【外伝】陰陽師、山ノ井瑠衣 参話 〜陰陽師と巫女服と洋館と◯◯◯◯。和洋折衷どころではない話〜
館の中は、古めかしく、そして暗闇が支配していた。
窓から僅かに入り込む月灯り。
淡く照らされた通路は、埃っぽい空気に満たされている。
館は廃墟ではなかった。
整理された空間からは、ただ……
人の気配だけが欠落していた。
鶯張り、なのだろうか? 歩くたびに足元から悲鳴のような音が響く。
ランプのような照明がうっすらと廊下を照らしているが、その光は頼りなく、すぐに闇に溶けた。
「こわ……」
遥は瑠衣の袖をつまんだ。ほくほくの瑠衣。
瑠衣は何も言わなかった。ただ、少しだけ歩く速度を落とした。
二人は廊下を進む。
ホール。
階段。
古い肖像画が並んだ壁。
「……あの絵、目が動いてない?」
「動いていない」
「ほんとに?」
「……たぶん」
「たぶんって言った!?」
「気になるならこれ貼っておく?」
取り出されたのは大きめのバンドエイドだった。
「雑っ!? そんな対応でいいの!?」
「固定すれば動かない」
「固定っ!?」
そのとき。
廊下の角から、ぬるりと、それは現れた。
人の形をしていた。
ただし、足がない。本来なら目と口がある部分は大きく窪んで、深い闇がこちらを覗いている。
遥が声にならない悲鳴をあげ、震えながら瑠衣の袖を掴んだ。
「ひっ! ほ、本当に……で、でで、で、出た!」
白く透けた輪郭。口を大きく開けて、何かを言おうとしている。
「ワタシの――」
「滅」
瑠衣の手が印を結ぶ。
「あ」
砂で描かれた絵を箒で掃かれたように幽霊は消えた。一瞬「え?」という顔になった気もするがきっと気のせいだ。
「……何か言いたそうだったけど」
「不要。言わせると長い」
遥はしばらく、消えた場所を見つめていた。
それから、小走りで瑠衣の隣に戻る。
階段を上がったところで、また現れた。
「アタシの――」
「滅」
ぱしゅっ!
消えた。
廊下の突き当たりでも、また現れた。
「我の――」
「滅」
ぱん。
消えた。
三体目あたりから、遥は薄々気づき始めた。
全員同じことを言おうとしている。
そして全員、言い終わる前に消される。
「……みんな同じセリフなの?」
「おそらく」
「ちょっとかわいそうじゃない?」
「霊に情けは不要」
瑠衣は歩みを止めない。
四体目が現れた。
「わたしの――」
ぽしゅっ。
「……」
遥は黙って見送った。微妙な顔になる。
だんだん慣れてきた。
五体目が現れたとき、瑠衣が足を止めた。
「ワタシの身体を……」
幽霊が何か言ってるが、もう背景音と化していた。
そして、どこからともなく、瑠衣はそれを取り出した。
刃渡(?)七十センチくらいの、大きなピコピコハンマー、俗に言うピコハンだった。
もう一度微妙な顔になる遥。口は真一文字だ。
「……どこから出したの?」
「気にしたら負け」
「負けなんだ」
「はるちゃんもやる?」
「……やる」
即答だった。
渡されたピコピコハンマーを握る。思ったより軽い。
「ワタシの身体は――どk」
「そりゃっ!」
ぴこん。
「……消えた」
「こ」まで言わせてもらえない幽霊さんが、少しだけ可哀想だった。
「退魔のピコピコハンマーだから」
「なんでピコピコハンマー?」
「……代々伝わる……神器?」
絶対間違っている。謎は深まるばかりだった。
それからしばらく、二人は交互にぴこんぴこんしながら廊下を進んだ。
遥は五体ほど祓ったあたりで、すっかり慣れていた。
怪異との戦いというより、もはやゲームセンターに近い何かだった。
そして、廊下の突き当たり。
他の扉とは明らかに違う、重厚な両開きの扉が現れた。
扉の隙間から、かすかに光が漏れている。
いや、光ではない。
ぬめりのある、赤黒い何かが。
「……ここ?」
遥は思わず声を落とした。
「ここ」
瑠衣の声も、わずかに低くなった。
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