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騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


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【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 九話 〜言霊喰い〜

 板張りの道が、ぎしぎしと悲鳴を上げる。


 背後では黒い水が盛り上がり、無数の手のような波が伸びてくる。


 声はない。


 水音すらない。


 けれど、追ってきている。


 はっきりと、わかる。


 瑠衣が遥の手を引いて走る。


 遥も必死に足を動かした。


 体操着。


 ブルマ。


 ピコピコハンマー。


 禁言の間。


 鬼・ケツレンジャー。


 いろいろなものが頭の中でぐるぐる回る。


 今だけは考えるな。


 考えたら負ける。


 考えたら絶対にツッコむ。


 だが、背後でまた女の気配がした。


 遥の頭の中に、声が響く。


 ――またね。


 遥は歯を食いしばった。


 言わない。


 何も言わない。


 ぜったい言わない。


 その瞬間、目の前に襖が現れた。


 行きに通った襖だ。


 古びた木枠。


 黄ばんだ紙。


 そこに書かれた文字は、さっきと少し変わっていた。


『出口はこちら』


 遥の目が細くなる。


 信用できない。


 絶対に信用できない。


 しかし、瑠衣は迷わなかった。


 右手で印を切る。


 声は出さない。


 唇だけが動く。


 襖の表面に、薄い光が走った。


 罠ではない。


 たぶん。


 瑠衣が襖へ飛び込む。


 遥も引っ張られるまま、そこへ飛び込んだ。


 瞬間。


 世界が反転した。


 足元の板張りが消え、黒い水面が遠ざかり、体がふわりと浮く。


 次の瞬間、二人は廊下へ転がり出た。


「っ!」


 遥は床に手をついた。


 冷たい木の感触。


 古い館の匂い。


 遠くで、何かが軋む音。


 戻ってきた。


 ここは禁言の間ではないと、瑠衣が頷く。


 声が、出せる。


 その事実を理解した瞬間。


 遥は大きく息を吸った。


 瑠衣が何かを察したように、そっと一歩下がる。


「鬼・ケツレンジャーって何よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 館全体が震えた。


 廊下の窓が、びりびりと鳴る。


 どこか遠くで、妖怪らしきものが「ひっ」と小さく悲鳴を上げた気がした。


「なんでそこで切ったの!? 鬼穴でしょ!? 鬼の穴でしょ!? なのになんで鬼・ケツなのよ! 河童はまだわかるわよ!? 尻子玉があるから! でも唐傘お化けは関係ないでしょ!? いや、ふんどし出してきた時点で関係あるの!? 関係あるのが嫌すぎる!!」


 止まらない。


 溜め込んだツッコミが、決壊した。


「しかもアカナメBがピンク担当なのは納得できるけど納得したくない! 用務員戦隊ってなによ! 学校の用務員さんに謝りなさいよ! 一反木綿は幕役なの!? 戦隊に布担当っている!? しかも固結びになって落ちるな! 自分のアイデンティティ管理しようよ!!」


 遥は息を吸う。叫び過ぎてゼェゼェしちゃう。


 でもまだ終わらない。


「それに! 『声を出したら負け』って、知ってるわよ! こっちは必死で我慢してるのよ! そこに『不正解』とか『照れ屋さん』とか『お幸せに』とか!」


「……ごめん」


 瑠衣が小さく謝った。


 耳がまだ少し赤い。


 遥は肩で息をした。


 叫びすぎて、少し喉が痛い。


 でも、すっきりした。


 ものすごくすっきりした。


 人間、ツッコミを我慢しすぎると健康に悪い。


 たぶん。


 遥はそう確信した。


 瑠衣はそんな遥を見て、少しだけ安心したように目を細める。


 遥はピコピコハンマーを握り直す。


「……で? さっきの女、何だったの?」


 遥が尋ねると、瑠衣の表情が少しだけ引き締まった。


「たぶん、言霊喰い」


「ことだまぐい?」


「声に乗った名前や感情を喰う怪異。普通は、恐怖で声を出させる。でも、はるちゃんには通じにくいと判断したのかもしれない」


「だから笑わせにきたんだ?」


「たぶん」


「最悪の適応力!」


「はるちゃんの弱点を見抜くのが早かった」


「私の弱点、笑いとツッコミなの!?」


「うん」


「否定しようか!?」


 瑠衣は少し考えた。


 そして、真顔で言った。


「あと、可愛いと言われること」


「今それ関係ある!?」


「ある」


「ない!」


 遥は頬を赤くしながら叫ぶ。


 その反応に、瑠衣は少しだけ満足そうだった。


 しかし、その空気はすぐに途切れた。


 廊下の奥から、ぱさり、と紙の落ちる音がした。


 二人は同時に振り向く。


 古い床の上に、一枚の札が落ちていた。


 白い札。


 墨で文字が書かれている。


 遥は嫌な予感を覚えながら、そっと近づいた。


 瑠衣が横で警戒する。


 札には、こう書かれていた。


『本日の採点』


「採点!?」


 叫んでから、遥は慌てて口を押さえた。


 もう禁言の間ではない。


 ないはず。


 たぶん。


 瑠衣が札を拾い上げる。


 裏面にも文字があった。


『遥さん 九十二点』


「なんで名前知ってるの!?」


 遥の背筋がぞわりと冷える。


 禁言の間では、名前を呼ばせることが目的だったはずだ。


 なのに、向こうはすでに名前を知っている。


 瑠衣の目が細くなった。


「……まずい」


「え、なに? まずいってなに?」


「名前を知られている」


「それ、もしかしてかなりまずいやつ?」


「うん」


「げぇっ! どうやばいの?」


 瑠衣は札を睨みつける。


「少しだけ待って」


 指先に力がこもった。


 札の端が、じり、と焦げる。


 しかし、燃えない。


 墨の文字だけが、ぬらりと黒く光っている。


 さらに文字が浮かび上がった。


『減点理由:中指』


「そこ採点対象なの!?」


 遥は思わず叫んだ。


 瑠衣がそっと視線を逸らす。


「外国人相手だと殺されてもおかしくない」


「待って? 今、味方して!? あれは外人じゃなくて人外!」


 札の文字がまた変わる。


『瑠衣さん 八十八点』


 瑠衣の眉がぴくりと動いた。


「……わたしも?」


「瑠衣も採点されてる!?」


 さらに文字が浮かぶ。


『減点理由:途中で笑った』


 瑠衣は無言で札を握り潰した。


 ばきっ。


 紙のはずなのに、硬いものが砕けるような音がした。


「怒った!?」


「怒ってない」


「めちゃくちゃ怒ってる!」


「笑ってない」


「いや笑ってたから!」


「……負けたみたいで嫌」


 瑠衣は握り潰した札を床へ落とす。


 札は黒い水のように溶け、床板の隙間へ染み込んでいった。


 遥はそれを見て、思わず一歩下がる。


「……ねえ、瑠衣。あれ、もしかして追ってくる?」


「追ってくる」


「名前を知られたから?」


「そう。それがさっきの答え。ヤバい理由。向こう側がこちら側に干渉する道が開いてしまった」


「え、ど、どうしよう!?」


 廊下の奥。


 禁言の間があったはずの場所は、すでにただの闇に戻っていた。


 襖もない。


 黒い水もない。


 女の姿もない。


 なのに。


 見られている。


 遥はそう感じた。


 さっきと同じだ。


 顔が見えないのに、見られているとわかる。


 喉の奥が、ひゅっと冷たくなる。


 瑠衣が遥の前へ出た。


「逃げても無駄……それならこの鬼穴の最深部へ行く」


「最深部?」


「鬼穴の核を砕く」


「……核って? よくあるダンジョンコアみたいなやつ?」

 遥はローファンタジー脳で即座に変換した。


「近い。この鬼穴を開いた元凶がそこに眠っているはず。それを叩く」


「ピコピコハンマーで?」


「そう。たぶん、四連打くらいしたら砕ける」

「細かいっ!」

 声が出せるからツッコミ放題だ。調子が戻ってきた。遥のツッコミが早い。早さの証拠に、さっきまであった空白の行もなくなっちゃう。メタい。


「とりあえず」


「とりあえず!?」


 瑠衣は足元に札を三枚置いた。


「休憩」


 遥は漫画みたいにずっこけた。


 瑠衣は廊下の板の上に、三角形を作るように並べる。


 そして、無言ではなく、今度は小さく声に出した。


「急急如律令。名を縛るもの、声を惑わすもの、此処より先へ通すべからず」


 札が青白く光る。


 空気が一瞬だけ重くなった。


 遥の耳元で、何かが囁こうとした気がした。


 けれど、それはすぐに遠ざかる。


 結界が張られたのだとわかった。

ちょい休憩回やね。

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