【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 伍話 〜遥とブルマ体操着 お母さんの名前入り〜
「はるちゃん、いちおう着替えはあるけど、着替える?」
「……着替える。あ」
その時、遥の目が、部屋に飾られた肖像画に止まった。
さっきの触手魔神を倒した後、乙女の尊厳を踏み躙られた遥は、しばらく部屋の隅で三角座りをしていた。
変な触手に弄ばれそうになったかと思ったら、ペイってされたのだ。
胸がないから。対象外。規格外。酷い。
遥はふらふらと立ち上がり、部屋に飾られた肖像画へと歩いていった。
粘液まみれのまま。
廊下で瑠衣から渡されていたバンドエイドを一枚、取り出す。
「なんか、嫌」
肖像画の目に、ぺたり。
もう一枚。
もう一枚。
全部の肖像画に貼り終えて、くるりと振り返った。
瑠衣と目が合った。
ぺたり。
「あっ」
もう一枚。
「あっ」
されるがまま、両目にバンドエイドを貼られた瑠衣が問う。
「……はるちゃん? はるちゃん、聞いて良い? どうしてわたしの目にも貼った?」
「女同士でも、恥ずかしいって。お風呂でもないのに。あー、もう。パンツまでぬるぬるになってる」
「目が、目が」
某大佐のようなセリフがまろび出る。
瑠衣の嘆きは、遥には届かなかった。届いていたとしても、きっと同じ答えが返ってきただろう。
「着替えってどれ?」
「これ」
両目にバンドエイドを貼ったまま、どこからともなく出した替えの服を渡す瑠衣。遥が噴いた。
「ぶっ! なにこれ! 体操着じゃない! しかもブルマ! なんで!?」
「お母さんの体操着。嵩張らないから念の為に持ってきてた」
「ほんとだ! 瑠香さんの名前が貼られてる」
「わたしは最後のブルマ世代だった、とか言ってた。今でもたまに着てる」
「瑠香さん!?」
胸の部分に山ノ井瑠香と大きく書かれていた。どうやら瑠衣のお父さんは婿養子なのだろう。
由緒ある神社ならさもありなん、だった。
瑠衣から、体を拭くためのタオルとウェットタオルを追加で取り出してもらった遥は、いそいそと着替えていく。
今それ、どこから出した? とか、もう突っ込んではいけないのだ。
◇
探索を続ける。触手魔神——タコを倒した部屋の奥に、まだ奥に続く扉があった。
「……はるちゃん」
「なに?」
「そろそろ、目のバンドエイドを剥がしてもらえると助かる」
「ダメ」
「どうして」
「なんか嫌だから」
「理由になってない」
両目にバンドエイドを貼られたまま瑠衣が歩く。見えていないにもかかわらず、その足取りは妙に確かだった。さすが陰陽師。視界を封じられてなお、気配だけで扉の前までまっすぐ来られるようだった。
ブルマ姿の遥が、扉の前でひとりごちる。
「まだこの奥に何かいるってことね……」
「たぶん。さっきの触手魔神が中ボス的な存在、この奥に真の敵がいる」
「そう。さっきのやつの仲間なのね。……絶対潰す!」
ペイってされたことをまだ根に持っているようだった。
瑠衣が扉を開ける。カビ臭い空気が鼻をついた。
遥が目を凝らすと、十五メートルほど奥にさらにもう一枚扉があった。かなりの年代物に見える。
その古びた扉に続く通路の両側に、さっきと同じような肖像画が何枚も並べられていた。
不可解なのは、全て同じ人物が描かれていることだった。
旧日本海軍の軍服を纏い、口髭をきちんと整えた紳士。
その目の表情だけが、全て違っている。
開いた目。
細められた目。
笑っているような目。
泣いているような目。
その全部が、虚空を見つめていた。
「うわ……」
遥は一歩引いた。
「今度は目だらけ……」
「見ない方がいい」
「もう見ちゃったんだけど!?」
「じゃあ、目を閉じて」
「そう言われると余計に気になる!」
その瞬間、肖像画の目が、ぎょろりと動いた。
「ひっ!?」
全ての目が、遥を見る。
遥の足が床に縫い付けられたように動かない。
「え、なにこれ……動けな……」
「視線縛り」
瑠衣が淡々と言った。
「見られた者を止める呪い。目を合わせると、しばらく動けなくなる」
「先に言って!?」
「いま分かった」
「役に立たない解説!」
肖像画の目がさらに開く。
遥の全身に、ぞわりと悪寒が走った。
その時だった。
瑠衣が、両目に貼られたバンドエイドのまま、すっと前に出た。
「……なるほど」
「瑠衣?」
「はるちゃん」
「な、なに?」
「さっきの行動、正解だったよう」
「え?」
「目を封じればいい」
瑠衣は懐から、バンドエイドの箱を取り出した。
「なんでまだあるの!?」
「予備」
「予備の量じゃない!」
瑠衣は無表情のまま、肖像画へと近づいた。
そして。
ぺたり。
肖像画の目に、バンドエイドを貼った。
妖気のようなものを読み取っているのか、見えていないにも関わらず、その動きに迷いはない。
ぎょろり。
別の目が開く。
ぺたり。
また別の目。
ぺたり。
ぺたり。
ぺたり。
無数の目が、次々と絆創膏で塞がれていく。
最後の一枚だけが、貼られる直前に愛想笑いをした。
まさか、そんな退治の仕方はな……。
ぺたぺたり。
口をぱくぱくさせたまま、肖像画から妖気が抜けていく。
しばらくして、それはただの古びた絵に戻った。
祓滅、できたらしい。
なんだか可哀想だった。
「……退魔って、そんな工作みたいな感じでいいの!?」
「効いてる」
「効いてるのが納得いかない!」
そもそも遥自身、渡されたものとはいえ、体操着にブルマでピコピコハンマーを持っている時点で大概なのだ。
しかも、瑠衣は陰陽師の衣装のまま、両目にバンドエイドである。絵的には事故だった。
最後の肖像画にバンドエイドを貼った瞬間、遥の金縛りも解け、扉の奥から、かちゃり、と鍵の外れる音がした。
瑠衣が振り返る。
「開いたみたい」
そう言って、瑠衣は自分の目に貼られたバンドエイドを剥がした。
露わになった瞳が、すっと細くなる。
ここから先が本番だ。
そう告げるような目だった。
外伝、瑠衣ちゃんのキャラが面白過ぎるのです。はい笑笑




