本編再開2 並ぶ敵たち
「……で」
遥が、和音の持つ封筒を指差した。
「どこなの?」
「対戦相手?」
「そう! どんなチーム!?」
「今から出すから落ち着け」
苦笑いの和音が、ドウドウドウとでも言いそうなジェスチャーをする。馬ではなく牛なのだが……。
「早く早くっ! ワクワク」
「先輩。はるちゃん、さっきまで暇だ暇だ言ってたから、たぶん待ては難しい」
犬だったらしい。
確かに尻尾がぶんぶん振られてそうだった。
「あはは……」
「私はわんこか!」
「はるちゃんはどっちかといえばそう。猫っぽくはない」
「リードを持って来た時のうちのリットみたいだよ」
和音はまるで自分んちの飼い犬を見てるようなだと言い、
「そんなのなんでもいいよ! だって全国大会だよ!?」
「わかったわかった、ほら遥、お座り」
わんこ扱いする。
「はい!」
ノリの良い遥が着席した。
三秒後。
「まだ?」
「待て」
「わんわんわん」
和音が封筒を開く。
中から取り出したのは、一枚の紙。
――ではなかった。
「……多くない?」
郁佳が眉を寄せた。
「ああ」
何枚もある。
大会要項。
会場案内。
出場校一覧。
そして。
大きく折り畳まれた一枚の紙を、和音が机の上へ広げた。
「うわ」
遥が声を漏らす。
びっしりと学校名が並んでいる。
「四十八校……」
郁佳が呟いた。
「全国四十七都道府県から一校ずつ。北海道だけ北と南に分かれて二校。合計四十八校だ」
「本当に全国じゃん」
「全国大会だからな」
「いや、そうなんだけど」
これまでの戦いとは違う。
宇恵井。
波理日。
松栖流。
尼剃根栖。
名前を聞けば、なんとなくどんな相手なのかわかった。
だが。
机いっぱいに広げられた大会表には、見たことも聞いたこともない学校名が並んでいる。
「……知らない学校ばっかり」
「当然だよ」
郁佳が大会表を覗き込む。
「僕たちが戦ってきた範囲なんて、全国から見ればほんの一部なんだから」
「そっか」
遥は改めて大会表を見た。
四十八校。
その全部が。
それぞれの地域を勝ち抜いてきた。
「強いのかな」
その声だけ。
少しだけ嬉しそうだった。
「遥ちゃん」
結女が笑う。
「なに?」
「顔」
「え?」
「すごく楽しそうよー」
「……だって」
遥は大会表を見たまま答えた。
「全国でしょ?」
「そうねー」
「知らない強い人たちが、いっぱいいるんでしょ?」
「たぶんねー」
「楽しみじゃん!」
「戦闘民族」
瑠衣が言った。
「違う!」
「同義」
「違うから!」
「はるちゃん族」
「種族にしないで!?」
郁佳が大会表を指で辿っていく。
「でも、本当に知らない名前が多いね」
「あらー?」
結女も身を乗り出す。
「面白そうなところがいっぱいあるわねー」
「面白そう?」
「ほら」
結女が一校を指差した。
「日八葉亜高校」
「…………」
「…………」
「…………」
遥が首を傾げる。
「なんて読むの?」
「知らない」
郁佳が即答した。
「写真ある」
瑠衣が大会資料を一枚抜いた。
四人で見る。
そこには。
見事なモヒカン頭の集団が写っていた。
「なんで!?」
遥が叫んだ。
「全員!?」
郁佳も驚いた。
「世紀末」
瑠衣が呟く。
「あらー」
結女だけが楽しそうだった。
「こっちもすごいわよー。席取高校」
「どれ?」
写真を見る。
沈黙。
「……大きいね」
郁佳が慎重に言った。
「うん」
「全員、大きいね」
「うん」
「横に」
「それ以上はやめよう郁佳」
「僕は何も言ってないよ!?」
「選手紹介には全員『ぽっちゃり』と記載されてる」
瑠衣が言う。
「自己申告?」
「自己申告」
「絶対そこ触れちゃダメなやつじゃん!」
全国。
広かった。
遥たちが思っていた以上に、かなり広かった。
「……なんか」
遥が大会表を眺める。
「全国大会ってもっとこう、すごい強豪がズラーッと並んでるの想像してたんだけど」
「強豪よー?」
結女が言う。
「え?」
「ここに載ってる学校、全部各地域を勝ち上がってきた代表校だもの」
「あ」
「変なのと弱いのは別」
瑠衣が補足する。
「……そうだよね」
遥の表情が変わった。
郁佳も、もう一度出場校一覧を見る。
見た目がおかしい。
名前もおかしい。
たぶん中身もおかしい。
だが。
全員。
強い。
「で」
遥がゆっくり顔を上げた。
「私たちは?」
「ここだ」
和音が大会表の一角を指差した。
瀬戸際高校。
その名前があった。
「おお……」
遥が少し感動する。
「ちゃんとある」
「そりゃあるだろ。なかったらこの封筒なんなんだよ」
「全国大会参加記念?」
「悲しすぎるだろ」
郁佳が対戦表を追う。
「ということは……」
瀬戸際高校。
その横から伸びる線。
線の先。
もう一つの学校名。
「初戦は――」
郁佳の声が止まった。
「ん?」
遥が覗き込む。
そして読む。
「……厨二岳高校?」
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
遥が和音を見る。
「強いの?」
「強い」
即答だった。
「名前ふざけてるのに!?」
「名前で強さは決まらん」
「そうだけど!」
「去年、全国ベスト十六」
「普通に強い!」
和音が別の資料を取り出した。
「予選での戦績は全勝。攻撃型の学校だ。特に部隊間の連携速度が異常に速い」
「へえ」
遥が資料を受け取る。
「相手にとって不足なし、ね」
「あと、これが試合映像の書き起こしだ」
「書き起こし?」
「見ればわかる」
遥が読む。
「…………」
郁佳も覗き込む。
「…………」
結女も見る。
「あらー」
瑠衣が最後に覗き込んだ。
「左手か片目に何か飼っていそう」
「何を!?」
そこには。
『黒翼第三騎! 黄昏の門を開け!』
『承知! 深淵より出でし我らが牙、今こそ敵陣を穿たん!』
『右翼に蒼炎展開!』
『我が魔眼が敵総大将を捉えた!』
『今だ! 終焉の第六楽章!』
とか書かれていた。
「…………」
遥が紙を置いた。
「何言ってるかわかんない」
「僕も」
「私もよー」
「わかる」
瑠衣が言った。
三人が振り返る。
「わかるの!?」
「気持ちは」
「作戦内容の話だよ!」
和音が腕を組む。
「問題はそこだ」
「そこ?」
「こいつらの指示は、全部この調子なんだ」
「…………」
遥がもう一度紙を見る。
『堕天せし銀狼よ、北天に吼えろ!』
「これが?」
「部隊指示」
「何の!?」
「わからん」
「ダメじゃん!」
「相手から見ればな」
結女の目が。
少しだけ細くなった。
「……なるほど」
柔らかな声。
さっきまでとは、ほんの少し違う。
「あらー」
「結女?」
「これ、結構面倒ねー」
「え?」
結女は書き起こしを手に取った。
「普通の学校なら、指示を聞けばある程度動きが読めるでしょ?」
「ああ」
郁佳が頷く。
「右翼、後退。三番隊、前進。みたいな指示ならね」
「でも、この人たちは違う」
結女が紙をひらひらさせる。
「本人たちにしか意味がわからない暗号を、普段の会話として使ってる」
「……あ」
遥も気づいた。
「盗み聞きしても意味ない?」
「それだけじゃないわよー」
結女は別の試合記録を眺める。
「たぶん、一つの言葉が一つの命令に対応してない」
「どういうこと?」
「試合ごとに意味を変えてる」
郁佳の表情が険しくなる。
「暗号表そのものを毎回変えているのか」
「たぶんねー」
「…………」
遥が黙った。
もう一度。
『我が魔眼が敵総大将を捉えた!』
を見る。
「……ナニコレ」
「……厨二の病が全開ねー」
「なんだろう、鳥肌がすごい」
遥が両腕を擦る。郁佳も擦る。
「でも強いんだよね?」
「強い」
和音が答える。
「予選の平均リタイヤ数も少ない。ふざけた連中だと思って挑んだ学校は、だいたい開始早々に崩されてる」
遥が笑った。
「いいじゃん」
「はるちゃん?」
瑠衣が見る。
「全国大会の最初なんでしょ?」
遥は立ち上がった。
さっきまで机に突っ伏して。
暇だ。
暇だ。
暇だ。
三回も言っていた少女は。
もういなかった。
「ちょうどいいじゃん!」
目が輝いている。
「全国って感じする!」
「厨二病で全国を実感する人、初めて見たよ」
郁佳が苦笑する。
「だって強いんでしょ?」
「うん」
「じゃあ倒す!」
「単純」
瑠衣が言う。
「わかりやすくていいじゃない!」
結女が大会表を眺めている。
「…………」
その視線は。
初戦の厨二岳高校ではなかった。
その先。
さらに、その先。
全国四十八校。
まだ名前しか知らない学校。
まだ戦い方すら知らない選手たち。
そして。
その頂点。
「結女?」
遥が呼ぶ。
「なにー?」
「何見てるの?」
「んー?」
結女は。
いつものように、ふわりと笑った。
「最後まで行くなら、何校倒せばいいのかなーって」
「…………」
郁佳が結女を見る。
瑠衣も見る。
遥だけが。
すぐに笑った。
「全部でいいじゃん」
「あらー?」
「当たったところ、全部倒せば優勝でしょ?」
「まあ、そうだけどね」
「なら簡単!」
「簡単ではないよ」
「気持ちの話!」
和音が小さく笑う。
「まったく……」
半年前。
全国大会ベスト八の宇恵井高校は、遥たちにとって遥か格上の存在だった。
波理日高校など。
勝つことを想像することさえ難しかった。
それが今。
四十八校が並ぶ全国大会表を前にして。
誰一人として。
自分たちがここにいることを不思議だとは思っていない。
勝てるのか。
ではない。
どう勝つか。
いつの間にか。
四人の考え方そのものが変わっていた。
「開催は?」
郁佳が聞く。
「来週だ」
和音が答える。
「早っ!」
「だから今日持ってきたんだよ」
「会場は?」
「国立競技場」
四人が止まった。
「…………」
遥が瞬きをする。
「国立?」
「ああ」
「テレビは?」
「全国放送」
「…………」
遥がゆっくり結女を見る。
「ねえ」
「なにー?」
「また胸の話、拾われると思う?」
「たぶんねー。もうネット上では一種のミームになってるみたいだものねー」
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
遥の絶叫が。
瀬戸際高校騎士部部室に響き渡った。
こうして。
瀬戸際高校騎士部の全国大会は――。
なんとも締まらない形で、幕を開けたのだった。




