昼休みの宣戦布告。――なお、元部長はお腰トントン中
昼休み、校長室に宣戦布告。
その頃、部室では元部長がお腰をトントントン。
戦争は、わりと変な場所から始まります。
時間は少し遡る。
昼休みの校長室に一本の電話が入った。
一部の者にしか伝えていない、直通の回線である。
コール音が二度、三度……。
静けさを切り裂くように、鳴り響いた。
両手で数えるほどの人間しか知らない番号に、着信表示のサービスなど付けるはずもない。
つまり誰からの電話か、出るまでは確定しない。
有名な“箱の中の猫”の様な状況なのだが……
——嫌な予感しかしない。
瀬戸際校長はわずかに眉を寄せ、受話器を取った。
「……はい。瀬戸際高校、校長室」
——間が一拍……。
受話器の向こうから返ってきた声を聞いた瞬間、瀬戸際校長の表情がわずかに硬くなった。
「……その声は……何の用だ。私はお前に用事などないが?」
電話の向こうの声は、どこか湿っていて、笑っている。
少しくぐもって聞こえるのが、逆に不気味だった。
「ウフフフ。お久しぶりですねぇ? 瀬戸際校長。……しかし、お前に用事は無いなどと……つれないお返事ですわねぇ」
ぞわり。甘ったるい声が受話器から這い出る。それは耳から全身に纏わりつく触手のような——背筋を冷やす種類の甘さだった。
「何度も夜を共にした仲ですのに」
瀬戸際校長のこめかみに、青筋が一本浮く。
「視聴者を勘違いさせる台詞はやめろ」
即ツッコミ。メタい。
しかし相手は動じない。むしろ楽しそうに、息を含んだ笑い声が漏れる。
「視聴者? 一体何を仰っているのか分かりませんが……本日お電話させて頂いたのは、宣戦布告の為ですわよ?」
「宣戦布告だと?」
瀬戸際校長は椅子から半分立ち上がり、机に掌をついた。
「どういうことだ、由美!? 騎馬戦ゲームの話なら、お前の潔岳高校は我が校と離れておるだろう!? 波理日と宇恵井を吸収でもしない限り、無理なはずだ!」
受話器の向こうで、由美——潔岳校長が、ゆっくり息を吐く気配がした。
それが、笑いに変わる。
「うふふふ。本来ならそうですわね。けれど……周辺校と校区の一部を交換して、あなたの懐に近づいたとしたら……如何です?」
瀬戸際校長の喉が鳴る。
「……なん、だと……?」
「あなたには、しっかりとあの時のお礼をさせて貰わないといけませんからね」
その甘さは、優しさではない。
舌の上で溶ける前に、毒だけを置いていく。
「それでは失礼しますわ」
ツー……という無機質な切断音。
受話器を握る校長の指だけが、ぎり、と鳴った。
「くっ……波理日と宇恵井め」
歯噛みする声が、校長室の静けさに沈む。
「きやつら……私を裏切りおったのか……?」
返事はない。
あるのは机の上の紙束と、胸の奥に落ちていく嫌な予感だけだった。
——————
部室
部室は、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まり返り、落ち着いている。
いや、正確に言うなら。
——夏草や兵どもが夢の跡。
松尾芭蕉の俳句そのまんまの状況であった。
四人の少女たちに、とんでもない場所を集中攻撃され、連撃され、精神的に死んだ男たち四人が悶え苦しんでいた。阿鼻叫喚の地獄絵図である。
戦闘に参加していなかった者たちも、その痛みを想像したのか、青い顔で微妙に内股気味になっている。
ごめん、面白い。
「私たちの勝ちね」
遥が言うと、そのうちの一人、重音和音が青い顔のまま腰の後ろのあたりをトントンしながら、なんとか立ち上がった。
さっきまでのイケメン然とした余裕が、完全に消えている。
「うぅ……ま、まさか……本当に負けるとは……」
「ふっふっふ。約束は覚えているわね?」
遥の目が、悪い笑みになる。
逃がさない、と言わんばかりに。
重音は左側の頬を引き攣かせ、一瞬だけ悔しそうに目を閉じ、すぐに笑って見せた。
「ふっ……はは。ああ、男に二言はない。完敗だよ。今日から部長は君だ」
そして、冗談みたいに軽く言った、その直後。
彼の声色だけが、少し真面目に沈む。トントンは継続中だ。
「……だけど、これからどうするつもりなんだ? 噂では潔岳高校が、僕たちの瀬戸際高校を狙っているって話だぞ?」
ずっとお腰はトントントン。
遥たちの空気が、ほんの少しだけ変わった。
重音は続ける。もちろんトントンしながら。
「奴らは去年の全国大会でベスト4まで行った強豪校だ。さすがに経験のない君達で、何とかなるとは思えない」
結女が、ふわっと首を傾けた。
いつもの“ゆるふわ”のまま、核心を突く聞き方をする。
「うーん、潔岳校ってどんなチームなんですかー?」
重音は、なぜか微妙な顔になってから口を開く。
「まず潔岳高校は私立で……苗字か名前のどちらかに“潔”の字が入っていないと入れない学校だね」
空気が止まる。
次の瞬間、遥と郁佳が同時に叫んだ。
「「なんだそりゃー!」」
瑠衣は一拍遅れて、真顔のまま結論だけを落とす。
「理解不能……」
重音は、肩をすくめた。
「僕もそこはよく分からないんだけど……一つ言えることは、潔岳高校の騎士チームは強い」
そして、少し間を置く。
その間が、イヤな予感を育てる。
「それと……あそこの校長は元々この学校の教頭だったらしくて。何故か校長先生に恨みを抱いているって話なんだ」
遥の視線が泳ぐ。
「……校長先生、一体何をやったのかしら?」
「さぁね……」
重音は苦笑しつつ、話を戦略面に戻す。
「でも宣戦布告をするには校区が隣り合っていないといけない。だから宇恵井高校と波理日高校の校長を取り込んで、校区を交換したみたいなんだ」
「無駄に行動が早いわね」
「僕も驚いている。なんたって校区の奪い合いなんて話が出たのが、昨日の今日くらいの話だからね。非公式の情報くらいあったかもしれないけど、あまりに迅速が過ぎる」
郁佳が、腕を組んだまま首を傾ける。
「“元部長”さんは潔岳高校と戦ったことがあるんですか?」
ピクリとする重音。一瞬だけ目を伏せた。
「……以前にね。惨敗だったよ」
結女は、そこを逃さない。
相変わらず柔らかい声のまま、情報を抜く。
「じゃあ、規模と戦い方の特徴とか、教えてもらってもいいかしらー? 元部長さん?」
重音の顔に縦線が入る。
「元部長……。いや、あの、いいんだけど。なんかちょっと辛いから、名前で呼んでもらっていい?」
「了解でーす。重音元部長」
「……嫌がらせかい?」
「えへへー。冗談ですよー」
重音は深く息を吐いた。
諦めた人間の溜息には、妙な説得力がある。
ゆっくりと話し始めた。
「……潔岳高校の騎士部は、去年の大会時点で六十人。総大将を含む四人が三人騎馬で、残りの四十四人が全員一人騎馬……つまり歩兵だ」
遥の眉が上がる。
「えっ!? ちょっと待って!? 確か、騎馬と歩兵だったら、ダメも被ダメも、三〜五倍くらいのポイント差がなかったっけ!?」
そう。歩兵は騎兵に対して与えるダメージ計算式は五分の一、受けるダメージは三倍になるのだ。
つまり、倒しにくく倒されやすい兵種である。
「さすがによく知ってるね。うん。でもそこを潔岳は、攻防の練度とスピードでひっくり返してくる」
結女の目が、わずかに“計算”の光を帯びた。
「ちなみに歩兵は盾と槍を持って、前進してくる。典型的なパワータイプだね」
重音はそう言葉を結んだ。
「なるほどー」
結女が、にっこり笑う。
「ファランクスの密集隊列ねー」
「ファランクスの密集隊列??」
遥の声が裏返る。
結女は説明を“例え”で通す。そこが強い。
「古代ギリシャで採用されていた陣形よー。盾を持ったサボテンが突進してくるのを想像してみてー」
「ひょえっ!」
遥の悲鳴が、いちいちかわいい。
重音は結女を見て、ちょっと感心した顔になる。
「しかもうちの部員数は君たちを入れても四十四人。規模も負けてるし、宣戦布告までのスピードを考えると……もしかしたら最大人数の百二十人を揃えてくる可能性も高い」
郁佳が、目だけを細めて呟く。
「中々面倒そうな相手ですね」
結女は、肩の力が抜けたまま結論を置く。
「たしかにそうねー。でも、まあ大丈夫よー。騎馬戦を大々的にやるくらいだもの。バトル会場は広いでしょうしー、ファランクスは横と後ろからの攻撃には弱いからー。うまく連携したら勝機は十分にあるわー」
そして、さらりと次の段階へ移る。
「でもその前に……そうねー。練習がてら、どこか……もう少し規模が小さくて、良く似た戦い方をする学校はないかしらー?」
重音が、口を開きかける。
「あー、それなら……」
その“なら”の先が言い切られる前に、部室の空気がふっと変わった。
どこか遠くから、実況席のざわめきみたいな気配が近づいてくる。
潔岳高校、ついに本格始動です。
全国ベスト4の強豪校。
ファランクス型の密集隊列。
そして、校長同士のなにやら湿った因縁。
一方その頃、重音元部長はまだお腰トントン中でした。
がんばれ元部長。
次回、四姉妹〈フォーシスターズ〉の餌食……げふんげふん、練習相手になりそうな学校が出て来ます。
いよいよ戦いは、部室の中から外へ。
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