宇恵井戦1 会戦の狼煙
実況中継
ニュース番組みたいなジングルが鳴った瞬間、国立競技場の空気が一段だけ明るくなった気がした。
夕方の風はまだ暖かい。だけど観客席には、これから始まる“ゲーム”の熱がもう座っている。
「こんばんわ! 実況の木戸菜月です!」
張りのある声がスピーカーに乗り、スタジアム全体を撫でていく。
「同じく実況の羽月鋼です。こんばんわ!」
もう一つ、落ち着いた声が続いた。こちらは“硬派”の匂いがする。
「現在の時刻は十八時五十分。もう間もなく始まりますね、学校対抗騎馬戦ゲーム! まさか発表されて、もうその翌週に初めての試合が組まれるなんて……」
「本当に。しかも試合場所は国立競技場をお借りしています。サッカーのコートが二面入る広さ――とても広い!」
広い、という言葉が軽く聞こえるほどに、フィールドは広かった。
広いというより、逃げ場がない。
「プロと同じ舞台での対決となりますね!」
「ええ。そして今日の対戦は宇恵井高校と瀬戸際高校――」
羽月が、淡々と現実を置く。
「両校とも強豪……と言いたいところですが、昨年の夏の選抜で瀬戸際高校は同校相手に一回戦敗退。対する宇恵井高校はそのままベスト8まで上り詰めたチームです。現状、宇恵井高校側が格上と言えますね」
会場の空気が、少しだけざわつく。
“格上”という単語は、いつだって熱を煽る。
「ですが!」
木戸が、そこでぐっと声を上げた。
「どうやら瀬戸際高校側の部長が代変わりしたとの話ですよ? しかも新しい部長は一年生の女の子のようです。それがどう戦い方に影響してくるか……戦況がガラッと変わるかもしれません」
「なるほど。瀬戸際高校は潔岳高校に狙われているという噂もあります。基本戦術の似ている宇恵井高校を、対潔岳高校の前哨戦として選んだのかも知れませんね」
「仮にそうなら、格上相手を選んだってことです。大胆ですよねぇ」
木戸が笑う。だがその笑いは、試合を面白くしようとする種類の“実況の笑い”だ。
「新生瀬戸際高校チームの真価が問われる試合運びとなるでしょう」
「はい! もう間もなく試合が始まります。両陣営にフォーカスしてみましょう!」
ジングルが再び鳴り、画が切り替わった。
⸻
瀬戸際サイド
瀬戸際高校の控えエリアは、ざわざわしていた。
けれどその中心――四人の少女の周りだけ、妙に“輪郭のある静けさ”があった。
「……あっという間にゲーム当日だな」
重音和音が、装備の締め具合を確かめながら言う。
昨日まで“部長”だった男は、今日から“前線の核”になっている。そういう顔をしていた。
「遥ちゃんたち、準備はいいかい?」
「へっへーん! 大丈夫よ! 準備はばっちり!」
遥があまりない胸を張る。緊張を興奮に変換してしまうタイプの笑顔だ。
「少し緊張してますけど、問題ないです」
郁佳は慎重に、でも目だけは燃えている。
武道を嗜んできた者のみができる人間の“静かさ”だ。
「ほど良い緊張感。天気も良くて……ファルファル日和……」
「ファ、ファルファル日和……?」
重音が喉を鳴らした。と言うか声が裏返る。なにそれ、という顔。
瑠衣は真顔だ。真顔で言った。たぶん本気だ。
某キングダムの某大将軍のように、ファルファルしちゃうのだろう。主に男子の尊厳を……。
重音の脳裏にあの日の悪夢が蘇る。
両足が内側へきゅっとなる。
ぎぎぎ、と音が聞こえそうな無理矢理具合で、重音は顔の向きを変えた。
「ゆ、結女さんはいきなり総大将だから、さすがに緊張して――って、もう少し緊張した方が良くないかな!?」
重音の視線が、ふっと結女の手元へ落ちる。
「……ソフトクリームなんて、どこから持ってきたの?」
「えへへー。おいしそうでしょー?」
結女はにこにこしながら、完全に平常運転だった。
総大将の器とは、胆力なのか、図太さなのか、もしくはその両方なのか。
「大丈夫よー。たかだか前哨戦で、負けるわけにはいかないわー」
言いながら、普通に食べる。
(この人、強い)
その横で遥が右手に拳を作り、パシりと左手に打ち付けた。少女というより、活発な少年のような雰囲気のまま、挑戦的な目を爛々と輝かせて気合を入れる。
「おっしゃ! 作戦会議だね!」
「そうね。先輩、お願いしまーす」
結女も瑠衣もなんだかんだ言って、遥の持つ周囲全てを照らすような明るさ、重力に惹きつけられた仲間なのだ。
遥の声を聞き、“総大将”の声で言った。本番直前、最後の作戦会議だ。ゆるいのに、決めるところは決める。
まあ、本人的には楽しんでいるだけかもしれないが……。
重音が、空気を引き締める声に切り替えた。
紙の地図を広げる。
「今回の対戦相手、宇恵井高校は去年の夏の大会でベスト8まで残ったチームだ。潔岳ほどではないにしても、十分に強敵だと言える」
重音が宇恵井の部隊に見立てた駒を順に並べ、結女の目が、すっと“読み取り”の光を湛える。
「基本戦術は潔岳と同じ。密集隊形での突撃。総数八十人。過去の傾向から、三人騎馬が総大将を含めて七部隊。二人騎馬が四部隊。残り四十人が槍歩兵としてファランクス――まず間違いない」
「ふむふむー。となると向こうのフォーメーションは?」
興味津々と言った感じで遥が覗き込む。
「総大将の隣に三人騎馬を二部隊、護衛に置く。あとは左右両側に均等配置だろうね」
重音は言い切ってから、苦い笑みを少しだけ見せた。
「対して僕たちは五十五人。しかもその内、君たち四人は別格としても……十五人が今週入部した新人ばかりだ。正直、普通に戦ったら勝ち目は薄い」
……薄い、では無い。本来なら勝ち目はない。だが重音の言葉に、誰も動揺しなかった。
なぜなら——
結女が“普通に戦わない”と知っているからだ。
「んー……」
ソフトクリームを食べ終えた結女が、ゆるく首を傾ける。
「相手のフォーメーションが予測通りならー……作戦はアレねー。プランF」
名前が不穏だ。アムリッツァ会戦だろうか?
もしそうなら負けないが勝てない。
しかし、結女はひとつずつ勝ち筋を紡いでいく。
「まず三人騎馬部隊の重音先輩と縦島君、元副部長さんが私の護衛として中央後方。私は総大将だけど、騎馬になったところで戦力にならないから歩兵で行くわー。みんな、ちゃんと私を守ってねー」
「ああ、必ず守り抜くと誓おう」
騎士然として、きりりと決めるイケメン重音。
「やっと俺の名前が出た! 頑張るぜ!」
気合いを入れる縦島。
「承知した……って、元副部長って! なんで俺の名前だけ出ないの?」
元副部長が、地味に傷ついた声を上げる。
結女は悪びれない。
「次に、ふみちゃん率いる六人の歩兵部隊がその前方に展開。敵が攻めて来た時の最初の砦役をお願いねー」
「了解!」
郁佳の返事は短い。だが、その声は鋭く、腹が据わっていた。
集団戦の指揮を取るのは始めてのはずだが、それでもそこに不安のかけらも見せなかった。与えられた仕事を全うする、職人のような気質を覗かせる。
「はるちゃんとるいちゃんは残りの三十六人全員で、二人騎馬に見せかけて敵との距離が二十メートルまで前進。目標距離になったら歩兵に戻って、右方向へ全力で走ってねー」
「おーけー!」
遥が即答する。
「右端まで到着したら横から敵陣を崩壊させるのがミッションよー。本隊が囮になっている間に……できたら半分。最低でも三分の一は崩して欲しいところねー」
「スピード勝負ね! 滾るわ!」
「わかった。瑠衣、頑張って狩る」
何をだろう。瑠衣の“狩る”は、比喩じゃない気がする。
重音と、前回の模擬戦で馬役だった三人の顔に縦線が入る。ちょっと内股気味にもなる。いったい何を狩るのだろう。二度目。
遥が、拳を上げた。
「じゃあ、みんな! ウエイだかなんだか知らないけど、かるーくやっつけちゃうわよっ! せーのっ!」
「えいえいおう!!」
声が揃う。
その瞬間、瀬戸際高校のチームは――一つの生き物になった。
⸻
宇恵井サイド
対照的に、宇恵井高校の控えエリアは“音”でできていた。男子校だということもあり、どこか粗野で暑苦しい。
「ウエーイ!! お前らぁ? 気合入ってるかぁ?」
部長田中の声が、空気を殴る。
声の主は、やたらと自信に満ちている。勝ち慣れた人間の雑さだ。
「ウエ――イ!!」
返事が返る。もはや儀式だ。
「舐めてきやがったみたいだからなぁ! ちょっち気合入れてぶっ飛ばしてやるしかねーじゃんよぉ?」
「ウエーイ! 定石が大事だぜぇ! こういうのはよぉ!」
“いつも通り”。
宇恵井の強さは、たぶんそこにある。
同じことを同じ熱量でやり続けられる強さ。
「勝つぞ!! WINーWINーWINだぜ!」
「ウエーイ!!」
声だけで勝てそうな勢いだった。
⸻
実況
画が戻る。
「……宇恵井の生徒たちって、ウエーイって言わないと気が済まないのでしょうか?」
羽月が困惑を隠さずに言う。
「うえーい……なんだかイラっとするわ。宇恵井負けないかな……」
木戸が、実況としてギリギリの本音をこぼす。その表情は今にも誰かを殺しそうである。
「木戸さん。僕たちは中立でいないといけない立場ですので……できればそういう発言は控えて頂けると助かります」
「ちっ……まあいいわ! あっ、そろそろ試合開始ですね! 会場の方へカメラを回しましょう!」
羽月は思った。切り替えの速さが怖い。オンナコワイ。
⸻
試合開始
「それでは瀬戸際高校対宇恵井高校。BETする校区は瀬戸際高校が第七校区、宇恵井高校は第四校区です」
審判の声が、フィールドに落ちる。
勝負が始まる。奪うのは誇りじゃない。校区……つまり領土だ。学校の存続を掛けた、生き残りの戦いが間も無く始まる。
「両陣営、礼っ!」
「よろしくお願いします!!」
声が重なり、すぐに割れた。
「ウエーイ? なに、お前が新しい部長なの? ぷっ! なんでこんな所に小学生がいるのかと思ったぜ!」
「んな! 小学せ……!」
遥の目が三角に吊り上がる。
噛み付く直前に重音が、一歩前に出た。
「久しぶりだね、田中君。君が部長になったんだ。昨年は世話になったけど、今日の試合で前回の雪辱を晴らさせてもらうよ」
「お? ウエーイ! 重音和音じゃねえか。去年は初戦の相手が俺たちで残念だったな。最弱の瀬戸際でも、お前だけは別格だったんだがなぁ?」
田中よしおの笑いは、勝者の笑いだ。
相手の息を吸う前に、空気ごと奪う笑い。
「今年は部長として対戦できると思ってたのによぉ。部長職降ろされたんだって? ダセー奴」
刺さる言葉なのに、重音は笑っている。
「まあ俺が引導を渡してやんよ! さっさと引退しちまいな! はーっはっはっはっは!」
「はは。手厳しいな。だけど僕たちは勝つよ?」
一瞬だけ、重音の笑みの奥に“硬い芯”が見えた。
「……ウエーイ。ま、精々頑張れや」
審判が間に割って入る。
「それぞれ開始位置に着いてください!」
足音が遠ざかっていく。装備が擦れる。盾が鳴る。
誰かが唾を飲み込む音まで聞こえそうな沈黙が、広いフィールドを満たした。
「なにあいつ、感じ悪いなぁ」
遥が吐き捨てる。
重音は肩をすくめた。
「まあ気にしなくていいよ。部長の座を君たちに降ろされたのは事実だしね。はは……」
一瞬だけ顔に縦線入り闇に落ちかける重音。相手に言われてもさほど気にならないが、自分で言うのはまだちょっと辛いらしい。笑って言うのが、余計に刺さる。
だが、気を取り直して宣言した。
「それに勝つのは僕たちの方だ。遥、いや遥部長! 勝つぞ!」
「そうね! 目にもの見せてあげるんだから!!」
審判の声が、遠くから響く。
「それでは騎馬戦ゲーム、宇恵井高校対瀬戸際高校――始め!」
次の瞬間。
法螺貝の戦闘開始音が、フィールドを裂いた。
空気が、変わる。
遊びじゃない。これは“奪い合い”だ。
「いっくぞー!」
遥が叫ぶ。
叫びが、部隊の心拍数を上げる。
「遥ちゃん直属突撃部隊の皆っ! レッツ全軍全速前しーん!!」
「おお――!!」
瀬戸際の右翼部隊。
三十六人が、いっせいに前へ出る。
遠目には二人騎馬のように見える。三人一組で、互いの距離を詰め、武器と盾の角度を揃え、隊列を“太く”見せる。
――宇恵井に「右から正面突破する気だ」と思わせるための、わざとらしい“形”。
宇恵井のファランクスが動き出す。
盾が並ぶ。槍が前へ出る。
その密集は、確かにサボテンの群れみたいだった。
中央後方では重音の三人騎馬が、総大将の結女の前方を囲い、どっしり構えたまま機を伺う。
その前方には――郁佳の六人部隊が、最初の壁として低く構えていた。
最後方、全体を見渡し、うっすらと笑う結女の目には、計算の色が輝く。余裕は崩れない。
そして二十メートル。
結女が、いつもの“ゆるふわ”の声で言った。
「……今だよー」
その一言で、遥の部隊が“形”を捨てた。
三人一組が解ける。
歩兵に戻る。
そして――右へ。
「右ぃぃぃ! 全力っ!!」
遥の声で、三十六人が横に走る。
整った隊列が、風に変わった。
宇恵井の前線が、一拍だけ反応を遅らせる。
密集隊形は強い。だが、長槍を持つファランクスはその武器が邪魔をする。
どれだけ修練を積もうがその陣の転回は遅くなる。
瑠衣が、その右展開の先頭で、静かに笑った。
「狩って狩って狩りまくる。ふふふ」
その“ふふふ”が、妙に怖かった。
その場にいた何人かの男たちは悪寒に包まれた。
その……きっと宇恵井の面々も色々狩られちゃうのだろう。
南無三。
――さて。
密集のサボテンは、横腹を突かれたらどうなるのか。
戦いの答えは、これからフィールドに描かれる。
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