閉じても同じ。
下がれば押し込まれる。
左右へ広がろうにも。
正面いっぱいに横陣が張り付いている。
「……やな感じ」
遥が呟いた。
「うんー」
結女が笑う。
「ちゃんと強いわー」
「ちゃんととは失礼ですよ、黒姫!」
敵陣から菅田の声が飛んできた。
「なんで聞こえてるの!?」
「我らが耳は闇夜を舞う蝙蝠の――」
「そういうところよ!」
遥が叫ぶ。
だが。
笑っていられる状況ではない。
距離はある。
普通なら。
今の結女の声が菅田まで明瞭に届くはずはなかった。
「…………」
結女の目が。
一瞬だけ。
菅田へ向く。
おそらく実際の種明かしは——。
読唇術。
菅田は。
結女の口の動きを読んでいる。
存外に器用であり。
瀬戸際の指示が筒抜けになっている可能性が高い。
手信号に変えたところで。
瀬戸際同様、厨二岳が事前に映像解析を行っているなら。
そこまで読まれている可能性すらある。
厨二岳が。
さらに一歩。
瀬戸際の鶴翼が少しずつ圧縮される。
「結女ちゃん」
郁佳が訊く。
「このままだと右翼と左翼、両方とも動きづらくなるよ」
「そうねー。真正面の突出部隊も邪魔ねー」
「どうする?」
「まだ待つー」
「まだ?」
「うんー」
結女は動かない。
厨二岳がさらに前へ。
一歩。
また一歩。
距離が縮まる。
五十メートル。
四十。
三十。
右翼最前列。
よしおが槍を握り直した。
左翼後方。
遥も剣を握る。
「もう来るわよ」
「まだー」
「二十!」
「まだー」
「結女!」
「——今」
結女の目を細めた。
「右翼、前の三騎だけ下がってー」
「下がる!?」
「ほかは動かないでー」
「了解!」
右翼。
よしおから少し中央寄りに位置する三騎だけが。
半歩。
さらに。
半歩。
後退する。
横陣に押しつけられていた鶴翼の前面。
そこに。
小さな窪みができた。
「……結女ちゃん」
郁佳の視線がそこへ向く。
「そこ、入られるよ」
「うんー」
「うん、じゃなくて」
「入ってきてくれるかしらー?」
「え?」
結女が。
にこりと笑った。
菅田の目が動く。
「…………」
瀬戸際右翼。
そこだけ。
圧力が抜けた。
横陣の一部を数騎だけ前へ出せば。
鶴翼の内側へ食い込める。
そこから崩せる可能性がある。
だが。
あまりにも露骨だ。
罠。
そう考えるのが自然だった。
「…………」
菅田は。
ほんの一瞬だけ黙った。
そして。
右手を掲げた。
「漆黒の牙よ!」
その声に。
厨二岳横陣。
瀬戸際右翼の窪みと向かい合う位置。
一騎だけが。
ゆっくりと前へ出た。
黒い防具。
黒いマント。
そして。
頭には。
猫耳。
「…………猫?」
遥が呟いた。
「猫」
瑠衣も言った。
その騎馬の上。
小柄な少女がマントを翻す。
右手を顔の前へ。
左手を腰へ。
完全に。
決めポーズだった。
「我が名は――」
「…………」
瀬戸際高校全員が見ている。
カメラもズームインする。
「漆黒の夜を駆け」
少女が目を閉じる。
「月なき闇に潜み」
開いた。
「音なく獲物の喉笛を切り裂く者」
「長い」
瑠衣が言った。
「最後まで聞いてあげなさい。たぶん恥ずかしいことになるから……」
郁佳が悟ったように言う。
少女が。
ばっ、と。
マントを翻した。
「ブラックキャット!」
風。
たまたま。
本当にたまたま。
ちょうどいい風が吹いた。
マントが綺麗になびく。
ゾワリ。
瀬戸際チームに。
別種の悪寒を与えてきた。
「厨二岳高校騎士部、犬伏恋ぬ!」
ビシッ。
完璧だった。
本人の中では。
「…………」
遥が瞬きをする。
「犬伏?」
「うんー」
結女が答える。
「仔犬?」
「そうみたいねー」
「犬伏仔犬で」
「うんー」
「ブラックキャット?」
「そうねー」
「犬なの? 猫なの?」
「はるちゃん、そこは触れない方がいい」
瑠衣が嗜める。
「なんでよ!?」
「たぶん、本人が一番わかってる」
「わかってるんだ!?」
「……わかってるかなー」
三人の会話を聞き、恋ぬを見、郁佳が遠い目をする。
ブラックキャット――犬伏恋ぬの額に。
一本の青筋が浮かんだ。
「……聞こえていますよ」
「あ、ごめん」
「いいでしょう」
恋ぬは目を細める。
「その軽口ごと――漆黒の爪で切り裂いて差し上げます」
猫耳が。
ぴこり。
と揺れた。
「動いた!」
「動いてません!」
「今ぴこって!」
「動いてません!!」
結女が。
その様子を。
じーっと見ていた。
「…………」
右翼に作った窪み。
そこへ出てきた。
一騎。
猫耳を指摘されるたび。
わかりやすく反応する。
そして。
煽れば。
たぶん。
来る。
結女が。
にっこりと笑った。にっこりだ。笑顔が深い。
郁佳が気づく。
「……結女ちゃん?」
「あらー?」
嫌な予感がした。
郁佳は知っている。
結女がこういう顔をするとき。
だいたい。
誰かが酷い目に遭う——。
犬伏恋ぬ(笑)
犬伏仔犬、犬すぎるのに猫とはこれいかに(笑)




