【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 弍拾六話 〜版権は恐ろしい〜
ごとり。
軍神の首が、床を転がった。
ごろんごろんごろん。
崩れた石材に本来なら鼻がありそうな場所をぶつけて、ようやく止まる。痛そう。
——そして、現在。
『……なるほど』
遥に後頭部を見せたまま、田村麻呂の無数の瞳が、ぱちぱちと瞬いた。締まらない。
どうやら、首だけになった理由を理解したらしい。
『横薙ぎを受け、喉を殴られ、胸を刺され、斬り開かれたのち、肩で吹き飛ばされ、踵で床へ叩き伏せられ——』
「……」
『最後に首を刎ねられた、と』
「そうね」
『ふむ』
後ろ向きの首だけの軍神が、何やら神妙に納得する。
『見事な連撃であった』
「どうも」
『しかし、ひとの話は最後まで聞くべきではないか?』
「長いって言ったでしょ」
『武人として、それはいかがなものか』
「私はただの普通の女子高生。武人じゃないわ」
『……普通とは?』
「……」
『……』
絶妙にもにょる空気が流れた。
『おぬし、拙者のこと嫌いか?』
「大っ嫌い」
『即答……』
田村麻呂の声が、少しだけしょんぼりした。
その直後。
首を失った巨体が、風に溶けるように消えていく。
無数の腕が力を失い、一本、また一本と黒い霧へ変わっていく。
軍刀が崩れた。
軍服が崩れた。
最後に残った胴体も、内側からほどけるように闇へ還っていく。
吸い込まれ、なくなったはずのピコハンがその体内から姿を現す。
「あ、ピコハン」
遥はそれを拾い、首に近づいていく。
田村麻呂の全身に悪寒が走った。
もう首しかないけど。
『おいちょっと待て!? まさかこの軍神に、そのようなふざけた玩具でトドメを刺すつもりか?』
「もちろん」
『せめてその刀で介錯してくれんか!? ぴこん、で消えるのはさすがになかろう?』
「嫌よ」
『なぜ!?』
「これは瑠衣のお母さんが作った、由緒正しい退魔武器よ」
『それは流石に嘘であろう!?』
「見た目で判断するの、よくないと思う」
『今それをおぬしが言うのか!? 今着ておるそれはスク水とか言うやつであろう?』
遥は田村麻呂の隣にしゃがみ込んだ。
だが、見えているのは後頭部である。
「……こっち向きなさい」
『首だけの拙者に、どうしろと?』
「仕方ないわね」
遥は立ち上がって、田村麻呂の頭を足でぐるりと百八十度回転させた。
『扱いが雑!!』
ようやく、無数の瞳と目が合った。
「じゃあね、みょんみょん丸」
『待て。最期くらいは坂上田村麻呂と――』
遥は、ピコハンを振り上げた。
『だから人の話を最後まで――』
「長い」
遥はトドメのピコハンを振り下ろそうとした。
「はるちゃん、待って」
「瑠衣っ!」
脇腹の辺りを抑えながら、瑠衣が遥を止めた。
「瑠衣!? 大丈夫なの!?」
「あんまり……大丈夫じゃない。でも死んでないから大丈夫」
倒れそうになる瑠衣を遥が支えに走った。
「判断基準おかしいって!」
口から血を滲ませながら、それでも尚、凛とした雰囲気を持って答える。
「そんなことよりも、今はみょんみょん丸」
『山ノ井の、お主もその名で呼ぶのか!?』
そんな抗議をする田村麻呂を半ば無視して、瑠衣は遥に話しかけた。
「はるちゃん、みょんみょん丸はこのまま消しても、おそらくまたいつか復活する。それならば調伏してポケ……ごほん、式神にした方が有意」
『おい。今、なんぞ変なことを言わなんだか?』
「言ってない」
『言ったであろう! ポケなんとかと言ったであろう?』
「言ってない。瑠衣は嘘をつかない」
『先ほど、坂之ノ上右斜下が本名だと、読者ごと騙そうとしおったであろうが!」
「怪異がメタい!?」
遥が突っ込む。
「……あれは戦略的情報操作」
『ただの嘘ではないか!』
首だけの軍神が、床から全力で抗議した。
遥は瑠衣の身体を支えながら、
「でも、こんなの連れて帰ってどうするのよ。札子ちゃんの仇よ!? こいつ」
札子のようにスマホに入れるのは嫌そうだ。
『こんなの……』
「大丈夫。札子は肉の壁、少し待ってたらまたリポップする」
その言葉を聞いて遥の目に輝きが戻った。
「それ、ほんとなの!?」
「すまほを開いてみて?」
遥がスマートフォンのホーム画面を開くと、いつの間にか小さな一軒家が建っていた。
その玄関先には、『復活まであと三時間』と書かれたフリップが立てられている。
「よ、良かった……ん?」
——いや、ちょっと待て。人のスマホの中に、なに勝手に家建ててんのよ!?
そんな一連の流れで遥の毒気は完全に抜かれていた。
「みょんみょん丸は……仕方がない……瑠衣の家で飼うことにする」
「飼うの!?」
『軍神を犬猫のように申すな!』
「だいたい餌は何を食べるのよコレ」
『餌とか言うな。話を進めるな! それに牛島遥よ、さっきからこんなの、とかコレ、とか酷いであろう?』
瑠衣は少し考えるように首を傾げた。
「霊気……たぶん」
「電気代みたいに毎月かかるの?」
「たぶんお母さんが定期的にバリバリしてくれる」
「充電!?」
『待て! 拙者、何をされるのであるか!?』
田村麻呂の怒声が、鬼穴に響き渡った。
瑠衣は気にせず、田村麻呂の頭部の前へしゃがみ込む。
「みょんみょん丸」
『……もう諦めた。なんだ? 山ノ井の?』
「瑠衣に調伏されるか、はるちゃんのピコハンでぴこんされるか。好きな方を選んで」
『選択肢が理不尽すぎるであろう!?』
遥が無言でピコハンを持ち上げた。
『調伏で』
「即答」
即答しかない。だって……
『ピコハンで終わる最期は御免こうむる。軍神にも尊厳はある!』
「ぴこんは嫌なんだ」
『嫌に決まっておろう!!』
瑠衣が満足げに頷く。
「交渉成立」
『……交渉とは、双方に選択の余地があるものではなかったか?』
「細かいことを気にすると、禿げる」
『拙者には髪どころか顔すらないわ!!』
「……かわいそう」
『おぬしが言うな!』
瑠衣は懐から、一枚の護符を取り出した。
だが、指先が震えている。
「瑠衣」
遥がその手を掴んだ。
「無理してない?」
「してる」
「だよね!? 口から血とか出ちゃってるもんね!?」
「でも、今やらないと逃げられる」
『足がないわ! 物理的に!』
「信用できない」
『先ほどから拙者への評価が低すぎぬか!?』
瑠衣は遥の手を借りて、護符を田村麻呂の額――らしき場所へ貼りつける。
「じゃあ、始める」
『待て。せめて拙者にも心の準備というものが――』
「長い」
『それ、山ノ井も使うのか!?』
瑠衣が印を結んだ。
「急急如律令」
護符が淡く輝く。
田村麻呂の頭部が、黒い霧へとほどけ始めた。
『お、おお……!』
霧は宙で渦を巻き、次第に小さく凝縮されていく。
やがて。
ぽんっ。
間の抜けた音とともに、一匹の犬のぬいぐるみが落ちた。
遥が拾い上げる。
ただ、普通の犬と違うのは、顔に無数のボタンで作られた目が縫い付けられていることだった。
『……』
「……キモい……いや、キモ可愛い? ……いや、キモい?」
微妙なラインであった。
『……なぜ拙者の姿が、こんなに可愛らしくデフォルメされておる?』
「式神用の自動補正」
『要らぬ機能!!』
ちっさい犬(?)と化した田村麻呂――もとい、みょんみょん丸が暴れている。
瑠衣は小さく息を吐いた。
「調伏、完了」
「これで、みょんみょん丸は瑠衣のポケ——式神」
「瑠衣、この際もう諦めて、ポケ◯ンって言ったら?」
「……版権は恐ろしい」
「……」
『さっきからなんだ? そのポケモ——』
「みょんみょん丸は黙って」
『主従関係が始まった瞬間から扱いが酷い!!』




