【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 拾参話 〜転生しなくてもスライムですが何か?〜
そのスライムは待っていた。
誰かがこの道へ侵入したらしい。
ここは鬼穴核へ続く秘密の近道。
四天王を倒さずに進める代わりに、侵入者は必ず自分の前を通る。
役目は単純だった。
服を溶かす。
それだけでいい。
服を失えば人間は慌てる。
必死に揃えたのであろう装備品が、全て破壊される。
泣く。
逃げる。
その隙に仕留める。
簡単な仕事だった。
今日も、そうなるはずだった。
やがて、通路の奥から足音が聞こえてきた。
ぺた。
ぺた。
ぺた。
……妙だ。
人間の足音にしては少し鈍い。
スライムは身体を低くした。
暗闇から姿を現したのは――
怪獣だった。
何アレ?
緑色の怪獣が二匹。
口の部分からまだ幼さの残る人間の顔だけが出ている。
経験則から、二体とも雌の個体であろうと推測した。
彼(または彼女?)は静かに観測する。戦いは情報が全てと言っても過言では無いのだ。
現れた二匹の怪獣。片方は玩具のような槌を持ち、表情が抜け落ちたように虚ろな目をしていた。
もう片方は玩具の人形の様に無表情だった。
さらに、その槌を持った怪獣が、反対の手でなにやら光る小さな板をもっていた。しかもそこから、白い着物の女が上半身だけ出ている。
スライムは考えた。
……鬼穴って、こんなのいたっけ?
『この先です』
——あ。あいつは四天王最弱の存在、やすこではないか。
やすこが札を掲げる。
怪獣が頷く。
もう一匹も頷く。
会話が成立していた。
意味がわからない。やすこ、裏切ったのか?
だが仕事だ。
考えるのはあとでいい。
スライムは勢いよく飛び出した。
ぺちゃっ!
ピコピコハンマーを持つ怪獣へ張り付く。
「ひゃあっ!」
いい悲鳴だった。
スライムは溶解液を流し込む。
じゅううう……
怪獣の皮膚が溶けていく。
勝った。
そう思った。
「わあっ! 本当に溶ける!」
怪獣が慌てている。
いい。
もっと慌てろ。
もっと溶かしてやる。
その時だった。
怪獣の外皮が、べろんと剥がれ落ちた。
中から出てきたのは――
黒っぽい艶のある衣装だった。
長い年月を生きたスライムはそれが文字というものであることは知っていた。読むことはできないが……。
スライムは固まった。
……脱皮?
「だから言ったじゃん!」
怪獣が叫ぶ。
「第二段階」
もう一匹が頷く。
「第二段階じゃない!!」
違うのか。
だが見た目は完全に第二段階だった。
しかも――
「あれ?」
スライムは気付いた。
さっきより動きが軽い。
怪獣はぴょんぴょん飛び回りながらピコピコハンマーを振り回している。
速い。
さっきより確実に速い。
スライムは震えた。
やはり脱皮だった。
外皮を捨てることで機動力を上げる生物なのだ。
なんて恐ろしい。
「瑠衣! そっちも溶けてる!」
もう一匹の怪獣を見る。
肩が少し溶けている。
よし。
今度こそ。
スライムは飛び掛かった。
じゅううう……
怪獣の皮膚が溶ける。
今度こそ成功――
「うん」
怪獣が頷いた。
そして。
もう一着、怪獣を着た。
スライムは止まった。
…………。
「なんで予備まであるの!?」
「念のため」
「念のためで怪獣二着持ってる人いないから!!」
スライムは理解した。
この怪獣は。
二回脱皮する。
しかも自分で脱皮するための皮を着る。
なにあれ、ずるくない?
服を溶かす能力は。
進化を促してしまう。
あ、詰んだ。
この相手には相性が最悪だった。
無表情怪獣がこちらを向く。
指を二本立てる。
「めっ」
青白い光。
身体が半分消えた。
もう一匹も走ってくる。
「私のゴ◯ラ返せー!!」
まずい。
返せない。
だって溶かしちゃったから。
『……』
一瞬考えるスライム。
考えた結果スライムは、逃げた。
全力で逃げた。
服を溶かせば人間は弱くなる。
そう教えられてきた。
だが目の前の怪獣は違った。
溶かすほど。
軽くなり。
速くなり。
強くなる。
スライムは最後に学んだ。
服を溶かす相手は、ちゃんと選ばなければならない。
次の瞬間。
「めっ」
青白い光が視界を埋め尽くした。
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