↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎馬戦記⭐︎ガールズナイツ  作者: mutsu!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/109

【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 八話 〜命懸け! 笑ってはいけない鬼・ケツレンジャー〜

 女は、黒い水面の向こうで、静かに首を傾げた。


 長く黒い髪が、さらりと揺れる。


 顔は、やはり見えない。


 けれど、笑っている。


 なぜか、そう思った。


 ——あそびましょう。


 もう一度、頭の中に声が響く。


 遥は全力で首を横に振った。


 嫌です。


 絶対に嫌です。


 そう目で訴える。


 女は少しだけ肩を落とした。


 そのまま肩をすくめ、欧米人がやるように両手を見せ、ため息をする。首まで振っちゃう。長く垂れ下がった前髪が揺れた。


 二人は思った。なんだかイラッとする。


 そしてその仕草が、妙に人間くさい。


 次の瞬間、女は袖の中から、すっと何かを取り出した。


 札だった。


 白い札。


 そこに、墨で大きく文字が書かれている。


『声、出したら負け』


 遥の眉間に、深い皺が寄った。


 知ってる。そしてそれを作ったのはお前だろう。


 目でそう訴える。


 女はこくりと頷いた。


 わかっているならよろしい、とでも言いたげに。


 腹が立つ。


 声が出せないだけで、ここまで腹が立つとは思わなかった。


 遥は口を真一文字に結んだ。


 その横で、瑠衣がトンファーを構えたまま、じっと女を見ている。


 緊張している。


 間違いなく、警戒している。


 この女は危険だ。


 遥にもわかった。


 けれど。


 女が次に取り出したものを見た瞬間、遥の緊張は変な方向へ吹き飛びかけた。


 フリップだった。


『第一問』


 女は水面の上で、すっとフリップを掲げる。


 続けて、二枚目。


『これは何でしょう?』


 その直後、女は袖の中から、白い布を取り出した。


 ひらひらと揺らす。


 長い布。


 ゆらゆら。


 ふわふわ。


 くねくね。


 一反木綿だった。


 いや、正確には一反木綿の物真似だった。


 遥の頬が、ぴくりと引きつる。


 答えはわかる。


 わかるけど、言えない。


 言えないことをわかった上で、問題にしてきている。


 性格が悪い。


 女はじっと遥を見た。


 答えは?


 とでも言うように。


 遥は口を閉じたまま、両手を交差させて大きくバツを作った。


 答えません。


 女は、また札を出した。


『不正解』


 遥は目を剥いた。


 いや、答えてない!


 不正解もなにも、答えてない!


 喉まで出かかった言葉を、遥は必死に飲み込んだ。


 危ない。


 今、かなり危なかった。


 瑠衣が横から、そっと遥の肩に手を置いた。


 落ち着いて。


 そういう圧だった。


 遥はこくこくと頷く。


 わかってる。


 わかってるけど、腹が立つ。


 女は三枚目の札を出した。


『第二問』


 まだやるのか。


 遥は目で抗議した。


 女は無視した。


 袖の中から、今度は小さな和傘を取り出す。


 遥の目が、すっと細くなった。


 嫌な予感がした。


 とても嫌な予感がした。


 女は和傘を持ってをくるくる回した。


 可愛らしく。


 上品に。


 そして、ゆっくりと傘を開こうとする。


 遥は両手で大きくバツを作った。


 開くな。


 それは開くな。


 さっきの記憶が戻る。


 和傘。


 一本足。


 4の字。


 ふんどし。


 見せつけ。


 最低。


 女の手が、傘の留め具にかかる。


 遥はさらに強く首を横に振る。


 開くな。


 本当に開くな。


 女はぴたりと動きを止めた。


 そして、顔の見えないまま、どこか得意げに見えた。


 札を出す。


『開けてほしい?』


 遥は全力で首を横に振った。


 違う。


 逆。


 真逆。


 女はまた札を出した。


『照れ屋さん』


 遥の目が、かっと見開かれた。


 違うわ!!


 声にならない絶叫が、喉の奥で暴れた。


 瑠衣の肩が、わずかに震える。


 遥はぎろりと瑠衣を睨んだ。


 笑うな。


 さっきから笑うな。


 瑠衣は口元を引き結んでいる。


 必死に堪えている顔だった。


 しかし、目だけが少し笑っていた。


 裏切り者。


 遥は目だけでそう告げた。


 瑠衣は目だけで返した。


 ごめん。


 女は二人のやり取りを見ていた。


 そして、すっと札を出した。


『仲良し』


 遥は一瞬だけ固まった。


 瑠衣も、固まった。


 その隙を、女は見逃さなかった。


 次の札。


『お幸せに』


 瑠衣の耳が、わずかに赤くなる。


 遥の顔も、少しだけ熱くなった。


 違う。


 今、そこじゃない。


 違わないけど、そこじゃない。


 とにかく今は、そういう流れではない。


 遥は慌てて首を横に振る。


 瑠衣は、なぜか少しだけ嬉しそうだった。


 違う。


 喜ぶな。


 今、喜ぶ場面じゃない。


 女は満足そうに頷いた。


 そして、次の瞬間。


 女の足元の水面が、ぽこりと膨らんだ。


 黒い水から、何かが浮かび上がってくる。


 丸い。


 緑色。


 皿がある。


 河童だった。


 ただし、小さい。


 手のひらサイズの河童が、水面の上で正座していた。


 小河童は、ぺこりと頭を下げる。


 そして、両手で自分のお尻を守った。


 遥は口を押さえた。


 危ない。


 今のは危なかった。


 なぜ河童の方が尻子玉を守っているのか。


 なぜ被害者面なのか。


 言いたい。


 言いたすぎる。


 女は札を出した。


『彼にも守りたいものがある』


 遥は肩を震わせた。


 笑いではない。


 怒りだ。


 たぶん怒りだ。


 いや、少し笑いかけたかもしれない。


 瑠衣が、ゆっくりと顔を伏せた。


 だめだ。


 瑠衣もかなり危ない。


 女は続けて水面から、唐傘お化けを出した。


 小さい。


 これも手のひらサイズだった。


 唐傘お化けは、ぴょんぴょんと一本足で跳ねる。


 そして、さっきの話を聞いていたのか、恥ずかしそうに傘を閉じたまま、もじもじしている。


 遥は目を閉じた。


 見るな。


 もう見るな。


 あれは危険だ。


 女が札を出した。


『今日は開きません』


 遥は薄目を開けた。


 女がもう一枚、札を出す。


『たぶん』


 遥は目を剥いた。


 たぶんじゃない!


 絶対に開くな!


 喉まで出かかったツッコミを、両手で押さえ込む。


 その横で、瑠衣が震えていた。


 笑っている。


 完全に笑っている。


 ただ、声だけは出していない。


 瑠衣はさすがだった。


 口を結んだまま、肩だけを小刻みに震わせている。


 だが、それはそれで腹が立つ。


 女は今度、アカナメを出した。


 小型のピンク色。


 アカナメBミニである。


 それは水面の上をぺたぺた歩くと、小さな桶を置き、ぺろりと床板を舐めた。


 ぴかっ。


 そこだけ異様に綺麗になった。


 さらにもう一舐め。


 ぴかっ。


 もう一舐め。


 ぴかっ。


 そして、満足げに親指を立てた。


 遥は口を押さえたまま、目だけで叫んだ。


 やめろ! 無駄にニヒルな笑顔でサムズアップはやめろ!


 女は札を出した。


『匠の技』


 遥は膝から崩れそうになった。


 ずるい。


 この女、ずるい。


 やっていることはくだらない。


 でも、声を出せない状況でやられると、ものすごく効く。


 瑠衣が、そっと札を一枚取り出した。


 何かを書いて、遥に見せる。


『見ない方がいい』


 遥はその札を見た。


 そして、無言で瑠衣を睨んだ。


 遅い。


 もう見た。


 全部見た。


 瑠衣は少しだけ目を逸らした。


 女はそれも見逃さない。


 札を出す。


『彼女、けっこう抜けてる』


 遥は両手で口を押さえた。


 それは言っちゃだめ。


 いや、声には出てない。


 でも、言っちゃだめ。


 瑠衣の目が、すっと細くなった。


 笑っていた空気が消える。


 トンファーを握る手に、力がこもる。


 女はすぐに札を裏返した。


『冗談です』


 さらに一枚。


『ごめんなさい』


 妙に素直だった。


 遥は目を瞬かせる。


 この怪異、なんなんだろう。


 怖い。


 怖いはずなのに、さっきから妙に芸が細かい。


 女はまた水面の上に立った。


 小さな妖怪たちは、女の足元へ集まっていく。


 河童。


 唐傘。


 アカナメ。


 一反木綿。


 全員が、こちらを見ている。


 そして、ぺこりと頭を下げた。


 何かが始まる。


 遥は嫌な予感に、背筋を凍らせた。


 女が袖から大きな札を取り出す。


『最後の遊び』


 続けて、もう一枚。


『笑ったら負け』


 遥は固まった。


 待って。


 声を出したら負けじゃなかったの?


 笑ってもだめなの?


 そんな追加ルール聞いてない。


 しかし、たしかに笑えば声が漏れる。


 息も漏れる。


 口も開く。


 つまり、アウト。


 遥は口を両手で押さえた。


 瑠衣も真剣な顔で口元を引き結ぶ。


 女が、ゆっくりと右手を上げた。


 小妖怪たちが横一列に並ぶ。


 河童が、尻を守る。


 唐傘が、開くか開かないかの瀬戸際で震える。


 アカナメが、床を磨く。


 一反木綿が、妙に優雅に舞う。


 そして全員が、なぜか決めポーズを取った。


 中央の女が札を掲げる。


『妖怪用務員戦隊』


 次の札。


『鬼・ケツレンジャー』


 遥は死にそうになった。


 違う。そこで切るな!


 鬼穴はそういう意味じゃない。


 鬼・ケツレンジャーってなに!?


 河童は何色担当なの。


 アカナメBは絶対ピンクでしょ。


 唐傘は何。


 傘だから雨担当?


 いや、考えるな。


 考えたら負ける。


 瑠衣が、隣で完全に下を向いていた。


 肩が震えている。


 かなり危ない。


 遥は必死に瑠衣の袖を引いた。


 しっかりして。


 あなた本職でしょ。


 瑠衣は涙目で頷いた。


 女はさらに札を出した。


『主題歌、いきます』


 遥は目を見開いた。


 歌うな。


 禁言の間で歌うな。


 そっちだけ自由か。


 女は口を開いた。


 けれど声は出ない。


 かわりに、遥の頭の中へ、妙に軽快なリズムだけが流れ込んできた。


 ちゃららー。


 ちゃらららー。


 ちゃららー、ちゃっちゃっ。


 歌詞はない。


 だが、明らかに昭和の特撮風だった。


 小妖怪たちが、無音で踊る。


 河童が皿を押さえながらステップを踏む。


 アカナメBが床を磨きながらターンする。


 一反木綿が背景の幕のように広がる。


 唐傘お化けが、開きかける。


 遥は目を剥いた。


 開くな。


 だから開くな。


 唐傘は、ぎりぎりのところで止まった。


 そして、照れたように傘を閉じた。


 遥の肩が震えた。


 もう限界だった。


 でも、声を出せない。


 出したら、持っていかれる。


 声。


 名前。


 存在。


 それは怖い。


 怖いのに。


 目の前で、鬼・ケツレンジャーが無音で決めポーズを取っている。


 世界は理不尽だった。


 その時、瑠衣が動いた。


 右手の人差し指と中指を立てる。


 声は出さない。


 唇だけが動く。


 女が、ぴたりと札を下ろした。


 空気が変わる。


 笑いの気配が薄れ、黒い水面が、ざわりと波立った。


 瑠衣の目が細くなる。


 遥にもわかった。


 今だ。


 ふざけているように見えた。


 でも、この女はずっと、こちらに口を開かせようとしていた。


 笑わせるために。


 ツッコませるために。


 名前を呼ばせるために。


 そして、少しずつ距離を詰めていた。


 女の足元の水面が、いつの間にか板張りの道のすぐ近くまで広がっている。


 小妖怪たちも、最初よりずっとこちらへ近い。


 遊びではない。


 これは、誘いだった。


 声を出させるための罠。


 瑠衣が左手を振る。


 無音のまま、札が三枚飛んだ。


 水面に突き刺さる。


 瞬間、黒い水が白く泡立った。


 女が、はじめて動きを止める。


 遥は息を殺した。


 瑠衣の唇が、静かに動く。


 ――祓え。


 声はない。


 けれど、空気が応えた。


 板張りの道の左右に、細い光の線が走る。


 結界だった。


 黒い水が、道から押し返されていく。


 女は、少しだけ首を傾げた。


 そして、札を一枚出した。


『つまらない』


 その文字を見た瞬間。


 遥の目が、すっと細くなった。


 つまらない?


 今、つまらないって言った?


 あれだけ自分でボケ倒しておいて?


 こっちは命懸けで我慢してるのに?


 遥の中で、何かが切れかけた。


 瑠衣がすぐに遥の口を押さえる。


 早かった。


 完璧なタイミングだった。


 遥は口を押さえられたまま、女を睨みつけた。


 女は、顔の見えないまま、また笑った気がした。


 そして、最後の札を出した。


『いい目』


 ぞわり。


 今度こそ、遥の背筋が冷えた。


 その一言だけは、笑えなかった。


 女は遊んでいる。


 けれど、ただ遊んでいるわけではない。


 こちらの反応を見ている。


 どこで怒るのか。


 どこで笑うのか。


 どこで声が漏れるのか。


 どこで、名前を呼ぶのか。


 瑠衣の手が、遥の口からゆっくり離れる。


 そして、瑠衣は目だけで言った。


 逃げる。


 遥は頷いた。


 無言で。


 全力で。


 女が両手を広げる。


 黒い水面が、ざわりと盛り上がった。


 小妖怪たちの姿が、にたりと歪む。


 さっきまでの可愛らしさは消えていた。


 河童の皿が割れたように開く。


 唐傘の内側に、無数の目が浮かぶ。


 アカナメの舌が、蛇のように何本にも分かれる。


 一反木綿が、首吊り縄のように細くねじれる。


 遥は息を呑んだ。


 声は出さない。


 出せない。


 瑠衣が遥の手を引いた。


 二人は、板張りの道を駆け出す。


 背後で、女がまた口を開いた。


 声はない。


 けれど、頭の中に響く。


 ――また、あそびましょう。


 遥は振り返らなかった。


 振り返ったら、絶対に何か言ってしまう気がしたからだ。


 ただ、胸の中でだけ叫んだ。


 絶対に嫌!!


 声にはしない。


 声にはしなかった。


 その代わり、遥は走りながら、全力で中指を立てた。


 瑠衣が横目でそれを見た。


 ほんの一瞬だけ、目を丸くする。


 そして、無言で親指を立てた。


 なにその返し。


 今それいる?


 遥はまたツッコミそうになった。


 だから、さらに強く口を閉じた。


 禁言の間。


 声を奪う場所。


 名前を奪う場所。


 存在すら奪う場所。


 そして何より。


 遥にとっては、ツッコミを封じられる、最悪の地獄だった。

命をかけた笑ってはいけない、ですね笑笑


面白い、続きが気になる、そう思っていただけたそこのあなた!

ブックマークをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。