【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 弐拾七話 〜首は二度落ちる〜
「……あ」
緊張の糸が切れた。
瑠衣の膝から、ふっと力が抜ける。
「ちょっと瑠衣! 大丈……って! い、いたたたた!」
慌てて手を伸ばした遥まで、全身に鋭い痛みが走った。
坂上田村麻呂――みょんみょん丸との死闘。
二人の身体は、既に限界だった。
全身に打撲。
おそらく何本かの骨には、ひびも入っている。
「……痛い」
「いったぁ……」
二人は揃って、その場へ座り込んだ。
しばらく鬼穴には静寂だけが流れる。
やがて。
「……あれ? 変なことが起きてる」
瑠衣がぽつりと呟いた。
「……? どういうこと?」
「霊路が二本ある」
「霊路?」
瑠衣はみょんみょん丸へ視線を向ける。
『……拙者とお主らを繋ぐ霊的な回路である』
「へー」
「ご主人と犬を結ぶリードみたいなもの。今、それが二本ある」
「犬っ!?」
『また犬扱い!?』
「そう。そして一本は瑠衣」
自分を指差す。
「もう一本は……はるちゃんに繋がってる」
「私?」
『待て。どういうことだ?』
「調伏の時」
瑠衣は思い返すように目を閉じた。
「はるちゃんが瑠衣を支えてくれていた」
「うん」
「さらに、最後にみょんみょん丸を倒したのも、はるちゃん」
『……』
「術式が、二人とも主人だと認識したみたい」
『待て待て待て! 拙者には主人が二人おるのか!?』
「共同名義」
「家っ!?」
『拙者を不動産扱いするでない!』
みょんみょん丸が、じたばたと暴れた。
瑠衣は小さく頷く。
「でも、有意」
『その言葉が一番怖い』
「共同名義なら、二人分の傷も移せる」
『…………は?』
遥が目を丸くする。
「え?」
「式神は主人の穢れや傷を肩代わりできる」
「そんなことできるの?」
「できる。でも全部は無理」
瑠衣は首を振った。
「傷だけ。疲労と霊力切れは残る」
「じゃあ、歩けるくらいには?」
「たぶん」
『待て』
みょんみょん丸の声だけが真剣になった。
『その傷というのは、まさか……』
「みょんみょん丸へ移す」
『やはりそうであったか!!』
「一体で二人分。とても有意」
『主人たちにとってだけであろう!!』
遥はみょんみょん丸を見つめた。
「……ごめん」
『謝るくらいなら止めていただきたい!』
「でも痛いし……」
『そこは葛藤していただきたい!!』
瑠衣は震える指先で印を結ぶ。
「はるちゃん」
「うん?」
「みょんみょん丸を持ちあげて?」
遥は素直に犬(?)を抱え上げる。
『なぜ逃げられぬよう、がっちりホールドする!?』
「動くと危ない」
『危ないのは拙者だけだよね!?』
瑠衣が静かに息を吸う。
「双主転傷」
『聞いたことがない術だぞ!?』
「今、作った」
『即興で秘術を作るなぁぁぁぁぁっ!?』
瑠衣が印を切る。
「急急如律令」
淡い光が三人を包み込んだ。
一本は瑠衣へ。
一本は遥へ。
そして二本とも、みょんみょん丸へ吸い込まれていく。
『ぬ、お、おおおおおっ!?』
瑠衣の脇腹から血が引いていく。
遥の全身を走っていた激痛も、潮が引くように薄れていった。
代わりに。
みょんみょん丸の胴体が、べこり、と凹む。
『ぐふっ!?』
右前脚が、ぽきり。
『あだっ!?』
左後ろ脚が、ぐにゃり。
『ちょっ……待……っ!』
脇腹の縫い目が裂け、白い綿がぶわっと飛び出した。
『病み上がりならぬ斬られ上がりなのであるぞ、拙者は――』
ごとり。
みょんみょん丸の首が、再び床を転がった。
『また首が取れたではないかぁぁぁぁぁっ!?』
鬼穴に、軍神の悲痛な叫びが響き渡った。




