宇恵井戦2 玉狩姫爆誕
宇恵井戦中盤、瑠衣ちゃん覚醒の回
法螺貝の音が国立競技場を割った瞬間、会場の空気が“試合”に切り替わった。
観客の呼吸が揃う。遠くの歓声が一枚の壁になって、フィールドの上に覆いかぶさる。
スピーカーから、戦闘用のハイビートな音楽が流れ始め、エレキギターを掻き鳴らす音が場の雰囲気を作りあげる。試合は全国に中継され、広告収入も発生する仕組みであった。大人、汚い。
そして中継がある以上、実況がいる。二人の若手アナウンサーが抜擢された。それが先の二人である。
「騎馬戦ゲームっ!! ついに始まりましたー!!」
実況席の木戸菜月が、もはや叫ぶ。
「校区を賭けて! ひいては母校の命運を掛けて戦う学校対抗陣取りゲーム!! 昨年の全国大会でベスト8まで上り詰めた強豪校に挑むのは! 昨年の大会で同校に初戦敗退したチームだぁぁっ!! 雪辱を晴らす事は出来るのかぁぁぁ!!!!」
「木戸さん、いきなりテンションすごいですね!!」
羽月鋼も釣られて声が跳ねる。
「なんだか私も盛り上がってきましたぁぁっ!!」
そして――カメラは真正面、宇恵井の“壁”を映した。
「おおっとぉ!? 宇恵井高校はファランクス部隊を三人騎馬と二人騎馬で挟んで、ゆっくりと前進してくるマッチョスタイル!!」
木戸がハイテンションに叫ぶ。
戦場には盾が並び、槍が林立する。
人間のサボテン。密集。重量。圧。
それが“ゆっくり”動くだけで、地面が不安になる。
「それに対して瀬戸際高校は後方に総大将の護衛を残して二人騎馬12部隊が全速前進! 突撃だ――!!」
瀬戸際の右翼が一斉に前へ出る。
二人騎馬の塊が、速度で空気を引き裂く。
宇恵井の前線が、思考する前に反射する。
「正面から来る」――そう見えた。
「いや! 待ってください木戸さん!!」
羽月の声が裏返る。
「二人騎馬が全てばらけました!! 偽装のようです! 全員一人騎馬になって右側へっ! 宇恵井高校の左翼へと全速で走っています!」
「っきゃー!! 胸熱の展開キタ――っ!! カメラさん! 最前線! 最前線にカメラ回して!!」
画面が切り替わる。
芝が近い。息が近い。武器の擦れる音が、やけに生々しい。
⸻
瀬戸際高校の右翼が偽装を解き、宇恵井の陣の左端に向かって全力で走る。先頭にいるのは遥だ。その後ろに瑠衣。
遥は盾を斜めに構え、走る。走りながら周囲を見る。
――爛々としたその目は、ニヤリと笑う。
「瑠衣! 予定通り行くわよ!」
遥の声が、部隊のテンポを揃える。
「騎馬部隊はこっちで引き付けておくから、ファランクスを狩れるだけ狩って!!」
瑠衣は、返事を短く落とした。呼吸も乱れていない。
「わかった。全員ファルファルする……」
意味不明なのに、なぜか通じる。
瑠衣が“狩り”のスイッチを入れた、ということだけが分かった。
宇恵井の左翼最端、二人騎馬と三人騎馬は遥とその直属部隊に任せ、瑠衣は意識から切り離す。
そして——
隊列の乱れた宇恵井ファランクス部隊の真横に、ふわりと死の天使が舞い降りた——主に男子たちにとって、天敵とも言える二刀の美しき少女。
瑠衣は隊列の隙間にするりと滑り込む。
驚愕する男たちの肘や膝に、剣を握ったまま指先だけを伸ばして——そっと触れる。
美少女のソフトタッチにちょっとドキッとする面々……だがそれは柳流古武術の体術による崩し。
周囲の四人の男たちが、ほぼ同時に折り重なるように転倒する。
誰も認識が追いつかない。
「なっ……!!」
思考の空白、狙うは一点、約束の場所。
脱力し、一切の力みのない構えから繰り出される——
一閃、軽やかな剣技が、舞う。
スパン! スパパパパン!
「ふぐぉっ!!」
「ぎゃああぁぁあーー!!」
「のわぁー!!」
「うひょおっふ!!」
一拍遅れて悲鳴が木霊し、赤いローションがどぼん、どぼん、と弾けていく。
瑠衣は無表情のまま、隊列を“内側から”崩していった。
さらに余波でその周囲の男たちも連続で狩られていく。
「ファルファルファルファル……」
瑠衣さん、ノリノリである。
長槍は近接戦に弱い。密集は、崩れた瞬間に脆い。
槍衾の隙間を縫い、高速で移動しながら的確に急所を刈り取る乙女。
四姉妹が一人。
――玉狩り姫——爆誕であった。
◇
あっという間に“壁”の一部が崩壊する。
「ぎゃああああああ!」
増え続ける叫びと連動し、背中のバックパックから赤いローションが――どぼん、どぼん。次々に弾ける。特定の場所を押さえてうずくまる男たち。
血ではない。怪我でもない。
けれど見た目の説得力だけは、やたら強い。
「おいおいおい! なんだあの二刀流の女!」
左翼部隊を率いていた宇恵井の副部長が、声を荒げる。
「めちゃくちゃ無双してるじゃねーか! なんで攻撃判定のクソ低い歩兵であんなにやれんだよ! 騎馬部隊こっち来てなんとかしろ!!」
――“防御が薄く、攻撃判定が低い”
つまり歩兵は弱い。普通はそうだ。
普通は……。
だが、武器とバックパックに搭載されたセンサーは正直だ。被弾の場所、角度、速度、重さ――全てを数値にする。
つまり“本物なら終わっていた場所”に正しい角度と速度、重さを持って当てれば、歩兵だろうが落とせる。
さらに言うなれば、弱点である紙装甲とて——
当たらなければどうということはない。赤いあの人が言ってたから間違いないのだ。
白兵戦においては、機動力が全てを凌駕することがある。
「行かせるわけないで……しょっ!!」
遥が二人騎馬の左斜め前へと回り込む。
横から突っ込もうとした二人騎馬の馬役の左の膝裏に裏拳の要領で盾を打ち付けた。その間も右前方の三人騎馬からも視線外さない。
「うぐぁっ!!」
バガンッ!、と重い音が響く。
騎馬が揺れ、馬役の重心が崩れる。
崩れ落ちていく騎馬。
崩れるならば、と崩れる方向へそのまま袈裟懸けに切りつける騎士役。
——だが遥の反応速度が勝る。
三人騎馬を牽制するように剣先を走らせ、その流れのまま、剣が外側から素早く弧を描いた。
スパン!! ズバーン!!
その手から武器をはたき落とし、返す刀で切り付ける。生体センサーが喉元(頸動脈ライン)への被弾を正確に捉えた。判定が一気に跳ね上がり、閾値を越える!
「うわぁああああ!!」
左翼部隊を守っていた騎馬部隊のうち一騎の二人騎馬が、遥によって崩された。三人騎馬は先の遥の牽制で僅かに下がる。
さらに瑠衣とその直属部隊によって、ファランクスは内外から挟み撃ちにされた。
一気に崩れていく。
ローションが連続で飛んだ。
圧倒的な個の戦力に、宇恵井の左翼が目に見えて薄くなっていく。
「すごいすごいすごい!」
実況席で木戸が完全に喜んでいる。
「宇恵井チームの左翼がどんどん削られています!! 現在の状況は瀬戸際高校の損耗率5パーセントに対して宇恵井チームは15パーセントを超えました!! すごい勢いです!!」
「木戸さん嬉しそうですね。でも確かにすごいです!!」
羽月も声に熱が混じる。
「二刀流の選手はもちろんですが、歩兵部隊数人で二人騎馬と三人騎馬を足止めしている選手もすごい!
たった今! 一人騎馬単騎で二人騎馬を下しました!!
あっ! 彼女が瀬戸際高校の新部長みたいですよ!」
画面の端、中央後方。
結女がいる。総大将なのに歩兵。
護衛の三人騎馬が、彼女の周りで“壁”になっている。
「……おっと、戦況が動いたようです! 宇恵井チーム護衛部隊の三人騎馬が左翼の救援に向かいました!」
⸻
「ウエーイ! なんなんだあいつら!」
宇恵井の部長、田中よしおが苛立ちを隠さない。
「くそっ! 岩井っ! 吉田っ! ここの護衛はいいから、左翼に食らいついているゴミ共潰してこい!」
「ウエーイ!」
返事が二つ、反射みたいに返る。
宇恵井の中央――護衛の三人騎馬が二騎、左翼へと角度を変える。三人騎馬と一人騎馬との戦力差はセンサーの判定でおよそ七倍。
さらに高さがあり、馬役が物理的な障害となって、騎士役への攻撃が通りにくくなる。
最前線、空気が変わった。
総大将の護衛部隊だった三人騎馬——精鋭部隊の 二騎が、こちらへ来るのではなく、“迫る”。
――あれに正面から噛まれたら、遥の右翼は潰れる。
遥は即座に判断した。
「瑠衣! 護衛の騎馬部隊がこっちに向かって来たわ!」
遥の声が鋭くなる。
「予定通りよ! 全員全速で離脱!! 結女たちと合流するわよ!」
「了解、離脱する」
離脱。
逃げじゃない。
罠の二段目だ。
「みんな! 頑張って! ここが踏ん張りどころよー!!」
「おお――っ!!」
瀬戸際高校の右翼隊が一斉に退く。
ただ退くのではない。盾を敵に向けたまま、隊列を崩さず——引き剥がすように一気に距離を取る。
追ってきた宇恵井の三人騎馬が前線へ滑り込んだ時には、そこに遥たちの姿はもう無い。
三人騎馬は機動力で、どうやっても一人騎馬に勝てないのだ。
遥たち急襲部隊は、往路で直角に振ったラインを、帰路は斜めに切って一気にショートカット——自陣へ。
そして本陣前で瀬戸際を押していた宇恵井攻勢部隊の背中に噛みつく。
——絵に描いたような挟撃。
瀬戸際本陣を攻めていた部隊に、勝利と生存のルートはもはや存在しない。
そこはもう、瀬戸際の“本隊の腹の中”なのだ。
⸻
「これは見応えのある試合です!」
木戸が息もつかずに叫ぶ。
「ここで一度戦況を整理してみましょう! 瀬戸際高校の生き残っていた歩兵部隊が全員一気に後退!」
瀬戸際が退く。
退いた先にいるのは――結女の護衛陣。中央後方の“核”。
「総大将の守備部隊を攻めていた宇恵井高校の部隊を、後方から挟み撃ちにして撃破しました!!」
遥の率いる瀬戸際高校右翼部隊が、その勢いのまま、自陣に中央で食いついていた宇恵井部隊の背中を、二時の方向から殴る。
外からは遥に擦り潰すように削られ、内側からは瑠衣の双剣によって容赦なくファルファルされる。
郁佳率いる防衛陣が戦線を維持する中、重音たち三人騎馬が横から刺した。
――局地的包囲殲滅。
圧倒的な速さで本陣前にいた宇恵井部隊は全滅した。
数字は正直だ。
「すごいです! 数字の上では逆転しましたよ! スタミナが少々心配ですが、素晴らしい連携です!」
「ええ、本当に素晴らしい試合です!」
羽月が珍しく熱い。
「現在の損耗率は宇恵井チームが37パーセント! 瀬戸際チームが7パーセントほど!」
宇恵井は左翼が削られ、救援が釣り出され、中央が噛まれ、後方から潰された。
たったそれだけで、三十パーセント差がつく。
「現在は両陣営向かい合っての膠着状態になっている模様です!」
膠着。
つまり――ここからが本当の勝負。
宇恵井は、ここで“怒り”を戦術に変えてくる。
瀬戸際は、ここで“スタミナ”を勝ち筋に変えなければならない。
遠くで、盾が鳴った。
槍が擦れた。
誰かが息を吸い込む音が、やけに大きく聞こえた。
そしてフィールドの中央で、結女がいつもの笑顔のまま――
次の一手を、繰り出す。
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