【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 拾話 〜笑ってはいけない陰陽師とマイケルとフォー〜
結界の内側で、二人はしばらく息を整えた。
廊下の向こうには、まだ闇が続いている。
鬼穴の最深部。
鬼穴の核。
そして、名前を知られた言霊喰い。
考えれば考えるほど、状況は悪い。
「……ねえ、瑠衣」
「なに?」
「さっきの女、また来ると思う?」
「来る」
「そうよね」
「でも結界を張った。だから暫くは大丈夫」
「……どれくらい保つの?」
遥はピコピコハンマーを握りしめた。
できれば二度と会いたくない。
あの女怪異は、怖い。
「ここでネタ合わせをするくらいの時間は取れる」
「ネタ合わせ!? 結界って楽屋裏なのっ!?」
「……そんなに大きく違わない」
「違わないんだ!」
ツッコミを封じられるというのは、遥にとって想像以上に地獄だった。
「で、どうするの? また禁言の間みたいなことされたら、不利じゃない?」
「受けて立つ」
「受けて立つって? どういうこと?」
「うん。正面から、笑わせる」
「ぶふっ!」
遥は吹き出した。
「どうやって笑わせるのよ!」
瑠衣はまたどこからともなく、今度は白い手袋を二組取り出した。
遥は無言でそれを見た。
白い手袋。
いやな予感がした。
「……あの、瑠衣さん?」
「なに?」
「それはいったいなにかしら?」
「山ノ井流・無言祓舞用の手袋」
「まさかのマイ◯ル!」
「違う、伝統」
「絶対うそだ!」
「しっ」
瑠衣が人差し指を唇に当てた。
そのままナイツゲームで培った手信号でいくつかの指示をする。
「来た」
その瞬間。
結界の外側に、一枚の札がひらりと落ちた。
白い札。
墨で文字が書かれている。
『第二ラウンド』
遥の顔が引きつった。
「来た……」
声を出した瞬間、遥は慌てて口を押さえた。
まだ禁言の間ではない。
だが、あの女が近くにいるというだけで、反射的に警戒してしまう。
廊下の奥の闇が、すうっと滲んだ。
黒い水が、床板の隙間から染み出してくる。
その水面の上に、白い着物の女が立っていた。
女は札を出す。
『見ぃ〜つけた』
長い黒髪。
見えない顔。
けれど、笑っているとわかる気配。
『また、あそびましょう』
絶対いや!
遥は心の中で即答した。
瑠衣が一歩前に出る。
女は次の札を出した。
『声、出したら負け』
空気が、ぴんと張る。
遥は口を閉じた。
ここから先はまた、声を出せない。
女は満足そうに頷いた。
さらに札。
『笑っても負け』
遥は目を剥いた。
またそれか。
またその最低ルールか。
声は出さない。
だが目で全力で抗議する。
女は札を揺らした。
黒い水面がぽこりと膨らむ。
小河童。
唐傘。
アカナメBミニ。
一反木綿。
見覚えのある最低メンバーが、次々と現れた。
まださっきの変身(?)はしていない。
瑠衣が動いた。先制攻撃である。
徐に白い手袋をはめる。
いつもの様に、どこからともなく取り出したオーディオをスイッチオン。
四つ打ちのダンスミュージックが流れ出す。
え?
なに?
何をやるの?
目で問いかける。
瑠衣は静かに頷いた。
そして、無表情のまま床を滑った。
すうっ。
音もなく滑るよう後ろへ。
遥の目が丸くなる。
何その動き。見たことない。
いや、知ってる。ムー◯ウォークだった。
でも、なんでそんなことできるのか?
言いたい。
ものすごく言いたい。
でも言えない。
瑠衣は無表情のまま、床を滑った。
すうっ——音もなく後ろへ。
片手を軽く上げ、見えない帽子のつばを押さえる仕草。
もう片方の手は股間に添え、前後に腰を振る。
四つ打ちのビートに完璧に同期した、無重力のような足捌き。すっごいリズミカル。
ちょっ! 瑠衣?!
言いたい!!
くるっとターンを滑るようにキメる。
次の瞬間、また床を滑る。
すうっ。
無音。
無表情。
妙にキレがある。
足を前に蹴り出し、肩と腕で波打つ様な動き。
さらにターン。
左手をキメた。
女怪異が札を出した。
『なにそれ』
遥も同感だった。
何それ。
だが瑠衣は答えない。
答えるわけがない。
禁言の間である。
瑠衣はさらに一歩滑り、ほんの一瞬だけ、女怪異の方へ顔を向けた。
遥からは、見えなかった。
ただ、女怪異の肩が、ぴくりと震えた。
次の札。
『今の何!?』
遥は目を瞬かせた。
今の?
何が?
瑠衣は何もなかったように正面を向く。
そして、指先で遥を呼んだ。
来て。
合図である。ナイツゲームで培った手信号。
嫌な予感しかしない。
だが、ここで立ち止まれば、女怪異に主導権を握られる。
遥はぎこちなく前へ出た。
瑠衣が、腰を少し落とす。
遥も真似する。
両手を頭へ。
瑠衣がやっていたのは、伝説のポップでキングなあの人のダンスだ。
初見の遥にできるわけもなく。
陰陽師の衣装で、ビリー◯ーンを、カッコよく踊る瑠衣の後ろには……
——見様見真似で腰を振る……
HGがいた。
遥の顔が、一気に真っ赤になる。
ナンダコレ!?
何この動き。
声は出せない。
でも、心は叫んでいた。
なんで私、謎の穴の奥でこんな踊りを!?
女怪異が札を出す。
『なにをしてるの?』
遥の肩が震えた。
危ない。
今のは危なかった。
それは私が聞きたい! と言いそうになった。
瑠衣はすっと横へ滑る。
もう一度言おう。陰陽師の衣装で伝説的なポップなキングなあの人を彷彿とさせる、重力を感じさせない足さばきをする瑠衣。
その後ろで、名前入り(瑠衣のお母さん)のブルマ体操着で顔を真っ赤にしながら、乙女であることを全否定するような腰の動きを続ける、遥。
絵面は事故だった。
完全に事故だった。
だが、効いていた。
女怪異の札が増える。
『組み合わせが最悪』
『でも目が離せない』
『後ろの子、顔が死んでる。私怪異だけど心配。大丈夫?』
遥は目だけで叫んだ。
うるさい!
瑠衣がまた一瞬だけ、女怪異の方を見る。
遥には見えない。
だが、女怪異の札が震えた。
『待って』
瑠衣はまた正面を向く。
無表情。
何事もなかったような顔。
そしてもう一度、滑る。
すうっ。
ターン。
その一瞬。
また女怪異を見る。
遥には、やっぱり見えない。
女怪異が札を落としかけた。
『やめて』
肩が震えてる。
『急に顔だけ別ジャンルはやめて』
遥は踊りながら瑠衣を見た。
何してるの?
今、何したの?
目で訴える。
めっちゃ気になる。
瑠衣は無表情のまま、親指を立てた。
意味がわからない。
女怪異の肩が震えている。
小河童も震えている。
唐傘も閉じたまま震えている。
アカナメBミニは床を磨く手を止めている。
一反木綿は背景幕の役割を忘れて、ただ揺れている。
瑠衣が最後の一歩を踏み出した。
すうっ。
床を滑る。
無音。
無表情。
そして、女怪異の真正面で、ぴたりと止まる。
遥には、瑠衣の後頭部しか見えない。
瑠衣は、ほんの少しだけ首を右へ傾けた。
女怪異の肩が、びくんと跳ねた。
肩が震える。次いで札が落ちる。
頬も限界まで膨らんだ。
『だめ』
もう一枚。
『それ以上はだめ! 無理!』
フリップが全部落ちる。
そして女怪異の目が血走る。
瑠衣が首を逆側へと傾ける。
かっくん。
一瞬の間……。
「……ぶふぉっ!!」
ついに女が吹いた。
禁言の間の効果が発動する。女怪異の動きが止まった。
遥には見えなかった。
見えなかったが。
女怪異が、崩れ落ちた。
黒い水面が大きく波打つ。
女の怪異の側から見ていた小妖怪たちも、吹き出す。そして倒れていく。
式神的な存在だったのだろう。木で作られた札が、水面に落ちた。
瑠衣がさらにターン。遥からは背中と後頭部しか見えない。
最後の力を振り絞って女はフリップを書き残した。
『無理』
次の札。
『負けました』
さらに一枚。
『その顔は禁忌』
遥は踊りを止めた。
肩で息をしている。
羞恥と疲労で、顔は真っ赤だ。
だが、それ以上に気になった。
瑠衣……?
今、何したの。
瑠衣はゆっくり振り返った。
いつもの無表情だった。
何もしていません、という顔だった。
絶対に嘘だ。
女怪異は水面にぷかぷかと浮いている。
その手元に札が浮かぶ。
『降参、命ばかりはお助けを』
もう一枚。
『配下になります』
遥は目を剥いた。
配下?
今、配下って書いた?
女怪異は深々と頭を下げた。
さらに札。
『一つだけお願いがあります……』
一拍。
『さっきの顔は二度とやらないでください。お願いします』
遥は瑠衣を見た。
瑠衣は目を逸らした。
遥は確信した。
何かした。
とんでもない何かをした。
禁言の間の支配者が、配下になるくらいの何かを。
瑠衣は静かに印を結んだ。
声は出さない。
唇だけが動く。
黒い水面に青白い光が走る。
女怪異の足元に、小さな紋が浮かび上がった。
契約の印。
たぶん、そういうものだった。
女怪異は起き上がり、放心したまま札を掲げる。
『今後ともよろしくお願いします』
遥は両手で頭を抱えた。
心の中で全力で叫んでいた。
なんでそうなるの!?
その瞬間、禁言の圧がふっと消えた。
声が戻る。
空気が軽くなる。
瑠衣が小さく息を吐いた。
「終わった」
遥は即座に詰め寄った。
「瑠衣、今の何!? 今、何したの!? あの女、なんで急に負けたの!?」
「少し、表情を変えただけ。……顔芸?」
「少しでああなるわけないでしょ!?」
「はるちゃんには見せられない」
「なんで!?」
「危ないから」
「何が!?」
「たぶん、笑いすぎて声が持っていかれる」
「そんな劇物なの!?」
女怪異が札を出した。
『劇物です』
「怪異公認!?」
瑠衣は女怪異を見た。
女怪異はびくっと肩を跳ねさせ、慌てて札を出す。
『すみません』
完全に上下関係ができていた。
遥は、しばらくその光景を見つめた。
鬼穴。
やはり思っていたより最低で。
そして、瑠衣の顔芸は、どうやら怪異すら屈服させるらしかった。
面白い!続きが気になる!
そう思っていただけた方はブクマとかいいねとか押していってください。
よろしくお願いします!
ネタ元
HG=レイザーラモンHG。
平成中期に「ふぉーー!」と叫びながら高速で腰振りまくる芸で流行った芸人さん笑笑




